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青年、改めて疑問を口にする。後

「ジルヴェスター、獣使い(テイマー)とかは、どうやって使役獣を街中に入れてるんだ?」

「俺も詳しくはないがな。確か専門の魔道具があった筈だ。おい、ケヴィンの奴、呼んで来てくれ」

 ジルヴェスターはそう言って、知人の獣使いの名前を出す。


「ああ、もうっ」

 しばらく押し黙っていたリタも、心の整理をつけたらしい。『緑の神(アクダル)の伝言板』に向かうと、最近の周辺の動向を調べ始める。

 リタも、ラティナが『頑固』な子であることを知っている。そして、『無理』を押し通してしまうだけの能力を持っていることも、知っていた。どうしても危なっかしいことになるのであれば、協力する方が『建設的』であることはリタも理解してしまう。

 これが、初めから無茶で無謀であるのならば、何が何でも止めるというのに。スペックが高過ぎるのも、問題であるのだった。


 ジルヴェスターが名を出した『獣使い』ケヴィンは、黒毛の狼を連れて『踊る虎猫亭』に現れた。彼の『相棒』である狼は、もう一匹おり、連れている狼のつがいに当たる。その牝狼が、この春に初産を行い、現在は仔育ての様子見の為に休業中であるらしい。

 その為にすぐ話を聞くことができたと思えば、こちらとしては助かったタイミングだった。

 見知らぬ獣が自分のテリトリーに侵入してきたと、ヴィントが、カウンターの陰からじっと黒狼を睨んでいる。黒狼の方は、気にしていない様子を装っているが、耳がピクピクと激しく動いていた。


「これが、その魔道具だ」

 ケヴィンが、狼の首のあたりを示すと、狼の太い首には、金属のプレートがさがった首輪が嵌められていた。

「端的に言うと、『これ』は、獣が『本能的に嫌がるモノ』になっている。だからこそ『これ』を着けている『獣』は、『央』魔法で支配されているか、厳しく訓練された『使役獣』って証明になる。街中に『使役獣』を連れ込む際の最低限の証だ」

「なら、ヴィントにも『これ』を着けさせれば、ラティナに同行させることができるか」


 ケヴィンが予備として持っていた『魔道具』を、片手で転がしていたケニスが、ヴィントへと差し出して見せる。

 魔道具に顔を近付け、フンフンと臭いをかいだヴィントは、如何にも嫌そうな顔を、獣にも関わらず器用にして見せた。

「やだ。これキライ」

「ラティナと離れて留守番するか、これを着けて一緒に行くか、選べ」

「がまんできる。やればできるこ」

 即答だった。

 予想通りだった。


「噂には聞いていたが……『央』魔法どころか……幻獣の自由意志とはな……どんだけ規格外なんだ?」

「たぶん考えると負けだと思うぞ。嬢ちゃんだからなあ」

 本職だからこそ、常識では考えられない光景に、頭を抱えかけているケヴィンに、ジルヴェスターが生温かい視線を送った。



 そんな具合に、準備は慌ただしく進められた。

 ラティナの用意した旅装は、かつてティスロウに向かった際に調えたものが主になっていた。ケープはだいぶ丈が短くなっているが、それを差し引いても、『魔道具』としての性能の優秀さを選んだのだった。

 元々サイズの大小があまり気になりにくいデザインなのと、寒い季節ではないことから、それで良いだろうと、判断された。


「ラティナ、魔法使い用の杖も持っていただろう?」

「うん。でも、私、無くても魔法使うのにあんまり困らないよ」

「そうだろうな。だが、『お前が魔法使いだ』ということを周りに示す手段になる。かたちだけでも、『冒険者』らしく見せておけ」

「『女の旅人は舐められる』から?」

「そんなところだ」

 デイルがかつて彼女に買い求めた『杖』は、子どもの練習用ではあるが、『駆け出しの冒険者の装備』に比べれば、充分良いものなのだ。

 一人旅の女の子でも、簡単には侮れないという、箔付けの一部にはなるだろう。



 ケニスや常連客、リタのバックアップを受けて準備を調えたラティナは、クロイツの馬車乗り場--王都への直通馬車は無く、途中の町で乗り換える必要があった--へと向かいかけた足を、ぴたりと、止めた。

