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青年、白金の娘に申し込む。

 デイルがラティナを誘って、クロイツ中心部の広場に向かったのは、穏やかな気候のある春の日だった。

「お散歩? テオも誘う?」

「いや……たまには二人で行こう」

「わふっ?」

「だから、お前も留守番だ」

「わふぅ」

 ヴィント相手にデイルが釘を刺すと、ラティナが可笑しそうに、クスクスと笑った。


 ゆっくりと手を繋ぎ並んで歩く。かつて幼い彼女を腕に抱いて、東区に向かった道筋を途中まで辿る。

「初めてラティナを東区に連れて行った時の事、覚えてるか?」

「凄く驚いたことは覚えてるよ。こんなにたくさんのひと、見たことなんてなかったから」

「俺も、田舎から出てきた頃は驚いたもんなぁ」

「あのね、デイルに連れて行ってもらった靴屋さん。テオやエマの靴もあそこで買ってるんだよ。子ども用の靴が得意なの」

「ラティナは、今は、違うところで買ってるのか?」

「クロエに勧められたお店に行ってる。リタにも教えたの。新しい店だけど、どれもデザインが凝ってるから」

「へぇ……」


 話す内容は、他愛ない日常のものだ。時折ラティナが、落ち着かなさげに、服の上から左の二の腕に触れる。何気なく触れたそこに、硬い感触を覚えて、デイルは暫し思案した。

「あぁ、『腕輪』か?」

「うん。ずっと仕舞っていたんだけど、そろそろ着けても良いかなって、出してみたの」

 それは、彼女の父親の名が刻まれた、彼女が唯一持つ『故郷のもの』だった。成人用の腕輪であった為に、幼い頃の彼女には大き過ぎ、無くしてしまう訳にはいかないと、部屋に仕舞っていた姿をデイルも見ていた。

「慣れてないから、落ち着かなくって……」

「『魔人族』の習慣か……」

「私が、小さい頃見た大人たちも、みんな着けていたから。大人になったら着けてみようって思ってたの」

「良いんじゃねぇか? お前の父親の『お守り』なんだしな」

「うん」

 ゆったりとした上着の上からは、彼女の腕の様子は見えない。それでも以前見た腕輪の姿を思い浮かべる。

 幼い細い手足には、ぶかぶかだった腕輪が、いつの間にか嵌められることの出来る程に成長したんだな、と、感慨深くなった。


 クロイツの中央広場は、今日も大勢の街の人びとが、それぞれ憩いの時間を過ごしている。

 過去の自分もそうであったように、歓声を上げて走り回る子どもたちの姿をラティナは目で追って、表情を優しげに緩めた。

「ラティナは、子ども好きだなぁ」

「そうかな? そうなのかも」

 テオやエマの面倒をみることを厭うこともなく、こうやって子どもの姿を見る度に、優しい表情になる彼女を、デイルも見てきた。

「私も、いつか……」

「ん?」

「……ううん、何でもないのっ」

 ラティナが呟きかけた言葉を察しながら、デイルは彼女と繋ぐ手にそっと力を込めた。


 そよぐ風に頬を撫でられ、ラティナが目を細める。降り注ぐ日差しは、軽く汗ばませる程に暖かい。木陰を選んで、芝生の上に腰を下ろした。

「ラティナ」

「なあに?」


 デイルが名を呼ぶと、その声に振り返ったラティナは、目映い程に、綺麗だった。

 長い髪を緩やかに編んでたらし、化粧の必要もないほど、張りのある肌理の細かい肌は、輝くばかりにみずみずしい。

 灰色の眸を飾る長い睫毛も、桜色の唇も、幼い頃から変わりないようでいて、幼さの抜けた今では、『美しさ』をかたち作るパーツの一つになっていた。それでもあどけなさを感じさせる表情が、彼女が『綺麗なだけ』ではない、豊かな感情を持つ存在であることを主張していた。


 素直に、「綺麗だな」と思う。

 彼女が微笑んでくれていることに、幸福感で満たされる。

 自分が『選んだ』選択肢が間違っていないと、確信した。


「良い天気だね」

「そうだな」

「急にどうしたの? 何かあった?」

「……やっぱり、変か?」

「それはそうだよ。私、ずっとデイルのこと、見てきたんだよ」

 隣で自分を見上げるラティナは、そう言って、可笑しそうに笑う。どこかぎこちない今日の自分の様子に、彼女が気付かない筈が無いことはわかっていたけれど、それを上回る気恥ずかしさに視線を少し逸らす。


