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赤毛の少年と、白金の乙女と。参

 新たな客の気配に視線を向けて、反射的に声を出す。

「いらっしゃいま……」

 その相手がある意味『待ち人』であることに気付くと、ラティナは今度は落としたりしないように、お盆を持つ手に力を込めた。

「……ルディ」

「……よお」

 互いにぎこちなく応対する少女と少年に、店内全ての人間の関心が向いてしまうのも、昨日の今日では、仕方の無い状況なのかもしれなかった。



 クロエの家から戻った後、ラティナは素直にケニスに昨夜のことを相談した。

 幼なじみに告白され、それで動揺して、調子を崩したことも話すと、改めて昨日からの失敗の数々を謝罪した。

「……たぶん、今日もルディ来ると思うの。そこで少しお仕事抜けて、お話しても良いかな?」

「……わかった。その時は声を掛けろ」

 ケニスはため息を押し殺して、そう答えた。店内で彼女の『お話』をされた日には、あの(酔っぱらい)どもがどんな反応をするか、予想がつかない。少なくとも、相手の少年の心の傷を、今後とも抉らせるようなトラウマ事項とさせる訳にはいかないだろう。

 何しろ『相手』は、彼女にとっても親しい『幼なじみ』という『特別枠』の人物なのだから。


(とうとう、来てしまったか)

 その思いで、ケニスはため息を連発しそうだった。

 今の今まで、ラティナの周囲に、彼女に好意を寄せる若い男たちが群がらなかったのは、『保護者たち』が睨みを利かせていたのと同時に、彼らの間にも『抜け駆け禁止』の空気があったからだった。

 それが、『最初のひとり』が現れたことで、今後崩れていくだろう。

(こうなる前に、デイルにも、はっきりして欲しかったんだがな……)


