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白金の娘、自らの郷里のこと。

「魔人族だって、よくわかったね。人間族の街で、角出して歩いているって……あんまり聞かない話なのに」

「いや、角は隠れてた。三人組で、皆、南の国風の帽子被っていたから」

「なら、何でわかったの?」

これ(・ ・)に反応した」


 そう言ってルドルフは、自分の胸元にさがる黒い欠片を持ち上げた。

「その連中は、これ(・ ・)が『角』だってわかったからだよ」

 ルドルフが示したのは、ラティナがかつて自らで折った角だった。

 一見しただけでは、黒い貴石のように見えるそれを、角であると見破ってみせたのも、ラティナ自身だった。


「私の角?」

「元々は、言葉にだいぶ訛りがある、他所の国の者らしいひとだって、東の門番から応援要請が入ってさ」


 他の街に比べると、旅人に寛容だと言われるクロイツの街だが、全ての来訪者を無条件で中に入れている訳ではない。

 街壁を守る門番の役割は、内部に入る者から通行税を取るのと同時に、不審な人物がいないかを見張ることなのである。

 そこで、言葉も不自由そうな他国者に、門番が不審を覚えた。

 他国の者だからといって、不審とはならない。

 だが、ラーバンド国の公用語は、世界中で最も使用する者の人口が多い、『西方大陸語』と呼ばれる言語だ。

 その言葉に不自由な者という存在は、目を引く。


 そこで憲兵隊本部に問い合わせが入り、その過程で伝令を引き受けたルドルフが、東門を訪れた。

 彼等は、ルドルフを見て、顔色を変えた。

 三人組のうち、一人は、はっきりと激昂する表情となり、別の一人も、抑え切れないように、憎々しげに表情を歪めた。

 最後の一人だけが、何事かを考え込む様子で一点を--ルドルフが首からさげる小さな欠片を見ていたのだった。

 その反応で、ルドルフは彼等が、『魔人族』だと思い至った。


「ラティナから、魔人族の言語は違うって聞いていたし、『角』に不愉快そうな反応するのも、無理のない話だしな」

「え?」

 ルドルフの言葉に、ラティナの方がきょとんとする。

 彼女の反応に少し驚いたルドルフは、呆れたような表情をした。

「だって、『角を折る』って行為の結果だろう」

「あ。そうだね」


 魔人族にとって、『角を折る』ということは、最大の侮蔑行為にあたる。

 罪を犯した者を追放する際に、角を折るという以外にも、相手を侮辱する為に、勝者が敗者の角を奪うこともあるという。戦士にとっては、生き恥を晒すことと同義であり、その際には、自決して果てる者も少なくないという。

『角』という物そのものが、そういった行為の先にしか発生しない存在だった。

『魔人族の角』を所有するルドルフに対して、怒りの感情を見せるのも、無理からぬことだった。


「その中の一人が連れを制したから、何事も起こらなかったけどな」

 魔人族の年齢差は、外見ではわからない。ただ、ルドルフの持つ角を見て考え込んでいた者が、一行のまとめ役であったらしい。


「嬢ちゃん、『角』手離してたのか?」

 そばのテーブルで、いつも通りに安酒を煽っていたジルヴェスターが驚いた顔で、二人の会話に口を挟んだ。

「そんなもん持ってたら……魔人族に喧嘩売ってるようなもんだし……人間族(おれら)の間でも、『呪いのアイテム』の代名詞扱いされてるもんだぞ」

「そうなの?」

鑑定(そっち)方面に聡い奴に聞いた話だと、怨念とか呪詛が籠められてるって話だ。元々折られる過程を考えりゃ、無理もない」

 クロイツ育ちで、魔人族の習慣や考えに疎いラティナは、ジルヴェスターの言葉に、なるほどという反応になった。

 自分のことだというのに、若干他人事のような反応である。


「私は、人間族じゃないから、『魔力付与(エンチャント)』は出来ないんだけど……」

 そう呟きながら、ちょん。と、ルドルフが、首からさげる自らの角の欠片に触れる。

『魔力付与』という、技術であり能力と呼べるものは、人族の中では人間族のみが有する『種族特性』だ。

「これは『私の一部』だから……私の魔力が残っているの」

「そうなのか?」

「うん。たぶん、呪いって呼ばれるのは、普通なら『角に残る魔力』が、苦しいとか、嫌だとか……絶望に満ちたものになるからじゃないかな」

 ラティナはそう言ってから、ルドルフに笑顔を向ける。

「でもね、これ(・ ・)は、たぶん大丈夫だよ。クロエに『綺麗だ』って言って貰えて嬉しくて、そんなの全部塗り替えちゃったから」

「そ……そんなの気にしてないからな」

 ラティナの『残り香のようなもの』が宿っていることを知って、ルドルフがそれを嫌だと思う筈もなかった。

「私が、これに籠めたのは、大切な友だちのそばに居れて嬉しいって気持ちだから。たぶん、お守りみたいな感じになってると思うの。これのこと、じっと見てたってひとには、わかったんじゃないかな」

