表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/213

青年、療養中。壱

この作品には、警告タグが付いております。悪しからず。

『病気』には、回復魔法は効かない。そしてありとあらゆる『病』を束ねる存在(もの)は、『四の魔王』である。--というのは、誰もが知る当たり前の『常識』だった。


 病をもたらすものは、『四の魔王』の魔力--独自の能力を有することから『魔素』との呼称を以て呼ばれている--と、考えられている。

 正式には『魔素障害』と呼ばれるそれは、対象の魔力や生命力といった『気』の流れを狂わせる。干渉するべきそれらが乱れている為に、直接魔法で治すことが困難になるのであった。場合によっては、『魔法』の干渉が悪い方向に働く場合もある。

 その為、症状を薬で抑え、可能ならば『体力回復』の系統の回復魔法を併用しながら、魔素による影響が身体から抜け、本来の『気』の流れに戻ることを待つしか無い。


『魔素障害』以外の病気には、回復魔法が効くものもあるのだが、それは一見してわかるものでも無く、『藍の神(ニーリー)』の神殿という、専門機関に判断を委ねる必要があるのであった。



 ごろごろと宛がわれた大きなベッドの上で、だらしなく身体を伸ばしたデイルは、手にしていた分厚い書籍を、ぽいと隣に投げた。

「あー……飽きた……」

 療養の為、大人しく寝ている生活に、三日目で既に飽きた、デイルなのであった。

「身体動かしてぇ……剣は、さすがにばれるだろうけど……トレーニングくらいなら……」


 普段、仕事で公爵邸に滞在する期間も、デイルは書籍などを以て、公爵家という最高峰の環境で得られる、最新の知識に触れていた。

 些細なことで軽んじられるような貴族相手の『仕事』である。付け入られる隙を簡単に与えるつもりはなかった。

 その為、デイルはかつてコルネリオ師父に受けた教育を背景に、今でも折を見ては、『学習』を続けているのであった。

 それでも、それしか出来ないという状況は、飽きがくる。


「よし、なら……こっそり……」

「お前がそう言い出す頃だと、使用人から連絡があったぞ」

 扉を開けて遠慮なく入室してきたグレゴールが、呆れた声音を滲ませて言う。

 グレゴールの気配には、とっくに気付いていた。だからこそわざとらしく、デイルはごろごろと転がりながら、うらめしそうな顔を友人へと向けることで応じる。

「飽きた」

「ローゼの『加護』による治療で、魔素の影響が最小限に抑えられていても、治ったわけではないことも、お前ならわかっているだろう」

「わかっているから、大人しく寝てるだろう……」

「お前の判断で隔離していた、二人の罹患者も、快復期に入ったそうだ。ローゼも、お前の対応に感心していたぞ」

「ウチの田舎じゃ、『藍の神(ニーリー)』の神殿は無いからな……薬学と病理学も、自衛の為に、ある程度修めとく必要があるんだよ」


 それは、かつて『一族の次期当主』として受けた教育の一部だった。一族を護るべき当主として、デイルが受けた教育は、多岐に渡る。

 そして、そんな教育を当たり前に受けさせる土壌があるのが、周辺諸侯に恐れられるティスロウという一族なのである。

 実力主義のエルディシュテット公爵の眼鏡にかなったのは、それらの深い教養も影響していた。


「『二の魔王』には、してやられたという結果だったがな。隠蔽で保身に走った該当者は、父上が制裁を与えると仰っていた」

「なんかそれは、相手に同情できそうだな……」

「周囲の集落も確認したが、特に異常は無く、罹患者も出なかったようだ。明らかな異常事態に、好奇心を出さず、慎重に距離をおいた結果だろうな」

「ある意味、隠蔽工作の為に、街道を封鎖したってのも、良い方向に働いたのかもしんねぇよな」



 クロイツから王都に着いたデイルは、そのまま任務に就くことになった。

 誘拐された後、連れて行かれた先で『二の魔王』と遭遇したローゼの証言の確認である。赴いた先で『魔王』と遭遇する可能性がある以上、本来なら斥候隊に先行させるところではあるが、『勇者』の能力者であるデイルの同行を必要としていたのであった。


 ローゼの証言を元に割り出した該当する集落は、街道が封鎖され、『なかったこと』にされていた。

 一夜にして村人全てが惨殺され、確認に向かった者も戻らない明らかな異常事態。この地を治める地方貴族は、エルディシュテット公爵の言うところの『小者』であるが故に、確認することや国に報告することよりも、隠蔽という選択をしたらしい。


