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五話:キメラさん

恐怖し認めたくない現実に触れる事に現実はねじ曲がり、現実と非現実の差は磨り減ってゆく……

『では、第四のゲームを行いましょう』

 化学室から未だ動けない佐藤たちの耳にその音声は聞こえた。

 その場には死体や肉片が転がり血が至る場所に飛び散っている。

 今、この部屋で生きているのは佐藤、西田、井上、田中、秋山、加藤、斉藤、白井の8人だけだ。

「もういや……」

 佐藤は恐怖のあまり、耳を塞ぎ縮こまる。

 西田はそんな佐藤の背中をそっとなでた。

『第四のゲームには罰ゲームは存在しません。ルールもありません。1時間生き残ればいいのです』

「どういうことだ?」

 田中は思わず呟いた。

『そして、第四のゲームと同時に死者蘇生ゲームも開催します。こちらのルールは一号棟屋上にある魔方陣まで生き返らせたい人間の死体を運べばいいだけです』

「まじか……なら皆を一時間以内に運べば全員生き返らせれるのか!?」

「信吾手伝え! 屋上に行くにははしごしかない二人一組で死体を運ぶんだ」

 驚く白井に斉藤は声をかけ二人は急いで出口付近の老死体を持ち上げる。

『ただし、バラバラ死体であったりした場合、全ての部分を集めて運ばなければ生き返りません。そして生贄として使った部分は体の一部として扱われません。老死体が若返ることはありません』

「じゃあ石田はもう無理なんだな……」

 秋山は左肩を抑えながら安堵とも悲しみとも取れる表情を見せた。

「とにかく行こうぜ」

 西田は秋山の背中を押し、二人一組になって動きはじめる。

「私達は四人で行動しよっか……」

 右腕の無い田中と頭を殴打された加藤、いままで手当てに専念しつづけた井上という残るメンバーを見て佐藤は声をかけた。

「そ、そうですね。みんなを助けましょう」

「でも、あいつら俺らを恨んでるだろうな……。間接的にも俺らが殺したんだから」

 井上が張り切ろうとしている中、加藤は頭を抑えながらそう呟いた。

(たしかに……生き返らせて私達が死んだみんなに殺されたら……)

 佐藤の中にも不安が過ぎり動かそうとする足を重くさせる。

「そうしなければならなかったんだ……だから、それを背負う義務があると俺は思う」

 田中はそう三人に呟き片方しかない腕で男子生徒を持ち上げる。

「い、行きましょう。屋上へ」

 



 一号棟三階から屋上へ向かう唯一のはしごは人一人がやっと通れるぐらいの大きさであり、死体をそのまま運べず西田が先に上り、秋山がしたから死体を押して上にいる西田が引き上げるという方法をとっていた。

 先に出た白井と斉藤を屋上で確認すると一息、西田が死体を引き上げた。

「はぁはぁ、信吾と章人がもうすぐ誰かを生き返らせるみたいだ」

「死んだ人間が生き返るなんて本当にありえるのか? まぁ少し休憩がてらに見てみるか」

 秋山は屋上と三階を繋ぐ正方形の穴から顔を出し、四方を見渡す。

 奥には第二のゲームで使われたタンクの手前に血のような赤黒いもので描かれた魔法陣が存在した。

 白井と斉藤もそこへと向かっているようだが何しろ死体を抱えている為動きは鈍い。

「なぁ、あれおかしくないか?」

 西田が秋山の指差した方を見ると、タンクは前回来た時と同じく悪趣味な赤い絵の具か何かで書かれた魔方陣やら何語か分からない文字の羅列で埋め尽くされているが、よく見ると蓋から赤い液体が漏れてそれらの絵が消されているようにも見える。

