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巨人の王。(前)

 クロイツを出たデイルがまず向かったのは、故郷の方向だった。

 本来の街道のルートではなく、険しい山脈地帯に力尽くで分け入った。『地属性魔術』で、方向を確認しながらならば不可能ではないとはいえ、道無き険しい場所を単身突き進むことは、本来自殺行為だ。

 それでもやれると確信めいていたのは、ラティナが呉れた『眷属』としての力があればこそだった。

 体力や筋力、魔力といった基礎能力に、今までにはなかった程の余裕が自らの中にある。睡眠や食事への必要性が最小限で済む今の自分であれば、この険しい道ですら休むことなく踏破出来るだろう。

 勝算が無いことはしない。無謀ではないからこそ、最善を選んだ。


 故郷では、短く父と祖母にだけ面会した。

 デイルが急に姿を見せたことや、淡々と状況を語る様子に、何か言いたそうな顔をした父だったが、今、深く問い質すことはなかった。その事は正直有り難かった。

 普段と何も変わらない様子で、煙管をふかしていた祖母は、静かにいつも通りににやりと笑った。


「思うまま、やりゃあ良い」

 祖母ヴェンデルガルドは、そう言った。

「なんも心配することはねぇ。面倒なことは、俺に任しときゃあ良い」

 祖母の声は、本当にいつも通りのものだった。デイルの父ランドルフも、ヴェン婆の姿に何か腹を据えた様子に変わる。

あの娘(・ ・ ・)はもう、俺らの『一族』の一員さ。手を出したことは、後悔させてやらないとならねぇ」

 カツンと鳴った煙管の音に、祖母が決して怒っていない訳ではないことを聞き取ることが出来たのは、やはり家族であるからだろう。

「相手が魔王だろうが、そんなことは関係ねぇ」

『ティスロウ』が、敵を定めた瞬間だった。


 とはいえデイルは、故郷の人びとに、直接魔王と戦う尖兵になって欲しいという訳ではなかった。

 公爵閣下との契約関係の調整の為に、祖母の協力は不可欠だったし、何よりも『ティスロウ』という一族の持つ、独自の情報網と協力者の存在は、世界中に散らばる『魔王』と事を為すのに重要な事柄だった。

 一族から出ても、尚一族の為に働く『レキ』たち、そして父祖を同じくする他国の『ティスロウ』という存在は、『緑の神(アクダル)』の神殿とは異なる巨大な情報ネットワークなのである。


 そしてもう『ひとり』、故郷には協力して欲しい存在がいた。

 天翔狼の集落で、デイルと面会した群れを率いるヴィントの父狼は、デイルの話を聞いて低く唸った。

「御子が……」

 その絞り出された声音に、彼女は本当に多くのものに愛されていたという事を再確認する。

「ラティナの身に起こった事を知る為に、ラティナを取り戻す為に……俺に力を貸して欲しい。空を駆ける翼を貸して欲しい」

 かつてラティナは、クロイツと王都の間を、ヴィントに乗って移動してみせた。彼女程の魔術の制御能力を持たない自分では、全く同じ手段を取ることは出来ないだろう。

 だが、それが成体の天翔狼であれば、話は変わってくる。

 難しいことは理解している。協力が得られなかったとしても、どれだけの時間が掛かっても成し遂げるつもりだ。それでも、協力が得られるのであれば、どんな英傑よりも心強い味方となるだろう。


 ヴィントの父狼、ハーゲルが同行してくれたことは、デイルにとっても予想外だった。

 ハーゲルは群れの長としての役割を、次位のものに譲渡し、デイルの翼と成る役割を負ってくれたのだった。

 ヴェン婆の友人であり、ラティナを深く思ってくれる『彼』以外のものでは、恐らくデイルのこんな馬鹿げた行動に付き従ってくれるということにはならなかった。そう考えれば、これが唯一の可能性であったのかもしれない。



 ハーゲルの背は、飛竜のように鞍が無い事もあり、乗り心地自体は快適とは良い難い。文字通り空を駆けるように飛ぶ天翔狼は、馬よりもなお、激しく揺れ動く。

 それでも、ヴィントと異なり巨大な体躯を有するハーゲルは、デイル程度の重量を負担とは考えていないようだった。魔術にも長けた幻獣の中でも強力な個体である『彼』は、風の魔術でデイルの身を護ることも忘れなかった。

