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赤毛の少年と、白金の乙女と。壱

 初日は酔いつぶれて、再びラティナの『解毒』呪文の世話になるという醜態を晒したルドルフであったが、彼はそれでめげることなく、翌日も『踊る虎猫亭』を訪れた。


『保護者』不在の隙に、看板娘に近づくことができないかと、虎視眈々とチャンスを狙っている若手の冒険者たちは、彼等のアイドルたるラティナと妙に親しげなルドルフに、はっきりとした敵意を向けている。

 どこかギスギスとした周囲の雰囲気に、ラティナは不思議そうな表情をしていた。

「周りのひとと、ケンカにでもなったの?」

「いや。そうじゃない」

「ふぅん……なんかあったら、言ってね」


 ラティナとそんな会話をする今日のルドルフは、甘口の果実酒を口に運んでいる。

 他の店ならば、それこそ『子ども』だと笑われるような、女性が好みそうな品であったが、『踊る虎猫亭』では人気メニューのひとつとなっていた。

 理由は非常に簡単で、看板娘が仕込んだメニューであるからだった。そんなラティナは、味はさておき酒精(アルコール)を苦手にしているようで、小さなグラスに半分程を舐め、真っ赤になっている姿が確認されていた。味見をするのも、ままならないらしい。


「嬢ちゃんは、あの坊主と仲良いな」

 ルドルフと語り合うラティナの様子に気付いた、常連のジルヴェスターが、そう声をかける。ラティナは少し首を傾げて彼の卓へと近づくと、なんということもないように答えた。

「ジルさんも知ってるでしょ? 昔、よく来てたルディだよ。今は憲兵さんになったの」

「……嬢ちゃん、あのなぁ……」

「見習いの期間が終わったから、『虎猫亭』に来てくれるようになったんだって」

 なんの裏もなく、そう言って笑うラティナに、ジルヴェスターは微妙な笑顔で応えた。


「嬢ちゃんも、あいつ(・ ・ ・)の事を……どうこう言えねぇなぁ……」

 彼女の背中を見て、ため息をついたジルヴェスターの呟きは、周囲に聞こえないように、グラスの中へと向けられた。



 そんな風に周囲が、気を揉んだり、嫉妬したりと、はっきりとしているルドルフの感情に気付いているというのに、当のラティナは鈍感さを周囲に振り撒いていた。

 それを以てルドルフを嘲笑する輩もいるにはいたが、あまりに明確過ぎて、同情すら誘った。

 それでもルドルフは、めげることなく、『虎猫亭』への日参を続けたのであった。


 彼は幼なじみの少女のそんな鈍感さも、理解の上で挑んでいるのである。

 この程度でへこたれることはなかった。


 そして、その過程で彼は気付いた。

『夜祭りの大惨事』以降、ラティナとデイルの関係が微妙にぎこちなくなっていたこと。そして、その関係が改められることのないままに、現在デイルは、仕事の為に留守にしているということ。

 --それらのことに。



 ルドルフは、ラティナがずっと、誰を見ていたのかを知っていた。


 仲間たちよりも小柄で、外見や口調から、幼なく見えたラティナだったが、その実、精神面では仲間たちの誰より大人びていたことを、友人たちはよく知っていた。

 そんな彼女が、『保護者』ではあっても、『異性』であるデイルに寄せる好意が、幼いながらも『恋心』と呼ぶべきものであることも、彼らは知っていたのだった。


 ラティナは一度も友人たちに、デイルのことを、『親の代わり』として語ったことがない。

 幼い頃から賢かった彼女は、彼が自分の後見人で、『保護者』であることを理解した上で、『大好きなひと』として、『デイルのこと』を嬉しそうに語るのだ。


 そして、ずっとその背中を追いかけていた。


 歳の差を縮めることはできなくても、早く『大人』になりたいと、『大人』として扱ってもらえるようにと、家事も仕事も、年齢以上にこなしていた。働き者であるという性根もあるが、それ以上に、彼女はいつも、ずっと彼の隣に立ちたいと、背伸びをしていたのだ。


 それをルドルフは知っていた。


 それは、ラティナの想い人がデイルであることを知っている為に、彼が追いかける『背中』もまた、『同じもの』であったからだった。


 追いかけても、背伸びをしても、簡単に届くことの無い、大きな遠い『背中』。それでも諦め切れない『想い』の為に、必死に努力して自分を磨き、力を付けてきた。周囲にそれなりの評価を貰い、認められても、まだ足りないと更に励んだ。