「まるでタンクが血を流してるみたいだ……」

 震える声でそう語る秋山の隣で西田は息を飲む。

 錯覚のようにも感じていたその現象がやがて錯覚ではないと確信させるようにタンクの蓋から血のようなものがあふれ出し、蓋が吹き飛ぶ。

 真っ赤に染まったタンクの中から人の手らしきものが淵を掴んでいるのが見える。

「な、なんだよあれ」

 タンクから出てきたのは、焼け爛れた渡邉の顔を持ち四足歩行する人間ではないなにか。

 胴体から延びる両手両足の付け根はあからさまにおかしく、体の一部からは赤い内臓や白い骨が見え隠れする。

「キヒャァァァァァァァァ」

 甲高い咆哮を轟かせた後、その生物はタンクの方へと向かっていた白井と斉藤に襲い掛かる。

「逃げろぉぉぉ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 秋山はすぐさま顔を引っ込め、西田も三階に繋がる四角い穴へと潜り顔だけを出す。

「こっちだ!早く!」

 西田は精一杯に声を張り上げ二人を呼ぶ。

 だが謎の生物の右手で足を払われこけてしまった斉藤に覆いかぶさるかのように謎の生物は襲い掛かる。

「な…っ! わ、渡邉?」

「キシャァァァ!」

 震えた声で謎の生物に問いかけたが、その問いに答えるしぐさもなく謎の生物は斉藤の首筋の肉を食いちぎる。

 もはや前足として機能している手で斉藤のはらわたをえぐり、それを食らう。

「な、なんだよ……なんなんだよあれ」

「信吾! 早くこっちへ!」

 しびれを切らした西田は穴から飛び出し白井の腕を掴んで三階へと繋がる穴へと導く。

 だが食事を終えた謎の生物が白井目掛けて追いかけてくる。

 前足と化した手は二の腕までが完全に胴体と水平にあり、肘から先が曲がって地面を弾き、蟹股の足を90度回転させて付けたかのようなありえない構造をもった足と同期して細かい動きをしながらかなりのスピードで追ってくるその姿はこの世のものとは思えない。

