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片方だけのガラスの靴  作者: 雨柚
1/2

前編

 今回はしっとりめ(当社比)の話です。

 一応、前後編で終わる予定。

 コンコン、と窓を叩く音がする。

 またか……と思いつつ振り向くと、窓の外に見慣れた金色が見えた。近付いて窓を開けると、外にいる金髪の青年が声を掛けてくる。


「シンディ」

「何?……用がないなら帰って」


 私の言葉を聞いた青年――ルイスは、大仰な仕草で肩を竦めた。


「幼馴染にその反応はないんじゃないか?」


 “冷たいなぁ“とわざとらしく悲しんでみせるルイスに、本当に冷たい視線を送りつつ尋ねる。


「……それで、私に何の用なのよ?」

「お前に会いに来たに決まってるだろ。……それより、部屋に入れてくれよ」


 その飄々とした態度に溜め息を吐く。

 それを了承ととったのか、ルイスは手を置いていた窓枠をひらりと飛び越え、部屋に入って来た。


「ちょっと、何勝手に入って来てるの」


 抗議をするも、ルイスはどこ吹く風。いつの間にか、寛いだように椅子に座っている。


「わざわざ城から抜け出して来たんだ。茶くらい淹れてくれよ」


 その上、図々しくも私にお茶を要求してきた。勝手に人の部屋に入っておきながら、無駄に偉そうな男だ。


 頭から熱い紅茶をかけてやろうかしら…。


 少々物騒なことを考えながら、ルイスから視線を反らす。…してしまってから、これでは拗ねているみたいだと気付いた。


「招待してもいない客に淹れるお茶はないわ」

「どうしても?」

「どうしても」

「はあ、仕方ねえなぁ」


 諦めたように溜め息を吐いたのを見て、帰るのかと思ったが……違ったらしい。


「じゃあ、俺が淹れてやるよ」


 私に淹れる気がないと悟ったルイスは、自分で淹れようと椅子から立ち上がった。“勝手なことをするな”と怒りたいところだが、何を言っても無駄だろうから好きにさせておく。

 迷うことなく茶器が仕舞ってある棚を開けるところからすると、もう場所は覚えているらしい。自分で淹れることなどないだろうに、ルイスがお茶を淹れる手つきは危なげないものだ。


「ほら」


 ぼうっとルイスの動きを見ていると、目の前にカップが置かれた。…今さらだが、客にお茶を淹れてもらうというのは変な感じがする。だからと言って、淹れてやる気はないが。

 香りからすると、私の好きな茶葉を使ったようだ。実際に飲んでみても、普通に美味しい。


 …………昔は、お茶なんか淹れられなかったのに。


 幼い頃は“シンディがお茶を淹れないと飲めない”とよく私に淹れさせていたものだが、いつから淹れられるようになったのだろう。

 そのことをどこか恨めしく思いながら、私より頭一つ分は高いルイスの顔を見つめる。…相変わらず、嫌味なくらいの王子様顔だ。


 …………背だって、私と変わらなかったのに。


「どうした?俺に見惚れてるのか?」


 じっと顔を見ていたからか、からかうように問われた。ニヤリと笑う顔が憎たらしい。

 “誰が”と返したくなるのを堪え、不機嫌そうな声を作って言う。


「さっさとお城に帰ったら?……王子サマ」

「………………」


 嫌そうに顔を顰めたルイスに、少しだけ溜飲が下がった。…彼は私にこう言われることを嫌っている。


「…………」

「…………」


 ややあって、ぽつりとルイスの呟くような声が室内に響く。


「俺がお前に会いに来るのは、いけないことか?」


 咄嗟に、いつの間にか落ちていた視線を上にあげた。何か堪えるような表情をしたルイスと目が合う。それから数瞬見つめ合ったあと、耐えきれなくなって顔を背けた。

 聞こえなかったフリでもしようかと思ったが、これだけ反応していれば誤魔化すこともできない。


「……ええ。身分が違うもの」


 絞り出すように……いや、自分に言い聞かせるようにそう言うと、二人しかいない部屋に気まずい沈黙が広がった。








 ルイス・アーノルドはこの国の王子だ。第二王子ではあるものの、病弱な第一王子に代わり王太子の位に就いている。国王から信頼され、国民だけでなく貴族にも彼を慕う者は多い。