 だからルドルフは、誰よりも、ラティナの『想い』に気付いていたのだ。

 自分の『想い』と、ラティナの『想い』は--追い付く為に重ねてきた時間は--異なるけれども『近しいもの』であったから。



 思いをそんな風に巡らせた後で、ルドルフは深くため息をつく。

(……どう考えても、今しか機会が無いような気がする……)

 何度考えてもそこに至る結論に、再びため息が漏れそうになるのを飲み込んだ。

(普段のラティナに完全に『戻った』ら……言える機会がある気がしない……)

『保護者』の留守も、数日が過ぎ、ラティナは一見『普段通り』に戻っているように見える。だが、ルドルフの目からは、やはりどこか無理をしているように見えた。


 彼女をそんな風に、落ち込ませることのできる『彼』に感じているものが、嫉妬であることを自覚したのも、ずいぶん昔のことだ。


 ルドルフはグラスの中身に視線を落としながら、更に思いに耽る。

 周囲の喧騒は遠くなるが、それでも自分の耳は、無意識にラティナの声を拾っていた。

(弱みにつけこむ……なんて、言ってられない……よな)

 ラティナが弱っている隙につけこむことはできないなんて、格好つけて言っていられる立場ではない。

 自分の条件は、そんなことを言っていられるほどに甘くはない。

 機会はどんなものでも使うのが、『戦場』の心得だ。


(何もしないうちに、諦めることができたら……何年も、こんな風にやってない)

赤の神(アフマル)の夜祭』の夜。ラティナが耳まで赤く染めて、かすかな震えを押し殺しながら張り上げた必死な声に、目眩がした。

 あの声や表情を向けられる羨望と、何もせずに自分の『想い』が終わってしまうのかという絶望に。


 だからこそ、今この時を逃して、みすみす再び与えられた機会を失ってはならない。

『保護者』が見張る最中は、流石に恐すぎて、できる気もしない。

 万が一のチャンスは、ラティナが弱っている今しか、ない。


 独白の中に、かなり情けない台詞をちりばめながら、ルドルフが決意の表情で顔を上げれば、そこには驚くぐらい近い距離に、ラティナの顔があった。

 驚きで、グラスを落としそうになり、慌ててテーブルに置く。ガチャッと、心情を示した騒がしい音が、小さく響いた。

「どうしたの、ルディ? なんか難しい顔してる。悩みごと?」

 整った愛らしい顔を心配そうに曇らせて、大きな灰色の眸でまっすぐに物怖じすることもなく見詰めてくる。


 幼い頃から変わらない仕草。

 異性(たにん)が、自分へと向ける、好意や欲望に無頓着である故の、幼い頃と変わらない距離間だった。

 少し手を伸ばせば触れることのできる近さで、無防備に微笑む彼女がどれだけ自分を煽るのかも、ラティナは気付いていないのだ。


「ルディ?」

 重ねて問われて、我に返る。ゴクリと大きく喉を鳴らして、思わぬ緊張感も飲み込んだ。

 ラティナは、ルドルフのそんな様子に気付かずに、ルドルフが大きな音をたてて置いたグラスに視線を向けた。その中身がほとんど空になっていることに、嬉しそうな表情になる。

「ルディ、それ、よく飲んでくれてるよね。どうかな? 美味しい? それとも、もう少し甘さ控えめの方が良いと思う?」

「ああ。これ位で良いと、思う」

 自分の任されているメニューの様子が気になるラティナが、更に前のめりになる様子に、若干押されながらルドルフは首肯して応じる。

 彼のその返答を聞くと、ぱあっと花咲くように、ラティナは憂いの無い笑顔になった。


 素直に、可愛いな、と思った瞬間--ルドルフは、ついさっきまで抱いていた煩悶を忘れた。

 残ったのは、本当に単純な言葉と、言わなければ後悔するという、強迫観念に似た、決意だけだった。


「ラティナ」

「なあに?」

「好きだ」

「え?」


 あっさりと、簡潔に告げられた言葉の意味を理解できないように、ラティナは、大きな眸をぱちぱちとまばたいた。


「俺は、ラティナに会いに、この店に来てる」

「……ふぇ?」

「ずっと、ラティナのこと、好きなんだ。……それだけだから」

「ふぇ……」

 妙な声音で返答するラティナの顔を直視することが出来かねて、ルドルフはそこまで言い切ると席を立った。


 ルドルフが扉から外に出た瞬間、店内から、テーブルをひっくり返したような、ものすごい大きな物音がした。だが、自分のばくばくする心臓の音でいっぱいいっぱいになっていたルドルフは、それに気付くことはなかったのだった。

このルディの告白エピソードは三回位で終わります。たぶん。

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