 キョロキョロと、見送ってくれた人びとの姿も、もう見えないことを確認する。その後、ヴィントの隣にしゃがみ込んだ。

「ねえ、ヴィント」

「わふ?」

「みんなには、内緒で……試してみたいことがあるの」

「わふぅ?」

「ヴィントに乗ること、出来ないかなぁ?」


 かつて彼女は、コルネリオ師父から、学んでいた。

 クロイツと王都の間の街道は、わざと回り道をするルートで整えられているのだと。

 それは、有事の際、防衛の時間を稼ぐ必要があるからだ。橋や地形上の理由もあり、直線距離で移動出来る飛竜が、他の手段に比べて圧倒的に早いのも、その為なのであった。

 それを知っていたラティナは、馬車という陸路ではなく、『友人』の能力で空路を行くことが出来ないかと考えたのである。

「防壁魔法と、重力軽減魔法の併用でね、ヴィントの邪魔しないように頑張ってみるから、ちょっと試してみても良いかなぁ?」

「わふっ」


 長時間の複数の魔法の維持ということ自体が、常識外れなのだが、突っ込みを入れる役割の者は、同行していなかった。

 そして、『保護者』である大人たちが、全く考えていなかった『無茶で無謀』な行動を、やり通してしまうスペックがこの少女にあったことが、何よりの想定外と言えるだろう。


 彼女はヴィントと共にクロイツの外に出ると、数度、低空でその思いつきを練習した。

 その後、空の旅に出掛けたのであった。

 彼女は、出来てしまったのである。


 仔狼であるヴィントの飛行能力は、飛ぶことに特化した飛竜ほど早くも無く、長く長距離を飛ぶことも出来ない。

 ラティナの魔法の休憩も必要だった。

 一人と一匹は無理をせず、適切に休みを挟んだ。途中の町で一泊して、その翌日王都に辿り着いたのである。

 それでも充分過ぎるほどに早い到着だった。

 自分が『普通で無いこと』をしている自覚のあるラティナは、王都から離れた場所で地上に降り、徒歩で街へと向かうという『常識的な』判断もしていた。王都の警備兵たちに、不審な存在として撃墜されるなどという失態は犯さなかったのであった。


 クロイツに比べると、周囲を囲む街壁の内部に入ることも難しい王都だったが、『踊る虎猫亭の常連客』という、ラーバント国でも有数の『冒険者たち』の能力も侮れないものがある。

 ジルヴェスターが自分の知人宛てに用意してくれた複数の紹介状は、どれも王都で身元がはっきりした相手に向けられた物だった。ジルヴェスター自身の『名』も、日頃安酒をかっくらっている姿からは想像もつかない程に、高名なのである。

 ヴィントに着けられた『魔道具』も、正規の高品質の物であることが見て取れると、彼女たちの審査は、初めての王都入りだと思えば、かなりすんなりと許された。


 そこで、初めての王都の街並みに浮かれる前に、ラティナは途方に暮れた。

「この後、どうしよう……」

「わん?」

 隣に『友人』が、居てくれるからこそ、不安には押し潰されずに済んだ。


 ケニスたちには、あらかじめ言われていたことだ。

 --王都に行ったからとはいえ、デイルと会えるとは限らない--のである。彼が身を寄せているのは、王都の中でも上流中の上流階級。エルディシュテット公爵家なのである。一介の庶民の少女が、押し掛けても門前払いされるのが当然だろう。

 ジルヴェスターが複数の紹介状を用意したのも、難しいが、ラティナ一人であるよりは、公爵家に話を通せる可能性が高いだろうという観点もあるのだった。


「どうしよう……」

 呟きながら考える。そこでラティナは今、王都に滞在している筈の人物のことを思い出した。



「--でね。ローゼさまなら、私のことも知っているだろうって、『藍の神(ニーリー)』の神殿を訪ねたの。……デイル? どうしたの?」

「……いや、ちょっと待ってくれ……状況の把握が……」

 思っていた以上に、『わんこ』の役割が大きかった。

 ラティナが『白状した』行動を聞いたデイルは、文字通り頭を抱えていた。

『央』魔法使いでもないのに、専門の訓練を受けた訳でもないのに、空路を移動手段として使うことがどれだけ規格外なのか、わかっているのだろうか。


 --それを言ったなら、幻獣と主従関係ならまだしも、友人関係を結ぶという前提自体が『規格外』なのだが、長年彼女を見ていたデイルは、そのあたりの『常識』が麻痺しかけていたのである。


 そして、何より、公爵閣下になんて説明するべきだろうか。頭痛がしそうだった。

 ウンウンと唸るデイルを、少し首を傾げるようにして、ラティナが覗き込む。目が合うと、彼女は幸せそうな笑顔になった。

「……なんだ?」

「何でもないよ」

 そう言いながらも、彼女の幸せそうな表情は変わらない。

 そこまで考えて、デイルはラティナの口癖を思い出した。

 --「だって、デイルといっしょだもん」彼女はいつもそう言って、幸せそうに微笑んでくれているのだった。


「まぁ、なんとかなるか」

 改めて気が付いてしまえば、『可愛い過ぎる』ラティナと『一緒』なのだ。どうにかなるというか、どうにかすれば良い。

 デイルは自分の頬が、少し熱を帯びるのを自覚しながら、呟くのだった。


連休ですし、早々の後編投稿でした。

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