 それを聞いてルドルフはそそくさと、首飾りをしまい込んだ。

『呪いのアイテム』と、『ラティナ謹製のお守り』では、周囲の目が明らかに違う。


「ただ、しばらく外出は控えめにした方が良いんじゃないか? その……あのさ、ラティナは、あんまり故郷の奴と会わない方が……良いかと思ってさ」


 ルドルフがそう言ったのは、憲兵隊に所属するようになって、彼が魔人族の『罪人を片角を折って追放する』という習慣を知ったからだった。


 彼を初めとして、『踊る虎猫亭』に通う者たちの中でも、特に幼い頃のラティナを知る面子は、彼女を罪人だとは考えていない。

 こんな良い子を以て罪人と呼ぶのであれば、世の中ほとんどの者が大罪人であるという認識なのであった。


 それでも、彼女が郷里を追放された以上、そこには何かしらの理由がある筈だった。

 どう考えてみても、厄介事であるだろうそのことに、ラティナを関わらせたくはないと願ってしまうのである。


「私ね、小さい頃、本当に限られたひととだけ、過ごしてたから……私のこと知ってるひとって、少ないとは思うの。『私が追放されることになった』ってことは……知られたかもしれないけど」

 ラティナはそう答えて、ルドルフに笑みを向ける。

「でも、心配してくれて、ありがとうルディ」

「お……おう」

 赤面したのをごまかすように、ルドルフは再び酒杯を口へと運んだ。



 その後、他出から戻ったデイル相手に、ラティナはルドルフから聞いた話を報告した。

「ルディにそんな風に教えて貰ったの」

「それより……角って、自分で持ってたんじゃなかったのか」

「何で? 私は要らないもの。欲しいって言ってくれた、クロエやルディに持ってて貰う方が嬉しいよ」

「ラティナがそれなら、良いけどな……」

 デイルも、魔人族が『角』を神聖視しているという文化を持つことを知っているからこそ、自ら折ったとはいえ、ラティナはそれを大切にしまっているのだろうと思っていた。

 いくら親友相手でも、あっさりと他人に譲っているとは思ってみなかった。


「ヴァスィリオに、お前を捜している奴はいるのか?」

「わかんない。……でも、私は(かえ)ったらいけないの」

 デイルの言葉に、ラティナは寂しそうに微笑んだ。

「私の存在は、ヴァスィリオでは、災いにしかならない。あの国は今、ようやく皆が待ち望んでいた新しい『一の魔王』を戴いたんだもの。……きっと、皆が望んでいた、良い国にしてくれる……」

「ラティナ? お前……?」

「私は、『災い』になんて……成りたくないの」

「……それが、お前の受けた『予言』か?」

 ラティナの呟きの中に含まれる、不穏な響きに、デイルは彼女を抱き寄せた。幼い頃からずっとそうであったように、自らの腕の中に囲いこむ。守られているという安心感を与えることができるように。

 かつて、『予言』の内容を覚えていないと答えた彼女は、デイルの問いかけに、かすかに首を横に振る。

「わかんない。でも、大人になって……考えて。両親が言ってたこととか思い出して……そうじゃないかって、思うこともあるの」


 隣で自分を抱きしめてくれるデイルを見上げて、ラティナは小さな声で言葉を継いだ。

「私の両親は、私のことを守ろうとしてくれてたって……あの国にあのまま居たら、私はきっと『災い』をもたらした……だから、私を守る為に、外へと連れ出したんだって思うの」

「……ラティナを見てたら、よくわかる。お前は愛されて育ったんだろうってことぐらいはさ」

「だからね、私は……あの国に、(かえ)ることはできないんだよ」

 寂し気に微笑んだラティナを抱き締める腕に、無意識に力をこめながら、デイルは彼女の失ったものの多さを改めて考えていた。


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