 ラティナに懸想する連中が、最も『活性化』するのは、デイルが留守の時だ。

 幼いままではいられないラティナを、今後どこのラインまで守れば良いのか。どこから彼女の『経験』だと、任せれば良いのか。

 デイルが留守の間、ラティナの最大の後ろ盾である『師匠』であるケニスも、現在岐路の上に立つ自覚をしていたのである。



 ルドルフを誘って店の裏手、厨房から続くそこへと誘う。

 いつもテオとヴィントが遊ぶ裏庭のようなそこには、店の表側には無い、生活感のようなものが漂っていた。

 そこでラティナは、ぎこちなく言葉を切り出した。

「あのね……あのね、ルディ……昨日の……」

「……おう」

「びっくりしたの。私、全然気付かなかったから」

「……わかってる。ラティナが俺のこと、そういう目で見たこと無いこと、気付いてたから」

「…………」

「ラティナがずっと、誰を見てたのかも、知ってる。だから、返事して貰おうとは、思ってなかった。……でも、気持ちだけでも、伝えておこう。そう、思った」

「ルディ……」

 ラティナは恥ずかしそうに頬を染めて、少し上目遣いで、彼が予想はしていたものの、『一番聞きたくなかった』言葉を口にした。


「ごめんね、ルディ……」

「……そうか」

 掠れた声でも、答えることが出来たのは、それがある程度『わかっていた』答えだったからだろう。


「ごめんね、私、デイルが好きなの」

「……知ってる」

「まだ、デイルに、子ども扱いされてて、全然、相手にもして貰えないけど、諦められないの」

「……知ってる」

「だから、ごめんね。私……ルディの気持ちには、そう答えることしか、出来ないの。でも」

 少し、ぎこちなく。普段とは少しだけ異なる、どこか魅惑的な微笑みを、ラティナはルドルフへと向ける。

「ありがとう、ルディ。……私のこと、好きになってくれて……ありがとう」


 上気した顔も、潤んだ眸も、甘く優しい声も--今のラティナが浮かべるものは、『自分が向けて欲しかった』ラティナの姿だった。

 だから、ルドルフはもう少しだけ『頑張る』度胸が持てた。


「諦められないのは、俺も同じだから」

 そう言って、真っ直ぐラティナの眸を見る。

 たぶんラティナに負けじと赤くなっているだろう自覚はあるが、声を震えさせることはなかった。

「ルディ……?」

「ラティナが誰を好きなのかも。ラティナが、まだ、相手にされてないってことも、知ってるから……ラティナが諦めても、良いって時まで、待つつもりだから」

「……っ」

「その時、俺のこと、思い出してくれれば、良い」

 ちらり、と、店内の明かりを反射して、ルドルフの胸元で光が見える。

 それが何であるか、彼女がわからない筈は無い。

 かつて自分の一部であった存在(もの)。それを大切に彼が持っていてくれる理由も、彼女はようやく理解した。


 細い指を伸ばして『それ』に触れると、距離が近くなったことに、ルドルフがびくりと、身体を強張らせた。

「ありがとう、ルディ」

 感謝と、喜びの想いを、『かつての自分の一部』へとのせる。

「ごめんね。でも、本当に、ありがとう……」

 --彼女の指が離れても、何故か仄かなぬくもりが残されたような気配がした。


 ラティナが『踊る虎猫亭』の中に戻るのを、見送ると、ルドルフはずるずると背中を壁に付けて座り込んだ。

「……っ!」

 声は、飲み込む。

 ラティナから伝えられるだろう言葉がわかっていても、辛くない筈がない。苦しくない筈がない。

 それでも、自分の想いを伝えたことを後悔はしていない。『ただの幼なじみ』から、自分のことを『異性』だと意識して貰えただけで、現状では上々だ。--そう、自分に言い聞かせる。

 ラティナの前では虚勢をはり続けた。

 なんとか、そうすることが出来た。

 好きな彼女の前で、情けない姿は見せたくない。追い付きたい『背中』に、負けたくない。格好をつけることが、今のルドルフにできる最大限の『精一杯』なのだった。


「もう、良いのか?」

「うん」

 厨房に戻ると、ケニスが心配そうに、声を掛けてくる。ラティナはそれに頷きながら答えた。

 ラティナはずいぶんすっきりとした様子で、落ち着きを取り戻している。デイルと関係を拗らせる前の、彼女に戻った様子だった。

 仕事をてきぱきとこなす姿も、陰りのない笑顔も、元のものだ。



「デイルにちゃんと伝えようって、決めたの」

「わふ?」

 屋根裏部屋で、伏せていたヴィント相手に、寝間着に着替え髪をとかすラティナは、そう言った。

 そばにいた幼なじみの気持ちに、気付かなかった自分。

 デイルに足りない言葉で、想いを伝えたつもりになっていたなんて、とても都合が良いものであることも、自覚した。隣にいつもいても、気持ちの全てがわかる筈なんて無いのだ。


 簡単に諦められない想いなら、何度でも、挑まなければならない。

 簡単に、デイルに受け入れて貰える想いだなんて、自分でも思っていなかった筈だ。

「もう一回、ちゃんと頑張るの。次がダメでも、また頑張れば良いの」

「わん」

「その前に、デイルにごめんなさいって言わないと。困らせて、ごめんなさいって。そして、ちゃんとやり直すの」

 ヴィントに、もぎゅ。と抱き付いても、その表情には、悲壮感も辛さも既に無い。ただ、はっきりとした決意だけを眸に宿していた。

「デイルに『子ども』だって思われていることだって、私、わかっていたんだもん。それくらいじゃ、へこたれちゃダメだったの」

「わふ」

「だから、また、明日から頑張るの」


 自分の想いが諦められないものだと、再確認した。

 へこたれて、いじけている暇などなかったのだ。

 まだ『理想の大人の女性』には、程遠い自分なのだ。もっともっと頑張ってもまだ足りない。

 それでも、自分のことを「好き」だなんて言ってくれるひとだっているのだ。自惚れることはできないけれど、少しだけ、自信を持とうと決めた。頑張ってきたことは、無駄などではないのだ。


「諦めるつもりは、無いもん。それなら、頑張るしか無いのっ」

「わん」

 応援してくれる『友だち』のぬくもりを感じながら、ラティナは決意を改めたのであった。



 --その数日後。

 クロイツの『踊る虎猫亭』の元に、王都から一通の手紙が届いた。

 そこには、デイルが病に倒れたと、簡潔な文章で記されていたのであった。


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