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巨人の王。(後)

 デイルが振り払った剣を、『六の魔王』は曲刀で受け止めた。業物とは言い難い曲刀である。巨大な金属板を加工したかのような、切ることを目的としていない、叩き壊し破壊する為の武器であった。『六の魔王』の巨躯による強力な一撃を、最大限に活かす為の武器とも言えた。

 数度の打ち合いで、互いの力量を計った二人は、一度距離を取る。


 ハーゲルと『六の魔王』の一族たちは、離れ囲むようにして二人の戦いを見ていた。『六の魔王』は、自らの一族にデイルとの戦いに手を出すことを禁じた。

 デイルが見極めていたように、戦士として長として誇り高き王である男は、デイルの敬意に真っ当に応じることで応えてみせたのだった。


『六の魔王』が振り下ろした曲刀を、デイルは剣ではなく籠手で受けた。強度に劣る自らの剣よりも、自分の故郷の技術の粋を集めたこの防具に、彼は全幅の信頼を置いている。

「ぐっ」

 短く息を吐いたのは、王の一撃の重さ故だった。今までの自分ならば、決して耐えることが出来なかったその強力な打撃を、『魔族』として強化された彼の肉体は強くしなやかに受け止めてみせた。

 王もまた、自分の一撃が受け流されたことに、驚きの様子を見せた。今まで自分の全力の攻撃を耐えた存在は、ひとも魔族もいなかった。

 獰猛さを感じる笑みは、無意識のうちに浮かんだものだった。『魔王』と成ってから、自らの全力を以て戦ったことは無い。そしてこの時を逃せば、次が何時訪れるかはわからない。


 自分と同等の能力を持っていたとしても、『二の魔王』や『七の魔王』は、彼のこの矜持を尊重しない。目的が異なる彼の存在たちは、戦士としての生きざまなどに頓着せずに、彼の一族を枷と呼び、彼を討ち取る手段とするだろう。

