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白金の娘、幸福と夢の間で。

新年明けましておめでとうございます。

今年もマイペースな投稿となりますが、お付き合い頂ければ幸いと存じます。

 ずっと、自分の気持ちに『嘘』をついていた。

 幸福だからこそ、今まで目を背けていた、そのことに気付いてしまった。諦められるなんて、『嘘』だ。耐えられるなんて、『嘘』だ。

 今が『幸福の絶頂』であるのならば--後は、やっと手に入れた『幸福』は、失われていくだけなのかもしれない。


 なくしてしまったら、自分は、どうしたら良いのだろう。どうやってのこされた時間を過ごせば良いのだろう。


 --『彼女』は、そう呟いて--目の前の『椅子』に、透明な雫をこぼしたのだった。




 また、ぼんやりとしている。

 デイルは心配そうな表情で、夢うつつな表情のラティナの髪を撫でた。最近ぼうっとしていることの多いラティナであったが、正式に結婚を申し込んだ以降も、この状態になることは、多かった。


 妙な、不安感に襲われるのだ。

 彼女の体調を心配するだけでなく、自分の根底にある『何か』が、警鐘を鳴らすのだ。

 だからデイルは何度も彼女の名を呼ぶ。

 自分の元に帰って来いとばかりに、彼女を『呼び戻す』。

「ラティナ」

「……デイル?」

「ああ、俺は、……此処に居るぞ」

 その答えに、力なく微笑んだラティナの顔が、迷子になった後の、彼女の泣き顔のように見えたからかもしれない。



 ラティナの手首に嵌められた高価な腕輪の存在は、すぐさま周囲の注目を集めた。


 仕事中に傷を付けることなどを恐れたラティナは、初め、仕舞い込もうとしたのだが、デイルがそれを拒んだ。

 ただのアクセサリーでなく、『魔道具』なのである。簡単に傷が付いたり欠けたりはしない。

「ラティナがもう、俺のもんだってことを、きっちり示す必要があるんだからな」

 そう言ってやれば、彼女は真っ赤に頬を染めた。


 高価な腕輪(アクセサリー)だからこそ、意味があるのだと、理解したのだろう。これだけ高価な贈り物を贈ることの出来る『相手』が、自分には存在しているということと、それを身に着けるということで、相手の好意を受け入れているのだと、周囲に知らしめることになるのだ。

 それも、彼女の場合、『相手』が誰であるかは、はっきりしている事実だろう。


 とりあえず、その晩のルドルフの酒量は増えた。

 彼だけでなく、何人もの若い連中--時々良い歳の野郎も含めて--の酒量が増えた。

 常連客であるおっさんどもは、揶揄いとセクハラじみた言葉を贈りながら、何時にも増して、大酒をかっ食らった。

 この晩の『踊る虎猫亭』は、全体的に客単価が良く、大いに売り上げがアップしたのだった。

 正規の料金に足された常連たちからの祝儀は、真面目でそういったものを固辞しそうなラティナを避けて、店主夫婦に託ける程度のことをしてのける程度には、常連客たちは世慣れていた。


 揶揄われても、ラティナは幸福そうだった。恥ずかしそうに頬を染めて、時には口を尖らせて見せていたけれど、そんなことでは抑え切れないように、表情から、仕草のひとつひとつから、幸せである事が見て取れる。

 ただでさえ『美しい』娘であるというのに、内面の幸福感が、彼女をより美しく見せていた。


 因みにデイルは、複数のおっさんどもに、波状攻撃を食らい、潰された。それも、一種の寿ぎであると、『解毒魔法』は使わず、甘んじて酔いに身を任せることを選んだのだった。

 下手に魔法を使った事がバレても、後が面倒だったというのもある。



 それからの日々も、ラティナは、幸福そうにしていた。

 デイルに抱き寄せられても、口付けを受けても、可哀想になるほどに、恥じ入る姿すら可愛いらしく、デイルの悪戯心を大いに刺激することになった。

 彼は今の今まで、『保留』にしていたことの反動のように、歳下の『婚約者』をべったべたに溺愛しだしたのである。


 ちょっと周囲は、イラッとした。

 そして、『溺愛』と言葉にしたら、あまり今までと変わらない単語であることに、微妙な気分にさせられた。


「ラティナが可愛い過ぎて、仕事に行きたくない」

「あの娘が可愛いのは、知ってるわよ」

 何故か、書類仕事の最中のリタを相手に、デイルは緩みに緩み切った表情で報告したりするのであった。

 事務仕事をするリタは、『定位置』で仕事をしている。捕まえて話相手にするには、丁度良いのかもしれない。

 とはいえ、連日のように聞かされるリタとしては、たまったものではない。

「可愛いいんだよぉーっ、本当に、ラティナ、可愛いんだよっ」

「あんたの惚気、聞かなきゃ駄目なの?」

「ちょっと、ぎゅーって、してやるだけで照れちまうし、急にキスとかしてやると、もう真っ赤になっちまうんだよぉ。『怒ったか?』って聞いてみると、『怒ってないよ』って、超可愛い声で答えてくれるんだよぉ」

