青年、白金の娘と。
本日もこの前に一話投稿しております。
またまた少しおっきくなりました。
「どうした、ラティナ。ぼんやりして」
「んー……」
そう問いかけると、彼女は数度まばたきして、少し首を傾げた。
「……わかんない」
「最近多いな。そうやってぼんやりしてること。身体の具合でも悪いのか?」
「ううん。それはないよ。本当に、大丈夫」
ぷるぷると、幼い頃を思わせる仕草で首を振る。それでも、微笑み返したその顔からは、もうほとんど『幼さ』は抜けかけている。
彼女の微笑みの中に、思い悩むものの片鱗を嗅ぎとりながらも、殊更深刻にならないように、気を配る。
「そうか」
自分は、いつでも彼女の味方だと、それだけは伝えようと手を握る。
その時、ふと、空の異常に気付いた。どうやらそれは自分だけではないらしく、窓の外からもざわめきが聞こえてくる。
「虹……?」
それは、不思議な光景だった。
空を虹が覆っている。
ただひとつの虹ではなく、幾筋もの様々な角度の虹が空一面を覆っていた。虹自体は見たことがあるが、こんな『空』は初めてだった。
「『虹』は、神さまが、見ていて下さる時に架かるんだよ……」
「ああ。……魔人族の間でも、そう言われているのか?」
「うん。……私が産まれた時も、空には虹が架かっていたって、教えてもらったの。神さまに見守られながら、産まれてきたんだよって……ラグ、よく言ってた」
「そうか」
『七色の神』と呼ばれる神々の神威の一端とされている『虹』。神々の司る色を全て内包していることから、虹が空に架かる時は、世界の何処かに、神が干渉した証とも言われている。
デイルもまた、産まれた時、虹が出ていたらしい。高位の『加護』を持つ者には、稀に起こる現象であるらしい。
それでも、この数多の『虹』は、聞いたこともない現象だった。
信心深い者は地に跪き祈りを捧げ、あるいは畏れおののいている姿が、窓から見える。
半ば無意識に隣のラティナを抱き寄せると、彼女は頭をデイルの肩へと擦り寄せるような動作をした。
デイルへと、聞き慣れない言葉を囁く。
「"*******、****"」
「ラティナ?」
聞き返すと、彼女は、最近よくする夢の中に居るような表情で、灰色の眸を煙らせるようにして、答えた。
「……『王』が……新しい王が、うまれたの」
「え?」
「これは、それを示しているの……」
「ラティナっ!」
強く名を呼んで、肩を掴んだ。
明らかに普通ではないラティナの様子に、言い様のない不安を掻き立てられる。
咄嗟に『呼び戻さなければならない』と、考えた。
「ふぇ……?」
ぱちぱちと大きくまばたきする。大きな声に驚いた、という顔をして、ラティナが自分の顔を見る。
毒気の抜かれた、その普段通りの彼女の表情に、心の底からほっとした。
「大丈夫か? ラティナ?」
「なあに? どうしたの、デイル? びっくりした……」
「びっくりしたのは、俺の方だ。ぼんやりして……本当にどうしたんだ?」
「……?」
デイルの言葉に、ラティナは不思議そうに首を傾げている。
「……『王』って、なんのことだ? 」
「え? ……この『虹』はね、新しく『魔王』が現れたことを示しているんだよ」
当たり前のようにラティナが告げた『答え』に、デイルは眉間に皺を寄せる。
「魔人族には、そんな言い伝えがあるのか?」
「……? わかんない」
問われて、ラティナは再び不思議そうに首を傾げている。
「ラグ……じゃないし……モヴ……だったのかなぁ……? 誰に聞いたんだっけ……? デイルじゃないんだよね?」
「俺は、聞いたこともない話だ」
「そっか……誰に聞いたんだろう……?」
並んで空を眺めながら、ラティナは考え込んでいたが、その答えが出ることはなかった。
次の6の月が訪れると、ラティナは16歳になる。
デイルが彼女を異性であると、認識を改めてから一年と半年以上が過ぎた訳だが、二人の関係は変わったような変わっていないような、微妙な距離を保っていた。
デイルとしては、ラティナのことを、『自分にとって特別な女の子』として認識していても、同時にまだ『幼い少女』だとも思っていた。