 毅然と前を向き、『理の魔王』たちの脅威から、護りたいものを護ってみせた、『八の魔王』の眷属だけのことはあった。


 殺されるつもりは無い。自分は自らの一族をこれからも率いらなければならない。

 だが、今は、その責務を忘れて刀を振るうことを選んだ。


「"大地よ、我が名のもとに命じる、我が敵を討て『石槍』"」

 デイルは正確に呪文を紡ぎながら、連続で剣を振るう速度は緩めなかった。魔力を練ることに必要な集中力も、今までの非にはならない負担で済むことを直感的に理解する。

 ならばと連続して呪文を口中で唱えていく。

 同じ呪文を使うのは、咄嗟の際にも使うことが出来るように、反復して叩き込んだ一文であるからだった。ほとんど意識せずとも、口は勝手に呪文を紡ぎ出す。

 剣の連撃に加えた、呪文の連続攻撃。

 そのほとんどを『六の魔王』は曲刀で切り払いいなしていく。戦士として一流以上の存在である離れ業であった。

デイルの『勇者』としての能力で、魔王としての防護は失われている。純粋な『六の魔王』自身の力量が成せることだった。

 デイルはひとりの戦士として、腕にも、在り方にも、この『王』自身には尊敬に似た念すら抱いてしまう。

 唯一、彼女を奪った存在でさえなければ。


 戦いを始めた当初には、天にあった太陽は、既に傾き始めている。

 数時間にも及ぶ死闘を経ても、デイルの剣を握る腕に疲労はなかった。回復魔法の力を借りずとも、まだ自分は戦うことが出来る。彼女が呉れた力には、それだけの力があった。

 反して『六の魔王』には、疲労の色が見え始めていた。

 彼は近付く自分の限界に、勝機を見出だす為にはもう猶予の無いことを悟って、決着を付けるべく力強く踏み込んだ。


 --長き戦いの決着は、ひどくあっさりと、ほんの僅かな交錯の後についた。


 地に倒れた『六の魔王』は、自分を斬った男を見上げた。

 色めく一族たちは、自分にとって孫に当たる青年が抑えている。自分が死した後でも、あいつならば一族を率いることが出来るだろうと、漠然と考えた。

「……勝者には、『角』を奪う権利がある」

 魔王の言葉に、デイルは(こうべ)を振った。

「俺が必要とするのは、命だけだ。……誇りはいらない」

「……そうか」

 王は、デイルの後ろに広がる薄紫色の空を見上げる。美しい空だった。自分が魔王となる以前より天に在り、魔王となってからもずっと広がる空だった。

 この空の下で、一族に見守られながら--戦士として死ぬ。悪くは無い死に方だ。そう思った。

「感謝する。誇り高き『八の魔王の眷属』よ」

 一撃で首を断ち切ってくれることも、敗れた戦士への慈悲である。最期を委ねるに足る善き相手に巡りあった幸運を、微かに口元を緩めて、彼は静かに目を閉じたまま考えた。


「……俺は、誇り高くなんかねぇよ……」

 ぽつりと呟いたデイルが、それでもその言葉を否定しなかったのは、今の自分は『彼女の名』を負っていることを知っているからだった。

 自分の誇りなんて物はどうでも良い。でも、彼女を貶めることは許さない。それが自分自身であっても許すことはできない。

 視線を周囲へと向けると、ハーゲルが静かな金の眸で自分を見ていた。自分が討った王の一族たちは、怒りと憎しみ、そして何よりも哀しみに充ちた声をあげている。そのさざ波のような慟哭に、『六の魔王』が真に慕われていたことを知る。


 一触即発となったとしてもおかしくない雰囲気であるのに、デイルの前に進み出た『六の魔王』と何処か似た風貌の青年は、静かな表情でデイルに頭を垂れた。

「王の亡骸は、こちらに渡して下さりますか?」

「さっきも言った通りだ。……俺は『主』の報復が出来ればそれで良い」

 恨んでも当然のデイル相手に、青年は礼節ある様子を崩さなかった。

 少々訝しげなデイルの様子に気付いたのか、青年は言葉を継いだ。

「強き戦士には敬意を。戦の果ての死は名誉と。我等の理です。それを汚すことは、王の誇りを汚すこと」

 決して、心の中が凪いでいる訳ではないだろう。だが、青年はそれよりも自らの王と自分の矜持を以て理知的な様子を崩さなかった。

「王の誇りを尊んで下さった貴方にも、最大限の敬意を」


 次に、もしもまみえる時があれば、彼等は仇敵として自分に刃を向けるだろう。

 だが今この時、彼等は、強きひとりの戦士としてデイルに敬意を示した。デイルが彼等の王にそうしたように。

「……再び会うことの無いことを祈っている」

 デイルが最後にそう言い残したのは、この誇り高い不器用な生き方をする一族を、滅ぼすような戦いはしたくないと思ったからだった。

 ハーゲルと共にデイルが彼等に背を向けても、彼等は奇襲を掛けようとする素振りすら見せなかった。


「お主が敬意をと、言った意味がわかったような気もするな」

 やがて翼を広げたハーゲルは、背に乗るデイルにそう声を掛けた。

 徒歩で充分に距離を取ってから翼を広げるのは、飛び立つこの瞬間が一番無防備となるからだ。ハーゲル単体ならばそうでも無いが、デイルを背に乗せる以上、無理な体勢での回避行動は取れなくなる。

『彼』は、『六の魔王』の一族たちをずっと警戒していた。恐らくはデイル以上に彼の分まで。

「恨みがない訳じゃねぇ……でも、俺が俺でなくなっちまったら……きっと許してもらえないだろうからな」

「そうか」

 ハーゲルもそれが誰を指しているのかと、問いかけることはしなかった。

「魔王は全部殺す。……ラティナを取り戻す為に」


『魔王』を全て殺すことが出来ても、彼女を取り戻すことが出来ると言い切ることは出来ない。本当はそのことにも気付いている。

 だが、彼女を『封じた』のが魔王である以上、可能性があるのならば、それにすがるまでだ。彼女を封じている枷を壊すまでだ。

 必ず取り戻せると、信じて。そうしなければ、きっと自分はそれこそ自分のままではいられない。


 力強いハーゲルの羽ばたきと風の音の中で、デイルは左手をぎゅっと握り締めた。

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