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青年、年貢をおさめることを考える。

「ラティナと結婚することを、最近真面目に考えてる」

「今更感もあるな」

「今更ね」

「ふられちゃっても、良いのに」

「わふぅ」


 おもむろに切り出したデイルの一大決心に、大家一家と一匹は、一斉にそんな返答を上げたのだった。泣いても良いですか。

「あーうー」

 ケニスの腕に抱かれていた、テオの妹であるエマが、小さな手をデイルの頭へと伸ばす。黒髪に触れてくしゃくしゃとかき混ぜると、満足そうに笑った。慰めてくれているらしい。


「それで、本格的に家を探している訳なんだが……」

「デイルはいなくなって良いけど、ねぇねは、このままで良いのー」

「親とおんなじようなこと言いやがって……」

「デイルが『ふりょのじこ』にあったら、ぼくが、ねぇね、およめさんにするの」

「前々から思ってたんだけどさ、この店に来るおっさんども、幼児教育には最っ低だよな」

「ラティナは、本当にまっすぐ育ってくれて、安堵している」

 デイルのその言葉には、ケニスも同意した。腕に抱くエマへと微妙な視線を送っている。

「俺は、そう簡単には、くたばらねぇよ」

「ねぇね『まじんぞく』だから、チャンスはいっぱいあるんだよ。ぼくの方が、わかいから、先はながいのー」

「……本当にあのおっさんども、なんてこと吹き込んでるんだ…… 」

 むふん。と、ドヤ顔をするテオは、デイルの反論にもへこたれなかった。幼児の強気の発言に、デイルの方が頭を抱える。


「それにしても、結婚って……なんだか色々すっ飛ばすわね、あんた。ぐでぐで先送りにしてるって思ってたら、急にそこに行くんだ」

 リタが呆れるのも、致し方無い。ラティナは兎も角、良い歳したデイルが、プラトニックにも程があるような、生ぬるい関係を続けていたのだから。


「俺はさ、なんつうか……今でも『ラティナの保護者』ってところが残っている訳なんだが」

「まぁ……今でも『保護者』ではあるしな」

「『保護者』としての俺は、こう考える訳だ。『遊びでラティナに手ぇ出した奴はぶっ殺す』」


 お前、『遊び』じゃなくとも、彼女に手を出す輩には容赦しないだろう。という突っ込みは、大家夫妻の胸の内に留められた。


「だから、『俺自身』に対しても、そーいう感じでさ。ラティナ相手に中途半端なことしたくなかったんだよ。ラティナ、結構良くない方向に物事考えるしな」

「それで、『結婚』か」

「ぶっちゃけ、なし崩し的に手ぇ出しそうで、最近怖い」

「ラティナ……育ったものねぇ……」

「育ったなあ……」

「当人、あんなに気にしてたのに……気が付くとあっという間だったものね……授乳中の私より、今じゃ大きい(・ ・ ・)し……」

 幼い頃を知るからこそ、『大人たち』の目が、遠くを見るようになる。

 リタに至っては、自らの胸元に視線を向けて、かすかにため息をついた。別に、大きいものが秀でているという訳では全くないし、気にしているつもりも無い。それでもあれだけ小さかった『妹分』に、大きな差を付けられるというのは、微妙な心持ちになるものである。


「一緒に寝ている訳だけどさぁ」

 一時期『寝床』が別れていたデイルとラティナであるが、彼らの暮らす『踊る虎猫亭』の屋根裏のスペースは、『二部屋』作るには狭い。デイルから距離を置くためにラティナが作っていたスペースは、本当に一時避難の為の狭い小さな空間だった。

 その結果、仲直りと共に、ラティナはデイルの元へと戻った。


 元々、特に田舎などでは、部屋数や暖房器具の関係で、一家族でベッドを共有するというのも、珍しい話ではない。

 そう考えれば、デイルとラティナが同じ布団にくるまっていることも、別に不審を抱く行動ではないのだ。


 自分の隣に潜り込んだラティナが、幸せそうにぬくぬくとしている姿は非常に可愛らしく。無意識なのか、暖を求めるように自分の背中に擦り寄って来る仕草にも、デイルは癒されていた。であるが、いつの頃からか、その行動の過程で、柔らかな感触を感じるようになった。