「ヴィント! ヴィントはいないの!? この馬鹿、思う存分やってしまって構わないわよ!」

「今の俺に、怖いものは無いぞ」

 はっはっは、と高笑いしてみせるデイルに、リタの堪忍袋がブチリと音をたてそうになる。

「あぁーっ……でも、ラティナの『嫌い』は、怖いなぁ……だが、ラティナはそんなこと言わねぇけどな!」

「ラティナ! いい加減、このお花畑男、なんとかして!」


 厨房の方にリタが声を張ると、ラティナが恐る恐る顔を出した。

「ふぇぇ……リタ……今、デイルに近付くと、私……」

 か細い声で答えるラティナは、最後まで答え切る事が出来なかった。

「ラティナっ」

「ふゃあぁぁぁっ!」

 一瞬にして、捕まった。

 一流の冒険者にして戦士であるデイルの体術は、一般人であるラティナが反応できるものではない。あっという間に膝の上に乗せられ、抱きすくめられる。ただ抱きしめているだけのように見えるというのに、抵抗はおろか、満足に動くことすら出来ないように『拘束』される。

 羞恥に耳朶まで赤く染めて、助けを求めるように周囲をおろおろと見回すラティナに、デイルは何度も口付けを降らせた。

「デイル、デイルっ! 恥ずかしいから、止めて……っ」

「恥ずかしがるラティナも本当に可愛いなぁ……」


 駄目だ、こいつ、自重する気が無い!

 リタの目が、光を失った。諦めの極致に至ったとも言う。


「……せめて、人目の無いところで、いちゃつきなさいよ……」

「リ、リタっ!」

「じゃあ、そうするな」

 ひょいと、軽々とラティナを抱き上げて、自室へと向かうデイルの腕の中で、ラティナが半泣きのような声を上げた。

 そんな背中を見送りながら、二人の『関係』が、今以上に進んだ(・ ・ ・)時に、彼女の身体は無事で済むのだろうかと、リタは何だか、微妙な気分になった。


(魔人族(あのこ)……子ども出来にくい体質だからって、あの馬鹿(デイル)の方が、調子に乗るんじゃないかしら……)

橙の神(コルモゼイ)』は、豊穣と子孫繁栄を司る神。デイルはその神の高位の『加護』持ちなのである。

 ちょっと想像するのが、生々しくなってきたので、リタは考えることを意図的に放棄した。

(……まあ、ラティナ……『回復魔法』使えるしね……)

『妹分』へと人生の先輩としてリタが出来ることは、ささやかに、心の中でエールを贈ることだけだった。


 

 自分の腕の中で、ついさっきまで、恥ずかしそうに身を捩っていたラティナであったというのに、今はもう、ぼんやりと、夢とうつつをさ迷っている。

 ぎゅっと、腕に力を込めたまま、彼女の肩口に顔を埋める。反応を返さない彼女の様子に、恐ろしさに似た不安を覚える。

「……ラティナっ」

 名を呼んだ時だけ、かすかな反応が返ってくる。煙る灰色の眸をゆっくり動かして、他の誰でもなく、デイルの姿を捜す仕草をする。

「デイル……」

「……ラティナ」


 瞼に、頬に、口付けを降らせる。

 何度も繰り返す内に、眸に力の戻ったラティナが、声を上げる。

「デイル、デイル……擽ったい……っ」

 甘い抗議の声に、泣きたくなる程の安堵を覚える。だからこそ、彼女への口付けも、抱擁も、緩める気にはなれなかった。


 何度も尋ねた。

 その度に彼女は「具合は悪くない」と答える。それどころか、自分が頻繁に意識を混濁させていることすら、気付いていないのだ。

 記憶に欠落があれば、賢い彼女のことだから、自分の異常に気付く筈だろう。けれども『異常』にすら気付かない。だからこそ、より恐ろしい。


 何か、取り返しのつかない事が、起こってしまいそうな気がする。

 だから、ほんのわずかな時間すら、手の中から離す事が恐ろしい。

「俺は、お前と一緒に、居るからな……」

「……? ……うん」

 デイルの言葉に、不思議そうに首を傾げながらも、ラティナは嬉しそうに微笑んで、頷いた。



 先に追い立てられるように、急くように。

 ゆっくりと彼女の心と身体の成長を待っていた筈のデイルが、正式な婚約から時間を経ずして、彼女と、更なる深いつながり(・ ・ ・ ・)を求めたのは、彼のそんな不安故の行動だった。

 どんな手段を用いても、少しでも深く、少しでも彼女を自分の元に繋ぎ止めたいと--願った故の行動だった。


 瞼だけでは、頬や、唇だけでは足りないと、彼女の隅々まで口付けを降らしたのも、自分自身を刻みつけたいと、望んだのも--

 彼女を手放したくないと、共に在りたいと、願う故の行動だった。

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