 国を幾つも挟んだ遠方にデイルが何の困難もなく、短期で辿り着くことが出来たのは、ハーゲルの協力があって以外の何物でもない。


『五の魔王』を討った後、彼らが向かったのは、見たことも無いほど広大な草原の中、乾いた風の吹く土地だった。青い草の臭いは、デイルの知るどの土地のものとも異なる。

 どんなちいさな出来事にも、灰色の眸を輝かせていた彼女が隣にいたならば、この初めて見る風景を前にして、どんな顔をしたのだろうか。

 知らず握り締めた左腕で、籠手が小さな金属音を立てた。


「……」

「『五の魔王』のように、奇襲はしないのか」

 ハーゲルが不思議そうに問いかけたのも仕方が無い。デイルは静かに目的の一団の方に歩みを向けていた。

「理屈じゃねぇよ……ただ、俺にも敬意を向けるだけの理由がある相手って奴がいる」

 何の遮蔽物も無い草原だ。遠く移動している一団を見分けることは、難しいことではなかった。向こうからも巨大な獣を従えるデイルの姿は確認出来るだろう。

 距離を詰めるに従い、逆に距離感は狂っていく。

 その一団は、老若男女の区別なく、全て巨躯の一団だった。見上げる程に長身で、身体の厚みもそれに応じたものがある。

 行き先を塞ぐデイルに気付き、先頭を歩く最も体格に優れ、雄々しい角を有する男が足を止めた。


「……『六の魔王』か」

 魔王を見抜く能力を持つデイルにとっては、確認にも満たない行動であるのだが、その言葉を向けられた男は、面白そうに表情を緩めた。

「『人間族』が、このような場所で何用だ」

 彼の魔王が返した言葉が、西方大陸語である事を聞き取って、デイルはそのまま自らの母国語を紡ぐ。

 デイルは、『東方諸国語』ならばある程度は話せるし、南方の少数言葉も最低限は理解出来る。だが、やはり母国語であれば有難い。

 デイルは左腕の籠手を外し、目の前の男に左の手の甲を見せる。

「……スマラグディ」

『六の魔王』は、小さく呟いて、居住まいを正した。

 手袋をはめ直し、籠手を再び着けるデイルを咎める真似もしない。

「それで、何れかの魔王の僕が、何用だ」

「……我が『主』の報復に」

 デイルの静かな答えに、『六の魔王』は笑みを消して彼を見据えた。デイルが微塵も揺るがずその視線を受け止めると、今度は苦笑して彼を見る。

「何故、馬鹿正直に面と向かって来た? 『八の魔王』の眷属よ」

「『一族の長』である貴方に敬意をと」


 デイルは、自分が『魔王』たちに向ける敵意と憎しみを否定することはしない。だがそれが、自分本位な感情に基づくものであることも理解している。

 その在り方を変えることが出来ない為に、かつての彼は、自分自身を見失う程にもがき苦しんだのだ。

 故郷からもたらされた情報から、巨人の王と呼ばれる『六の魔王』の正確な所在を掴んだ。

 それは同時に、彼の魔王が、自らの一族を率いる善き主であることをも知ることだった。


 彼ら巨躯を有する一族は、『魔人族』の中でも少数の部族だ。

 その彼らが、この厳しい環境の土地で生活しているのを支えているのは、『六の魔王』による眷属への加護に他ならない。

 彼の魔王は、自らの一族を正しく導く善き長なのである。

 デイルの行動は、彼の一族にとって、災いでしかあり得ない。憎まれて当然の行動だろう。一族の全てを敵に回してもおかしくはない。


 だからこそ、デイルは自分の中のひとつの矜持を通した。

 一族の長という在り方に、共感してしまったが故に。彼の一族へと敬意を示す事を選んだのだ。

 それは彼の魔王が、誇り高きひとりの戦士であるという生きざまを示しているという情報を、共に得ていたからこそ選んだ行動だった。


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