 それが何であるか、気付いた時から、デイルは微妙に距離を取ろうと、試みてはいたのだ。だが、睡眠中の無意識下の行動を、完全に制御できる特殊能力は、デイルにはない。


「柔らかくて気持ち良いなぁって思って起きて、ラティナを抱き締めてることに気付くってのが、最近のパターンだ 」

「惚気か」

「惚気もするさ」

 相変わらずこの男は、そういった点では悪びれなかった。

「ラティナが可愛いのは、揺るがないからな」

 その辺のスルースキルも、周囲は年々上がっている。


「良さそうな物件はあったのか?」

「それが難しくってさ……一応西区で探してるんだけど……絶対、ラティナ、『虎猫亭(こ こ)』に通うって言うだろう?」

「ラティナがいないと、ウチとしても大変だしな」

「ラティナのお蔭で、テオも赤ちゃん返りしなかったし」

 両親、特に父親であるケニスやリタの父親である祖父などは、新しく産まれたエマにでれでれになった。母親であるリタはそのあたりは一線を引いていたが、それでも赤ん坊にどうしても手は取られてしまう。

 テオが拗ねて、いわゆる『赤ちゃん返り』を起こさなかったのは、その分ラティナが、テオにかかりきりになったからであった。

 彼女も、赤ん坊に興味を持たない訳ではない。

 それでもラティナは、妹が産まれたことで、寂しい思いをしているテオに敏感に気が付いた。その為、テオをたっぷりと可愛いがってくれたのだった。

 親より『姉』大好き。な、テオにとっては、結果オーライであった。


「だからといって、南区(このへん)だと、俺が仕事で留守の間、心配だしさぁ……往復時の安全を取るか、留守中の治安を取るか……悩みどころで……」

 過去何度か、デイルはラティナと共に、新居を構える計画をしていた。

 その度に断念したのは、そういった懸念材料をクリア出来なかったからであった。

 特に今より幼かったラティナを、自分が長期の仕事で留守にする間、一人きりで生活させるのか、という問題点は大きかった。

『虎猫亭』の屋根裏部屋という環境は、ラティナの身の安全を考えるならば、どんな高級住宅街の豪邸よりも安心であったのだ。


 西区の高級住宅街で、それなりの邸宅を求めた場合、環境的な治安は良いが、強盗などの不安も出来る。維持の為に使用人を雇うとしたならば、人物の見極めも必要だ。

『虎猫亭』での仕事の為に、ラティナが通勤する時間は、人通りの少ない早朝や夜間になるだろう。女の一人歩きを心配して当然の時間だ。

 だからといって、『虎猫亭』の近場に家を探せば、どうしても治安の良くない地域になってしまう。南区には、素性も定かではない旅人やならず者が多いのだ。全ての者が善人であるなどと、寝言を言う気にはならない。


「ラティナ自身の魔法使いとしての技術で、ある程度の自衛が出来るってのは、わかっているけどな。それでも、危ねぇことは変わりないし。……ラティナ、根っこが優しい娘だから、暴漢相手でも、躊躇しちまうかもしんねぇし……ぶっ殺してやる位で良いのになぁ」

「普通はそこまで、吹っ切れないわよ」

「ぶっころすーっ」

「お前も、あんまり幼児教育には、良くないよな」

 小さな握りこぶしを掲げて、宣言した息子の姿に、父親は冷静な判定を下した。


「お前の留守は、どうしても知られ易いしな……色々な意味で、お前は『有名』だ。最近の若い奴等の間では、『王都で高名なデイル・レキ』として、お前の事を英雄視してる奴も少なくないからな」

 そして大抵の若者たちは、『実物』を見て、驚愕するのである。

 もはや、クロイツ名物と言っても過言ではない『親バカ』としての彼の姿は、彼の名声程には知られていないのであった。


「お前が留守で……ラティナが一人で暮らしてるだなんて言ったら……」

「変質者が日替わりで現れても、驚かないわね」

「だろう?」

「ヴィントが居たら、番犬にはなるだろうが……正直、それでも、やってられないな」

「わふっ?」

「……だからさ、せめて、しっかり周囲にラティナは俺のだって事をアピールする為にも、関係を明確にする必要もあるかなって思うんだよ」


 そうやって、理由をやたらと求めるのも、デイルの一種の照れ隠しであることを知る『兄貴分』とその妻は、そこ(・ ・)を抉るような真似はしないのであった。

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