 それに比べ、私――シンディ・エリクソンはただの商人の娘。豪商として名を馳せた父が他界するまでは、王都でも五指に入るほどの屋敷で暮らしていたが、今は王都の外れにあるこじんまりとした屋敷に住んでいる。


 私がルイスに出会ったのは、王室御用達の商人として父が王宮に出入りしていたから。

 私とルイスが仲良くなったのは、子どもだったから。

 ……今は、そのどちらでもない。


 ルイス・アーノルド。

 昔は近くて遠かったけれど、今はどこまでも遠い私の幼馴染。








 結局、ルイスはお茶を一杯飲んだだけで帰って行った。

 私は立ち上がることもなく、ルイスが出て行った窓――せめて玄関から帰るように言ったが“お忍びだから”とそのまま窓から出て行った――を見ていたが、不意に机の上に置かれた封筒に目を向けた。

 見ただけでも上質と分かる紙に王家の紋章が刻印されている。封を開けると、中には一枚の紙。

 サッと書かれている文章に目を通して、机に紙を投げ出した。


「……嫌味かしら」


 貴族でもない私が、王太子の花嫁探しの舞踏会に行ってどうするのか。



   ◇◇◇



 今夜は城で舞踏会がある。そのせいか、関係のない街の住人達まで浮足立っていた。

 だからだろうか。暗い色のローブを着て、フードをかぶった怪しい男が訪ねてきたのは。


「お嬢さん、魔法にかかってみませんか?」


 義父――母の再婚相手で、母が他界してから私を引き取ってくれた優しい人だ――は経営している酒屋が忙しいらしく“今日中には帰って来られない”と言っていた。義父の連れ子である二人の姉はその手伝いに行っている。

