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青年、自らの主と呼ぶべき存在と。

 デイルは自分の左手を目の前にかざした。握ってみた後で、開く。

 数度その行動を繰り返した後で、彼は、体内に循環する魔力をそこ(・ ・)に集中させた。

 淡く揺らめくような文字列が、手の甲に浮かぶ。それは、彼には、読み取ることが出来ない語句だった。


「魔人族の言葉は、呪文言語でもあるように、魔力との親和性が高いの」

「だから、『刻む文字』も、魔人族の言葉なんだな……」

「本当は、デイルの名前そのものを刻めれば良かったんだけど……」

「まぁ、良いさ。お前にとって『大切な名前』を貰ったんだ。問題ねぇよ」

 ラティナを右手でわしわしと撫でる。

 利き手は右であるデイルだが、彼はだからこそ、『彼女に差し出す手』は、左手が多かった。咄嗟の事態が起こった際に、守らねばならない存在を隣にして、利き手を塞ぐことは命取りになる為である。


「……本当、驚く位に『自我』に変化がねぇもんだなぁ……」

 そう呟いたのは、自らの中に、今までの自分に無かった『ちから』が渦巻く感覚はあるが、今までとの差異は、それだけでしか無いとしか、言い様が無いからであった。

 その新たに得た『ちから』も御しきれないものではなさそうだった。元々優秀な魔法使いであり、高位の加護持ちであるデイルは、『大きなちからをコントロールする術』に長けている。得たちからが強大なものであれ、振り回されるようなことを起こす気は無い。


「デイルの『自我』には、干渉して無いもん」

 ラティナは、ちいさく口を尖らせて、抗議するように呟いた。

 デイルはそれを聞き止めて、詳しく尋ねる。

「……干渉することも出来るのか?」

「精神的に、逆らうこともが出来ないように、支配することも出来るの。自分の眷属を、奴隷みたいにしている魔王は、みんなそうなの。……他の魔王も、『制限』はかけているんだと思う」

「制限?」

「魔族のひとたちが、自分の主である魔王を、……得たちからで殺したりは出来ないように」

「ああ……成る程なぁ」

 どんな忠心を誓ったものでも、心変わりしないとは言い切れない。寝首をかかれるようなリスクを避けたいのは、当たり前の感覚だ。『魔族』と成ったことで得られる強大なちからに対して、代償も必要なものとなるのだろう。

「でも、デイルには、してないの」

「は?」

 ラティナの答えに、デイルの方が呆気に取られた。

「何で?」

「私がデイルに求めたのは、私が『悪いこと』をした時に、止めてくれる存在であることだから」

 それは、信頼の籠った言葉だった。

 もしも、自分の『心』が変わってしまったら--そんな、浮かんだ言葉を飲み込む。だが、賢い彼女はデイルの葛藤すら、気付いてみせた。


「私は、私が大好きなデイルを、私自身が変えてしまうことをしたくないの。

『支配』してしまったら、私は何時か、デイルを変えてしまうかもしれない。私だけを見てって……私だけのデイルでいて欲しいって……望んでしまうかもしれない。

 でも、それは嫌なの。

 私は、私が大好きなデイルを、デイルじゃない存在(ひと)にはしたくない。

 だから、デイルはデイルのままで良いの。

 ……何時かデイルが、私のことを嫌いになったとしても、それがデイルが選んだことなら、私はちゃんと受け入れるから」


「こんなこと言う、ラティナを……裏切れる筈ねぇなぁ……」

 もう、なんと言うか健気で可愛い過ぎた。

『彼女が彼女のまま』隣にいてくれるのであれば、きっと自分も『同じまま』であれるだろう。

 ぎゅっ、と抱き締めて、とりあえず額にキスを落とす。一度や二度では到底足りない。


「……スマラグディ」

 抱き締めているラティナを解放しないまま、自分の左の手の甲の文字に、再び視線を向ける。

 呟いたのは、ラティナの父親の名前であり、『魔族としての自分』に刻まれた『名』であった。

 魔王は、自らの眷属に『名』を刻む。それこそ、魔王の魔力を与えらた魔族と成った証であり、魔王によって支配されている証である。

 その事実は知っていたが、自分にそれが刻まれる日が来るとは思わなかった。

 ラティナが、『スマラグディ』という父親の名前を使ったのは、彼女が知る『魔人族の文字』のうち、名前に類する物が、自らの名前とそれだけであったからである。


 魔王と成ったからと言って、世界中の全てを知ることが出来る訳ではないらしい。そして『初心者魔王』の彼女は、未だ自らの能力の全てを、理解している訳ではないようだった。