「ラティナ、これ受け取ってくれ」

「え?」

 渡した小箱に、ラティナが不思議そうな顔をする。

「私の誕生月には、まだ早いよ?」

「そうだな。でも、『今日』は、『特別』な日だろ?」

「……うん」

 デイルの言葉に、ラティナはそっと胸を押さえる。 九年前の『今日』、彼女はデイルにあの森の中で出逢った。全てがはじまった日から、丁度九年経ったのだ。

「俺たちにとって、特別な日だ」

「そうだね」

 ラティナはそう答え、素っ気ない外見の小箱を、ぱかりと開けた。眸に飛び込んできた煌めく輝きに、驚く。精緻な細工の宝石飾りは、見事としか言いようのない程に美しい。

「す、凄く……高そうな、アクセサリーだよ?」

「何でお前は、そういうこと言うかなぁ……」

 おどおどと言うラティナの、あまりにも堅実な性格のコメントに、デイルは苦笑を浮かべた。

 促して、箱から取り出させる。

 ラティナの手を取って、彼女の細い手首にするりと嵌めた。


「綺麗……」

「『魔道具』になってる。とはいっても、装身具としての意味合いの方が強いけどな」

 腕輪に光る輝く宝石は、花弁に見立てられて、満開の花を刻んでいた。どの角度から見ても、美しい花と艶やかな果実の、植物の意匠で埋めつくされている。


「……結婚しよう」

「え?」

「『父親代わり』と『養い子』じゃないかたちで……『家族』になろう」

「デイル……?」


 デイルの言葉に腕輪から顔を上げたラティナは、呆然とした顔をした。驚きで感情すら読み取れない表情のラティナに、デイルは気まずそうに視線を泳がせた。

 百戦錬磨で知られる、一流の冒険者である彼だが、どんな苛烈な戦闘時でも、感じたことのない緊張感に襲われる。


「…………」

「ラ、ラティナ……? プ、プロポーズして、無言で返されるのは、結構キツイもんが、あるんだが……?」

「……だって、でも、いきなりだから……」

 掠れた声は、震えていた。

「嫌か?」

「そうじゃない……そうじゃないけど……っ。でも、『結婚』なんて、考えたことなかったから……」

「俺のこと『好き』だって言ってくれたのに、『結婚』の方は考えた事がなかったのかぁ……」

「だって、私は、『魔人族』だから……っ。赤ちゃん、出来るかも、わかんないから」

「知ってるよ。ラティナの子どもなら、すんげぇ可愛いとは思うけど、俺は『子どもが欲しいから』結婚したいんじゃない」

 長寿種である『魔人族』の出生率が低いことは、デイルも知っている。子ども好きだからこそ、子どもを授かることが出来ないかもしれないということを、ラティナが思い悩んでいることも、察していた。

「デイルが良いって、言ってくれても、……デイルの家族は……」

これ(・ ・)が答えだろう」

 たった今、彼女の手首に通した腕輪に触れる。花と果実が共存する意匠は、彼の故郷では、伝統的な特別な意味を持つ紋様だ。

「親父とおふくろには、『ようやくか』って言われたし、婆なんか……『ラティナちゃんを逃したら、お前なんか一生結婚相手が見つからねぇ』って言ってたよ」

「おばあちゃん……」

 ラティナは小さく呟いて、潤んだ眸を彼へと向ける。


「良いの? ……本当に、私で良いの?」

「……俺は、ラティナ()良いんだ」

 その途端、抑え切れなくなったように、大粒の涙が、ぼろぼろと溢れた。

「どうして……デイルは、全部、私の願いを叶えてくれるの? 私の『欲しいもの』みんな、みんな、叶えてくれるの……?」

 零れた涙を指先で拭うが、間に合うこともなく、後から更に涙がどんどん溢れてきた。

「私……なりたかったの。ずっと……ずっとデイルの『特別な女の子』になりたかったの……」

「……ああ」

「デイルが好き、デイルと一緒にいたいの……デイルに何も返すことの出来ない私だけど、これからもデイルのそばにいさせて……」

「ラティナが『何も返すことが出来ない』なんて、ことはねぇから……俺のそばにいてくれるだけで……ずっと俺を支えてくれているんだから……だからな……」

 照れも羞恥も、後で言わなかったことを後悔するよりはずっと良いだろう。

「これからも俺のそばにいて欲しい」

 だからこそはっきりと灰色の眸を覗き込んで言ったデイルに、ラティナは涙に濡れた顔を、満開に花咲くように綻ばせて、答えた。

「……はい」


 そのまま顔を近付けると、ぎこちなくラティナが眸を伏せた。

 重ねるだけの、児戯のような口付けなのに、耳朶まで真っ赤に染めたラティナに釣られるように、デイルもまた、その頬を赤く染めたのだった。


最大級の糖分投下で、本年の『うちの娘』を締めたいと存じます。今年も一年ありがとうございました。良いお年をお迎えください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最大級の糖分を、ありがとうございました。
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