「信吾! 穴に飛び降りるぞ!」

 西田は一気に出口へと向かい穴に吸い込まれるように落ちてゆく。

 白井も西田に続いて落下して無事屋上から脱出する。

 ふと頭上を見ると、水平に広がった肩がつっかえてこちらへは来れない謎の生物の顔、渡邉の顔が目に映る。

「とにかく、みんなにメールしよう。やばいぞあいつ……」

 西田がそう提案した次の瞬間、白井と秋山が廊下側を見たまま固まる。

 そこには、窓ガラス越しに壁を這って行く先ほどの謎の生物が映っていた。

 最もグロテスクな肉塊のような胴体からは、先ほどはなかった人の手のようなものが生えてきていた。

 謎の生物と目が合い、西田は心臓を握り潰されたかのような重圧を受ける。

 外には雨が降り始めた。




 二号棟2階の一号棟と三号棟を結ぶ十字路を通ろうとした佐藤、井上、加藤、田中が出くわしたのは今に化け物にでも変身するかのような剣幕の中島であった。

「よ、よかった。中島君生き――」

「お前らが……」

 近寄る井上の言葉を遮り、中島は腕を振るう。

「お前らが香織を殺したんだぁぁぁぁぁぁぁ!」

「落ち着け! 海渡!」

 突然殴りかかる中島から井上を守るように田中は間に入る。

 きつく握られた拳が田中を左頬にめり込み、田中はそのまま後ろへと倒れる。

「田中さん!」

「だ、大丈夫だ」

 井上はすぐさま心配して倒れた田中に近づくが田中は頬をさすりながら起き上がる。

「落ち着くんだ海渡。織本の死体を屋上に持っていけば生き返る。今やるべきはどこかで倒れている折本を探すことじゃないのか?」

「うるさい! 生き返すさ! お前ら香織を殺した奴らを皆殺しにしてからなぁ。知ってるんじゃないか? 香織の死体がどこにあるのか?」

 中島の目は誰とも会わせられてはいない。

 じわりじわりとゆっくり近づく中島に4人は少しずつ後退してゆく。

 刹那、鈍く大きな音が響く。

 中島を含めたその場の全員が音がした一号棟側の廊下を向く。

 二号棟と一号棟を結ぶ廊下は、中庭と職員用の駐車場と繋がっており、駐車場側には自動販売機も設置されている。

 そんなコンクリートで出来た道には黒い斑点が少しずつ増えてゆく。

 しかしそこに居たのは目を疑う生物であった。

 よつんばになった人間のように見えるそれは、両手足が胴から真横に生えており、胴体は皮膚の無い肉塊である。

 目は吸い込まれるように黒く窪んでいるだけであり目玉はどこにもない。

「な、なにあれ……」

「キシャァァァ!」

 黒板を引っかいた時のような不快な高い咆哮を発しながら、前足である手と後ろ足の間の胴体から血を垂れ流しながら新たな腕が一対生えてくる。

 その腕は人間の腕の形をしているがまるで皮を全て剥がれたかのような赤黒いものであった。

「ば、化け物!?」

 加藤がそう叫んだ瞬間、謎の生物は3対の足を使って蜘蛛のように近づいてきた。

「逃げろ!」

「くそっ!」

 中島は二号棟の廊下を1人走って逃げてゆき、佐藤たちも運んでいた死体をその場に放置して三号棟側へと奪取する。

 謎の生物は、ゆっくりと死体に近づくと、後ろ足と真ん中の足で体を支え胴体を逸らして手で死体を頭と足を持つ。

 次の瞬間、謎の生物はあごが外れるほど口を大きく開き死体の胴体に噛み付き、肉を千切った。

「た、食べてる……!?」

 走りながら振り向いた佐藤は全身に悪寒が走りすぐさまその光景から目を離した。

 三号棟へと入るとすぐさま田中が扉を閉め鍵を内側からかけた。

「健二からメール。屋上にやばい感じの生物がいた、って。これって今の奴だよね?」

「多分……」

 答える田中の声はやや震えており、その隣の井上は恐怖で縮こまっていた。

「やっぱり……、これルールブックに新しい記述がある」

 そう呟いたのは加藤であった。

 佐藤もまた黒いノートを取り出し、パラパラとめくる。

 すると第四のゲームの記述ページに先ほどの謎の生物の絵のあるページを見つける。

「第二のゲームの生贄により生まれたキメラは、死者、生存者問わず食らい、摂取した血肉やDNAから己の肉体を変異させます」

 佐藤は声を震わし体中に鳥肌を立てながら読み進める。

「キメラは死なない限り消えることはなく、その後のゲームにも影響を及ぼす場合があります。ただしキメラが死んだ場合はその時点でのゲームがクリアとみなされます……なにこれ」

「あれをどうにかしないといけないってことか……」

 田中は井上の背中をさすりながらため息交じりに呟く。

「三人は健二達と合流してくれ」

 唐突に田中はそう言った。

「た、田中さんはどうするんですか?」

 いままで一言もはっしなかった井上はその言葉に反応し顔を上げた。

「ちょっとやることがある。三人は健二たちと合流した後、第三のゲームの生存者を探してくれ」

 そういい残し田中は勢いよく階段を上って行った。

 