 一見すると、集落の中は『綺麗』だった。

 ただ、えもいわれぬ不快感が、空気として漂っている。ひとの気配ひとつしない静寂さが、当たり前の田舎の光景と、あまりにもそぐわない。

 それが、建物を開けて確認する度、『異常さ』を露にする。


 どの死体も、『遊ばれて』いた。

 幼子が玩具を並べるように。玩具を弄ぶように。--おそらく『二の魔王』にとって、それら(・ ・ ・)は紛れもない『玩具』なのだろう。

 ある一軒の家の中で、壁というキャンパス一杯に描かれた、原型を留めぬ程に擂り潰されたそれ(・ ・)を絵具として用いた、『芸術』の姿には、戦場に慣れた一行も表情を歪めた。

 全てが、建物の、場合によってはその中の一室のみで行われている凶行だった。

 だからこそ、この惨殺の舞台は、一目見ただけでは何ごとも無いように、ただ静寂さを纏っているのだった。


 緊張感をはらんだまま、目的の館--かつて豪商の別荘として建てられたことが調べた結果わかった--に到着する。

 扉を開けた瞬間広がっていた予想外の光景に、彼らは一瞬判断に迷った。


 ローゼの誘拐犯たちの惨殺の舞台となった玄関ホール。そこには、おびただしい数の死体は--なかった。

 肉片ひとつ残さず片付けられ、壁にも血糊ひとつ飛んでいない。ただどす黒く変色したカーペットの染みだけが、この場で起こったことを証明していた。

 そして、時間の経過を感じさせない、傷んだ様子の無い『若い女』の死体が、飾りたてた豪華な衣装を着せられて、彼らを迎えるように、腰掛けていた。


 罠だ。と、はっきりしている状況。

 それでも、『彼女』がローゼの侍女だと推測されることから、確認しなくてはならない。

 --結果として、それ(・ ・)はやはり罠であった。

 高濃度の『魔素』を仕込まれたそれ(・ ・)は、病の爆弾という効果をもって、彼らの目前で四散したのである。

 逃したローゼの性格から、必ず確認に再訪するだろうということを見越した、『二の魔王』の『置き土産』だった。


 先行した二人の斥候が、直撃した。

 後ろにいた残りの者たちは、『一流』の名に恥じぬ迅速な判断で、簡易式の『障壁』と、正しく周辺を隔てる為に『発生元』を囲む障壁という二重の魔法で、難を逃れた。


 結局『二の魔王』の姿も、それに繋がる手掛かりも無く、『二の魔王がここにはいない』という現状を、確認するに留まる結果となった。


 最終的に、領主の判断と同じかたちで、この集落は放棄されることになった。高濃度の魔素がその能力を失うまでには、途方も無い時間が必要となる。高位の『藍の神(ニーリー)』の神官が幾人も浄化作業に当たれば、可能とはなるが、それも一朝一夕に行えるものではなかった。


 罠の直撃で、『魔素障害』に陥った二人の治療にあたったのは、デイルだった。

 高位の加護持つ神官などは、『魔素障害』になり難いという特徴をもっている。『最善』がそれであると、デイルは即座に判断を下した。

 彼らは、治療にあたるデイルと、罹患した二人を、馬車を以て隔離した状態で、王都--最高位の『藍の神(ニーリー)』の神殿--へと戻ったのである。

 その過程で、デイルもまた、軽度の『魔素障害』にかかることになった。とはいえ王都には、ローゼを始めとした高位の『藍の神(ニーリー)』の神官が多数いる。治療に最高の環境が整っているのもまた、この都市なのである。


 その為、重症化することも無く、病らしい症状もほとんど出ていない体調で、デイルは退屈な療養生活を強いられていたのであった。


「クロイツには、連絡入れてくれたか?」

「一応、最低限の状況は伝えたが……お前自身で私信を綴れば良いだろうに」

「あー……俺、さぁ……報告書は書けるんだけど、手紙って微妙に苦手で……それに、今、なんとなく、送り難いって言うか……」

「……痴話喧嘩でもしたか」

「ち、違っ……」

 わかり難いテンションではあるが、グレゴールとしては珍しく挟んだ『冗談』だった。だがそれに、デイルは過剰に反応した。

 ベッドからガバッと起き上がり、グレゴールに押し返されて再び横になる。

 そんな彼の反応も含めて、グレゴールは、今回、呼び出される前にデイルが王都を訪れたという、不可思議な行動から始まる一連の彼の言動が--彼の養い子が原因だと確信するのであった。


 --本来、呼び出されても、養い子と離れたくないと、駄々をこねるデイルが、自主的に王都を訪れた。そのこと自体考える、不審を抱かせるには充分過ぎる『異常事態』なのである。

『回復魔法』では『病気が治らない』という設定説明であります。相変わらず、ざっくりとした設定となっております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