 私も店を手伝いたかったが、留守を任されてしまったので、今屋敷には私一人しかいない。


「押し売りはお断りしています」


 来客を知らせるドアベルが鳴ったため玄関の扉を開けたのだが、目の前の怪しい男を見た瞬間、開けたことを後悔した。

 とりあえず話を聞かないようにしようと、断り文句を口にしながら扉を閉めようとする。


「ちょ、ちょっと!お嬢さん!!」


 扉が閉まったら終わりだと悟っているのか、怪しい男は焦った声を出すが、扉は無情にも閉まって……いかなかった。


「……いっ!?」

「…………。……?」


 閉まらないことを訝しく思って下を見ると、扉の間に男の足が挟まっていた。どうやら、咄嗟に足を挟んで止めたらしい。…しかし、かなり痛そうである。


「……いってぇーっ!!」


 “痛い、痛い”と騒ぐ男に気が緩み、扉が少し開いた。すると、その隙間からするりと屋敷に入ってくる。

 さっきまで痛がっていたのが嘘のようだ。…手慣れているように感じるのは気のせいだろうか。


「………きゃ…っ」

「待って、待って、叫ばないで!オレ、怪しい奴じゃないからさ」


 怪しい人は皆そう言うのよ。


 そう言いたかったが、口を塞がれてしまったため声を出せなかった。とにかく男の手を外そうと暴れるがなかなか外れない。


「大人しくしてくださいって」

「………っ」


 手を外すことは諦めて、男を睨みつける。彼は困ったような顔をしていたが、顔を引き締め真摯な声音でもう一度“怪しい奴じゃない”と繰り返した。

 大人しくなった私を見て、納得したと思ったのか、視線で窺いながらおそるおそる私の口から手を離す。

 そして、彼の手が離れた瞬間……私は叫んだ。


「キャーっ!!」

「ちょ、ちょっと、待ってって!!」

「不審者ーっ!変質者ーっ!!」

「いや、違う!違うから!!」




 数分後、叫び疲れた私は肩で息をしていた。こんなに大声を出したのは初めてだ。


「あー、危なかった…。結界張っといて良かった~」


 男のセリフからすると、これだけ叫んでも助けが来ない理由は彼が結界を張ったかららしい。…本当に魔法使いだったとは。


「それで、魔法使いが私に何の用なの?」


 全力疾走したときのように荒かった呼吸が落ち着いてから、そう問い掛けた。叫び過ぎたのか、少し声がかすれている。


「ああ、声がかすれちゃったね。……えい!」


 気の抜けるかけ声と共にどこから出したのか分からない杖を男が振ると、喉にあった違和感がなくなった。魔法で治してくれたようだ。


「……ありがとう」

「いえいえ。……えーと……あ、確か用だったよね。実は、オレは君に魔法をかけに来たんだ」


 私に魔法をかける…と言うと、呪いか何かだろうか。


「呪い?」

「いやいや……そんな訳ないでしょ。……オレは君が舞踏会に行けるように手助けしようと」

「結構よ」


 男の言葉を遮り、そっけなく言う。もし私の中に未練があったとしても感じさせないくらい。


「え?」


 遮られたからか、断られると思っていなかったのか、男は驚いたように声をあげた。しかし私は、彼の反応に頓着せずに言葉を続ける。


「どうせ、ルイスの差し金でしょう?……私は舞踏会には行かないわ。さっさと帰って」


 “舞踏会”なんて単語を聞けば、目の前にいる魔法使いが誰に言われて来たかくらい分かる。ルイスが何のつもりで差し向けたかは知らないが、舞踏会に行く気はない。


「でも……」

「いいから、帰って!」


 キンッと私の声が玄関に響く。もう何も聞きたくないと男に投げた言葉は、思いの外強い口調になってしまった。


「…………」


 真っ直ぐに見つめてくる男から、気まずくなって目を反らす。


「…………」

「……はぁ、強情っぱりなお姫様だなぁ。ま、いっか」


 しばらく沈黙が続いたが、突然男が明るい声を出した。


「えい!」


 男が杖を振ったと思ったら、私の身体が光に包まれていた。しかし、すぐに光は収束する。

 

「…………っ!?」


 何をしたのかと自分の身体を見ると、服が変わっていた。…城で開かれる舞踏会に来て行ってもおかしくないような、ドレスに。


「うんうん、よく似合ってるよ。お姫様みたいだ。でも、自分じゃ見れないよね」


 混乱している私を尻目に、男はそう言ってもう一度杖を振った。すると、今度は私の目の前に大きな姿見が現れる。

 鏡に映っていたのは、まさしく“お姫様”だった。

 ドレスもネックレスもイヤリングも、全て、王侯貴族でもないと身に付けられないような一級品だ。

 それに加え、見たこともないようなガラスの靴。ガラスだというのに不思議と履いていても違和感などなく、息を飲むほど美しい。


「…………」


 あまりのことに、私は声も出ず呆然としていた。何を言って良いのかも分からない。


「あとは馬車か……。あ、これでいいや」


 男は杖と同じくどこから出したのか分からない袋を漁っていたが、しばらくしてから袋の大きさに見合わない大きなカボチャを取り出した。

 そして、まだ立ち尽くしている私に一言。


「馬車は屋敷の外に用意しておくからね。……良い夜を、姫君」

「……え?……待って!」


 声を掛ける私を気にも留めず、何故かカボチャを持ったまま出て行く。何のつもりかは分からないが、とりあえず今かけられた魔法を解いてもらおうと、男を追って私も外に出た。


「待ってってば!」


 そう言いながら周囲を見渡したが、誰もいない。その場に残っていたのは私と……変わった形の馬車だけだった。






 屋敷に戻った後、自室の椅子に座って先刻までの不思議な出来事を振り返った。キラキラと光を映して輝くガラスの靴を見下ろしながら、ぼそりと呟く。


「私は、お姫様じゃないのよ」


 見た目だけなら、今この時は誰よりもお姫様に見えるかもしれない。

 ……でも。

 王子様に似合う“本物のお姫様”には、どうやったってなれない。



   ◇◇◇



 魔法は、掛けられたときと同じように、解けるときも突然だった。ドレスが消え、元の服装に戻ったことを特に気にするわけでもなく時計を見る。


「……十二時…か」


 そろそろ、城の舞踏会が終わる頃だろう。ついさっきまで魔法がかけられていたとは思えないほど変わらない自分の身体を見ながら、この場にいない幼馴染に心の中で問い掛けた。


 私が、行くと思ったの?


 彼の“花嫁探しの舞踏会”になんて、行くわけがない。


「…………あ」


 あの綺麗な靴まで元に戻ってしまったのかと思って自分の足を見ると……片方だけ、ガラスの靴のままだった。

 ガラスの靴を履いた右足といつもの靴を履いた左足。そんな不揃いな両足につい言葉が漏れた。


「……みっともない」


 片方だけ残ったガラスの靴は、私の未練を表しているようで……。


「……本当に、みっともない」


 ポタリ、と滴の落ちる音がした。





 ヒーローである王子よりも、魔法使いの出番の方が長くなってしまいました……。何故。

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