迷子の迷子の…態度でかすぎません?
閑静な住宅街にある交番に、そいつは突然やってきた。
「おい、ちょっと。」
威圧感をただよわせる男の声。
その声におまわりさんは交番の中からすぐに外にでた。
しかし、あたりを見渡すが誰もいない。
「あれ?」
「おい。」
声はおまわりさんの下から聞こえた。
(下?)
下を向くと、そこにはかわいらしい男の子がおまわりさんを見上げていた。
その子が小さかったためにおまわりさんの視界には入らなかったのだ。
幼稚園の制服におおきな黄色い帽子。肩にはやはり黄色いビニール製のショルダーバッグ。
胸にはチューリップをかたどった赤い名前バッチ。
さらさらの髪の毛のその幼稚園児は、しかし渋い声を放った。
「迷子。」
堂々としたその言い方におまわりさんは一瞬戸惑う。
「…え?」
「迷子っつってんの。母親とはぐれたわけ。人の話はちゃんと聞けって教わらなかったのか?」
「え、あ、はい…。」
平和な交番に違和感ありまくりのその幼稚園児はやってきた。
*
「えっと、お名前を教えてくれるかな?」
おまわりさんはなんとか平常心を保って迷子に対する対応を行う。
向かい合ってパイプ椅子に(あぐらをかいて)座る幼稚園児は怪訝そうな顔で言った。
「ん?人に名前を聞くときは?」
「え、あ、自分からですよね。うん。おまわりさんが悪かったよ。」
幼稚園児のあまりの威圧感に思わず敬語が出てしまうおまわりさん。その笑顔は引きつっている。
そして幼稚園児はふんと鼻で笑って手をひらひらさせる。
「冗談だって。おれがおまわりさんの名前聞いたって今後役にはたたねぇもんよ。」
何度も言うが、身長1メートルちょっとしかない幼稚園児の発言である。
「おれは鈴木一也。」
「あ、偶然だね、おまわりさんも鈴木って言うんだよ?鈴木巡査。」
必死でおまわりさんらしい優しい対応をとる。ちなみに内心は上司を前に話している気分だ。
「あ、そう。まあ一番多い苗字だから珍しくもないでしょ?」
「…そうですね。」
また敬語が出てしまう鈴木巡査。
「…一也君はおいくつなのかな?」
「5歳。」
改めて違和感バリバリである。
「じゅ、住所とかわかるかな?おうちの住所。」
「言って大丈夫なわけ?」
「は?」
「最近は警察も信用できないからよ。個人情報流出とか、ないって言い切れる?」
「う、うん。多分だいじょうぶだよ。」
絶対大丈夫、とか言ったらまたなにか言われそうなので控えめな発言。
「西町3−4−9」
「わかった。じゃあ、お母さんが来るまでまってようね?」
本当はあといくつか質問事項があるのだが、あまりこの子と会話をしたくない。
「はいはい。」
一也は黄色いショルダーバッグをさぐっている。
「ち、きれてら。あ、自販機って何処?」
「交番を出て左に少し行った所にあるよ。」
「あんがと。」
幼稚園児はパイプ椅子から飛び降りてパタパタと交番を出て行った。
「ふぅ…。」
あからさまにほっとする鈴木巡査。
「どんな教育を施したらあんな恐ろしい子供ができるんだ?」
もしや秘密機関に育てられたミュータントでは?
はたまた天才科学者に改造されたサイボーグ?
なんて想像してたら一也が戻ってきた。
その手には何も持っていない。
「だめだわ。ボタンが高くてとどかねえの。ちょっと来てくれよ。」
「あ、うん。」
なるほど幼稚園児の身長には自販機のボタンは高すぎるのだ。
ぶつぶつ文句を言いながら自販機に向かう一也を見て、鈴木巡査は思った。
(…というか、幼稚園児がひとりで買うなんてことを想定してなかったんだろうなあ。)
「あれ押してくれ。」
幼稚園児が指差したところのボタンを確認する。
「これ?」
「違う違う。ライトじゃなくて、ただのマイルドセブンのほう。」
「こっちね?」
「そう。マイルドセブンライトじゃニコチンが足んねえの。」
「そうなんだー…って、違ーうっ!!」
タバコの自販機の前で叫ぶ。
「んだよいきなり叫びやがって。近所迷惑だろ?」
「幼稚園児がタバコなんかすったらダメなの!」
「あ?なんでだよ?自分の体のことは自己責任だろうが。」
なにやら正しいことを言っているような気もするが。
「そーゆー問題じゃないっ。君さっき5歳って言ってただろ!?あと4倍生きるまで我慢しなさい!」
「ちっ。融通きかねぇなあ…これだから警察ってのは。堅苦しくなんねぇの?」
「なんないの!ほら、こっちのオレンジジュースで我慢しなさい。」
隣の飲料水の自販機でジュースを買って手渡す。
「…コーヒーがいいんだけど。」
「……。」
オレンジジュースは自分が飲むことにして、コーヒーを買いなおす。
「ブラックで糖分が少ないやつな。」
「………。」
本当にこの子はどーゆー育ち方を?
「っす、すいません!子供とはぐれてしまったんです。」
鈴木巡査がヤニが切れていらだち始めた幼稚園児と気まずい時間を過ごしていると、一人の女性が交番にやってきた。
なかなかの美人だが、涙を両方の手の甲でぬぐうしぐさが子供っぽい。
そして、その女性をみた一也は声を上げた。
「お母さん!」
どうやら一也の母親のようだった。
(やれやれ。やっと一件落着か…)
と鈴木巡査が安堵していると、一也は妙なことを口にした。
「まったく、あれほどおれから離れるなって言ったのに。」
「うん。うん。ごめんなさい。」
それに素直にうなずく母親。
「…え?」
泣く母親の頭をなでてやる幼稚園児の光景はまるで、
「え、君、迷子じゃなかったの?」
「? そうだよ。だれがそんなこと言った?」
「迷子って、そのお母さん?」
「おう。面白そうなものを見つけるとすぐどっかいっちまうんだな。まったく、心配かけやがって。」
ちなみに、幼稚園児が母親に対して言った言葉である。
「ごめんなさーい。」
てへ、と笑う母親。
「じゃ、世話になったな。」
そう言って幼稚園児は帰っていった。
こんなガキンチョがいたらいやですねー