 少なくとも『現在』の彼女は、知らないことは知らないままであるのだ。なんというか、そんな少し抜けているところも、彼女らしい。


「俺のこと、『スマラグディ』って呼んだりするのか?」

「ううん、しないよ。ただ、魔族や、高い魔力を持ったひとには、文字として読み取れると思うから……そう呼ばれちゃう時があるかもしれない」

「成程なぁ」

 魔力を注ぐことを止めると、『文字』が姿を消す。

「これって無意識のうちに、出たりするのか?」

「……精神的なものも、関係するかもしれない」

「曖昧だな」


 先ほどから、彼女の返答は、どれも何だか頼りない。

 どこの『魔王』も、初心者の段階ではこんなものなのだろうか。威厳の欠片もないのだが。それとも、魔王というものが威厳や威圧感を備えた存在であるという発想そのものが、人間族の思い込みなのだろうか。

 そんなことを考えるデイルは、魔王は曲がりなりにも、『神のような存在(もの)』であるという事実を、すっかり失念しかけている。

 あまりにも、ラティナはラティナのままであるのだった。


「……『普通』は、消えることもないかもしれない」

「そうなのか?」

「それは『支配』の証でもあるから……デイルは『主』である私の影響は受けるけど、『支配』はされてないし」

「……そうか」

 とりあえずのこの娘は、『普通ではない』ことをしているらしい。

 まぁ、今更驚くことではない。この娘は幼い頃から、自分をはじめとする大人たちの予想を、遥かにぶっ飛んだ行動をしてきたのだ。

 そう考えれば、『魔王になった』こと程度、想定出来る範囲内なのかもしれなかった。


 そう考えるデイルも、長年のラティナとの関係で、色々感覚がずれていた。元々彼自身の家庭環境も、『常識はずれ』が多い。


(それにしても……普通に、『魔族』になれちまうもんなんだなぁ……)

 そう独白するのは、デイルが本来持つ『能力』の為だった。

 別に後悔するつもりも、間違ったことをしたつもりも無いが、やはり勢いで決断した部分はあった。

 その最たるものが、『魔王の対存在』である自分が、『魔王の眷属』になることが出来るか否かということであった。


 受け入れることが出来ない可能性や、デイル自身が危険な状況になる可能性が思い浮かんだ。

 それに対してデイルが口をつぐんだのは、彼の身に危険があるかもしれないということを知れば、ラティナは決して実行に移さないだろうという確信があった為だった。

 デイルが予想していたよりも、彼女の魔王としてのちからによる『干渉』は、不快なものでは無かった。初めに感じていた『魔王』に対する拒絶反応も、それがラティナであると割り切った頃から、薄れてきている。

 間違いなく彼女は『魔王』であるのだが、それ以上に『彼女らしい』のだ。うまく説明出来ないのだが、『彼女という魔王』を、自分の根底(・ ・)は、緩やかに許容している気がする。

 まぁ、ラティナだから仕方が無いな。とも、デイルは思ったりするのである。

 そう言いきってしまえる程に、自分の心は、彼女と共に在ることを望んでいるのだから。


(後は、何て言うべきかだなぁ……)

 実家には、この顛末を伝えなくてはならない。寿命の在り方が変化した以上、周囲に隠し切れることでもない。公爵閣下の方にも報せることになるだろうが、当主である祖母の判断待ちとなるだろう。

「まぁ、何とかなるか」

『彼女を選ぶ』と決めるまで、自分は散々悩み、時には逃げ出してみたりしたのだ。決めた以上、もう自分は揺るがない。

 その思いを忘れなければ、その思いを支えてくれるラティナが一緒ならば--きっと自分は、何でも出来る筈だ。


 ずっと心変わりしないなんて、今の自分には、先のことはわからないから言い切ることは出来ない。

 それでも『この選択』は、自ら選んだことだ。誰かのせいにしたりはしない。


 --そして、自分も本当は、遺して逝くことを恐れていたのだ。


 可愛い大切なラティナ。自分の寿命よりも遥かに長い時間を持つ彼女。自分はいつか彼女に、「俺のことを忘れて、誰か良い奴の元に行っても良い」と告げなくてはならない日が来るだろう。

 最期に格好をつけたいならば、そう言うべきだ。

 彼女のことを想うならば、そう赦すべきだ。

 でも、言いたくなかった。彼女が『自分以外の誰か』の腕の中で、幸せそうに微笑むなんて--赦せる筈がなかった。


 勝手な思いだ。だからそんな思いを口にするつもりは無い。

 それでも、そんな思いを抱える自分にとっても--彼女という『魔王』が差し出した『選択』は、『自分の願いを叶える可能性』であったのだ。

糖分過多もここで一息。

そろそろシリアスタグが本格的に仕事を始めますが、乗り切るまで、気長にお付き合い下さればと存じます。

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