 一号棟と隣接する体育館へと逃げ込む菅原と梅野をキメラは目を離すことなく追う。

「右の扉から外に出て、二号棟と武道館の間を抜けて三号棟に入る」

「わかったわ」

 菅原はすぐに次に進む道を梅野に伝えながらも走る。

 その後ろでは鉄の扉に体を挟まれたキメラがもがきながらも体育館の板張りの床を踏みはじめる。

 両者の壮絶な鬼ごっこの末に、菅原と梅野は三号棟へと辿りつき扉を鍵を閉める。

「ガラスの扉じゃすぐ突破される……」

「いや、奴は目が見えないみたいだ。臭いを頼りにしてきてる。だがすぐに破られるはずだから臭いを分からないようにすればいい」

 菅原はそう言って、すぐ近くの生物準備室へ入ると瓶を2つ棚から取り出す。

 ガラスが割れる音がして入り口を見ると、四本の手足で反り上げた体を支え二本の人間の手と思われる前足でガラスを割ったキメラの姿があった。

「!?」

「直接臭いを嗅ぐなよ」

 菅原は梅野にそう言って両手に持った瓶を入り口に投げた。

 割れた瓶からは鼻を突くような強烈な臭いがあふれ出し、キメラでさえ思わず前足を引いて数歩下がった。

「これは酢?」

「酢酸だ。うちの学校の写真部は未だ暗室で現像すると聞いてたからあると思った……行こう」

 二人はキメラに背を向け廊下を走った。

 三号棟一階の廊下は曲がりくねっており、そのうねりを抜け二階へ上がる階段と中庭へと出る扉まで差し掛かる。

「ここに誰かいたな」

 廊下にあった泥水の足跡を見てそう呟いた。

「水が混じってるってことはついさっきよね。犠牲になった可能性もあるわ」

 梅野の言葉を無視して菅原は外へと出る。

 屋根があるとはいえ、強まる雨は渡り廊下の両端から浸食し濡れた黒の領域を広げる。

「あ、菅原くん……」

 二号棟に居た佐藤、井上、加藤は菅原と梅野を確認する。

「あら。生きてたのね」

 その言葉を聞いて井上は梅野をにらみつける。

 そんな中複数人が走る足音が徐々に大きくなりながら聞こえてくる。

「美紀!」

 名を呼ばれて佐藤が振り向いた先からは西田と白井と秋山が走っていた。

「逃げろ!」

 安心しきった佐藤の耳に響いたのはその言葉だった。




「あの化け物をとめるにはこれしかない……」

 田中は三号棟二階の化学室から出るやいなやそう呟いた。

 そのまま階段を降り、化学室のちょうど真下に位置する調理室へと入る。

 田中は調味料を保存する棚を漁り、目に付いたものを持ち出した。

 調理室を出ると田中はゆっくりと廊下を歩く。

 生物室の近くを通りかかるとそこに放つ異臭に顔を歪ませながらも、外と出る。

 中庭を通って二号棟へ入ると、長い廊下の奥には今生き残っているであろうクラスメイトとその後ろを追いかけるのは異形の生物キメラ。

「春時! 逃げろ!」

 走る仲間の中心にいる西田が叫ぶ。

(うまくいけば、皆を助けられる)

 田中は逃げることをせず、むしろキメラの方へと走る。

「な、なにしてるんですか!? 逃げてください!」

 井上の言葉も今の田中には届かず、彼らの間を抜け田中はキメラにとび蹴りを食らわす。

 そして振り向き一言。

「みんな、出来るだけ離れろ!」

 その隙にキメラは前足を振るい田中の足を払う。

 キメラは倒れた田中の足から食いつく。

「ぐあぁぁぁぁぁぁ」

「春時!」

「田中さん!」

 田中の悲鳴が止まずに入る中、佐藤たちは恐怖で近づくことができない。

「み、みんな逃げろ! こいつは俺がなんとかする!」

 田中の言葉を聞いて、菅原が佐藤たちの背中を押し出す。

 まるで空気抵抗がないかのように慣性の法則にしたがって動きをはじめ、佐藤たちは振り向きながらも涙を堪えて廊下を走った。

 田中は全員が十分に離れたのを確認すると、それまでずっと握っていた袋を両手で破り床へ叩きつける。

 宙に舞う白い粉が田中の視界を悪くさせるが、自分の体がもうすでに腹の部分までキメラの口の中にあることは分かっている。

「味わって食えよ……最後の晩餐だからな」

 田中は息を大きく吐くと右手を無理やりキメラの口の中へ突っ込み、手探りで自分のズボンのポケットの中身をいじる。

「……くそっ。死にたくねぇぇよ!!!!」

 田中は最後にそう叫ぶと、ポケットの中に入れておいたライターに手をかけ火をつける。

 その瞬間、火は田中の下半身とキメラの口を巻き込んで燃え上がり、宙に舞う白い粉に触れた途端に炎は勢いを増してそこを中心に爆発を起こした。

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