彼女が成長していることは、ちゃんと直視するようにはなっていたが、だからといって直ぐさま『手を出す』気にはなれない。
それはなんか人として駄目なような気がする。
その為、なんだかんだと理由を付けて、現状維持を選んできた--のだと思う。
ラティナ当人も、自分から何かを望むような発言はしない。
ただ、デイルの言葉を信じて、穏やかに微笑んでくれている。そのことを考えれば、デイルは年下の彼女に、すっかり甘えているとも言えた。
とはいえ、デイルにそんなに余裕がある訳でもない。
思春期を迎えた頃は、同年代の娘たちより、成長が遅めだった彼女だったが、それは本当に、遅いだけであったらしい。
身長はそれほど伸びなかったが、それ以外の『部分』は、なんと言うか、だいぶ大きくなった。
あれだけ心配していた母親の遺伝は、それほど大きな影響を与えなかったらしい。父方の遺伝子の成せるわざだろうか。
毎日くるくると、働く彼女の運動量はかなりのもので、手足には、折れるようなか弱さはないが、すらりと細く長く伸びている。腰も運動のお蔭でだいぶ括れており、女性特有の曲線を悩ましく描いている。
はっきり言えば、だいぶスタイルが良いのであった。
少し童顔という印象を受けるのは、彼女の表情が、無邪気さの残る幼い印象を与えるものだからだ。
時折物思いに耽る姿は、歳の離れたデイルでさえ、ドキリとさせられる。『美しい』や『綺麗』という表現を素直に使うことができる容貌だった。
育ったラティナは、--率直に言わずとも、美人と言わずして何と呼べば良い。という感じなのであった。
それなのに、ラティナは幼い頃から変わらない無防備さで、デイルに甘えてくる。安心しきった表情で、仔猫めいた仕草で擦り寄って、幸せそうに見上げてくる。
これが計算でやっていたとしたならば、どんな悪女となるだろうか。--と、デイルが現実逃避しかける程の攻撃力である。
彼とて、聖人でも枯れている訳でもない。自分を慕う美しい魅力的な女性を前にして、何も感じないなんてことはないのだ。
全ては、自分がはっきりしないことが原因であることも、自覚しているデイルは、日々をそんな風に、時折悶々と、過ごしているのであった。
「くっつかないなら、俺のところに来れば良いのに」
「デイルが良いの。大人になるまで、待ってるって言われたから、待ってるだけだもん」
「俺は今すぐでも良いのに」
「デイルが良いのっ」
この一年半ほどで、すっかり『踊る虎猫亭』で定番となった光景が、ラティナとルドルフのこのやり取りだった。
諦めるつもりのない発言をした彼であったが、その宣言通りに『踊る虎猫亭』の日参を止めることはなかった。
告白直後こそ、ぎこちなかった二人だが、ルドルフがそれを吹っ切ってラティナを毎日のように口説き、ラティナがあっさりと断るというやり取りに変化するまでは、そう時間はかからなかった。
とりあえずルドルフは、常連の強面のおっさんどもに、吊し上げられた。
だが、それにもめげない気概と、ラティナ当人が、彼とのやり取りを重く受け止めていないことから、次第におっさんどもの態度は軟化した。
ルドルフが、率先してラティナの周囲の露払いをしていることにも、気付いた為である。
ルドルフ当人が、諦めないという意志をラティナに見せているという理由はある。
だが、それだけなら、衆目の中繰り返す必要はない。ルドルフが敢えて『虎猫亭』の中でこのやり取りをしているのは、ラティナを狙う周囲の男たちへの牽制だった。
『憲兵隊の重役たちに可愛いがられている若手の有望株』として認識されている自分自身と、「デイルが好き」というラティナの発言をおして、彼女に近付けるのか、と問うているのであった。
『保護者』連中が案じていた告白ラッシュが、それによって防がれたという功績が、ルドルフの現在の地位を確立していたのである。
彼は、頑張っていた。
「そういえば、ラティナ」
「何?」
甘口の果実酒以外の味も、この一年で覚えたルドルフが、酒杯を舐めながらラティナを呼び止めた。
「今、この街に、『魔人族』の旅人が来てるぞ」
「え?」
ルドルフの言葉に、ラティナは不思議そうに、こてん。と首を傾けた。
気にしていた『ところ』は、少しじゃない程度におっきくなれた様です。