一話:死人狩り
ギルティ・ゲーム 一話:死人狩り
どこにでもあるチャイムの音が今日はなぜか雑音が入っているように聞こえてくる。
「じゃ、今日はここで終わりね。次の授業までに予習しておくように」
身長140センチほどであるかと思うほどの小柄で細めな女性教師は教卓の上に置かれた教科書を片付けはじめる。
なぜかもう一度聞きなれたチャイムは鳴った。
しかし今度は最後の方の音が割れており、雑音もかなり混じっている。
そして、そのチャイムが鳴り終わった瞬間、空気が変わる。
窓から見える空は赤紫色に染まり、嫌なほど静かになっている。
「な、なにが起こったの?」
女性教師は廊下にでて隣のクラスを覗き込みすぐに戻ってくる。
「せんせー。どうしたの?」
「なにこれ~空が気持ち悪いんだけど」
「自習にしよーぜ次」
そんなたわいも無い言葉を浴びるやいなや先生が口を開く。
「だ……誰もいなくなってた」
その言葉を聴いた瞬間、全員が固まる。
(まさか、だってついさっきまで隣のクラスの授業をする声が聞こえていたのに?)
ありえないと思った。
『テステス……皆さんはじめまして。ゲームの時間です』
聞き覚えの無い声。
「な、なにこれ……」
『今から皆さんには死人狩りをしてもらいます。紛れ込む死人5人を一時間以内に殺してください。一時間後、ノルマに達せ無かった数だけランダムでプレイヤーは焼死します』
(この人は何を言ってるの……?)
「なんの冗談だよこれ」
「手の込んだいたずらだなぁ」
そんな声が飛び交った。
「……また、あのゲームかよっ」
すぐ前の席の男子、菅原 陸 は呟いた。
「私が職員室にいっていろいろ確認してくるから、みんなはここを動かないで」
女性教師はそういい残しダッシュで教室を去る。
そのすぐ後に動いたのは細めの体格を持つ菅原であった。
そして、後方の席の男子に告げる。
「お前、隣のクラスだよな?」
「!?」
みなが教室の中を動き回っていた状態で、確かにそこにいる彼はうちのクラスではなかった。
「だっ、だったらなんだよ!?」
「このゲームは、最初の生存者以外は敵なんだよ。死人さん」
鈍い音がして、次に人が倒れる音、そして甲高い悲鳴。
(なにが起こったの?)
彼の影になって見えない他クラスの生徒を心配し、平均的な体格に栗色に近い髪の毛を後ろで結んでいる佐藤 美紀はその場に近寄る。
白いシャツに紺の長ズボン、一つだけ違うとすれば左胸にはさみの半面が突き刺さりそこから赤黒い液体が白をじわじわと占領して言っていること。
「えっ、あ、あっ……」
「見るな……」
誰かが佐藤の目を覆い隠した。
(健二……!)
声だけで後ろに立つ男子が西田 健二だと佐藤はわかった。
「おい! てめぇなんてことすんだよ!?」
誰かが怒鳴った。
「……あと4人。生きてるふりをしてるやつらを殺さないと俺たちが死ぬんだ。わかったら邪魔をするな」
そういって、彼は教室を去った。
「え……」
真っ暗だった佐藤の視界に光が入ると、さっきまであったはずの他クラスの男子がいなくなってた。
実は生きていて移動したのだろうかと、考えもしたが佐藤はすぐに違うと分かる。
床に血痕が1滴も落ちていないのだ。
「あの人は……」
「消えたんだ。目の前ですーって幽霊みたいに」
そう答えた西田の声は震えていた。
不意にスピーカーから空気の通る音がし、ほとんどの生徒が何事かと振り向く。
『皆さんおめでとうございます。残る死人は4人です。ここで皆さんにはこのギルティ・ゲームのルールブックを配ろうと思います。各自机の中をご覧ください』
佐藤はすぐ近くの自分の机の中を覗き込み見覚えの無い本を発見する。
「これは……」
GUILTY GAMEと赤い文字で書かれたB5サイズの黒いノート。
佐藤は恐る恐る中を開いてみる。
厚さは市販のノートほどあり、ほとんどのページが漆黒の紙に赤文字で日本語が書かれている。
『概要だけ説明いたしましょう。このゲームは生命を駆けたゲームです。誰が生き残り誰が死ぬか……それは皆さんの行動にかかっております。皆さんが勝利した暁には生命の自由と平和を差し上げましょう』
淡々と喋る男はそこでコホンをわざとらしい咳をして続ける。
『勝利条件は最後まで生き抜くこと。私の出す指令をクリアできなければ誰かが死にますが、もしクリアしなくても勝利することは可能なのです。敗北条件はみなさんの全滅。この場合、私の勝ちになります』
「なにがゲームだよ……馬鹿にしやがって」
隣で立っていた西田は拳を握り顔を歪ませて呟く。
「こんなの信用できるかよ……先生も帰ってこないし俺は家に帰るぜ」
教室の後ろの方で、不良のような男子、坂木 剣斗がエメラルのバックを担いで廊下に出たと思うと、何を急いだのかそのまま学校用スリッパのまま窓からとびおり、草花を掻き分けて裏口へと向かってゆく。
「俺たちも帰るか。いみわかんねーし」
数人の男子も彼と同じとまでは行かないがおのおのの荷物も手に取り廊下を歩く。
「ま、待って!」
その声は、中庭側の席に座るメガネをかけた目立たない三編の女子 井上 恵の声だった。
「なんだよー井上。坂木なんてもう裏口のすぐそ」
「は、早く坂木君を止めて! このルールブックに書いてあるの! 《指定されたエリアの外に出た場合、生存権を破棄したとみなし死亡してもらう》って!」
またもやクラスの全員が息を呑みすぐさま廊下側に振り向くと窓から見えるに柵で覆われた奥にある開いた場所に、ただひたすら倒れているだけの男子生徒がいた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
誰かが叫んだ。
「俺、死ぬのはいやなんだ」
「誰だってそうよ……」
「このクラスの人間がしなないようにするには、このクラスに最初からいた人間以外に化けた死人とやらを殺さないといけないってことなんだよな……」
「でも、本当に生きてたら? ちょっとした手違いでその場にいなかっただけの私たちと同じプレイヤーだったら?」
「つーか、先生も菅原もどこいきやがったんだよっ」
クラスの全員が話し合うその光景はいままで見たことの無いものだった。
そんな中、佐藤は提案する。
「ねぇ、探しに行かない? 学校の敷地から出なければいいんでしょ?」
「たしかにそうだが……危なくないか?」
「おい健二。護身用なんか持ってけよ」
「お、サンキュー春時」
委員長と呼ばれた男子 田中 春時はロッカーから取り出した箒と野球部とテニス部からそれぞれバットとラケットを貸してくれる。
「タイムリミットの10分前には教室に戻ってくるから」
そういい残し佐藤はラケットを持って教室を飛び出す。
「あ、追い待てよ。井上走れるか?」
「え、う、うん」
バットを持った西田は箒を井上に渡してすぐさま佐藤を追いかける。
井上も少し遅れて二人の下へと走った。
「あの三人大丈夫かな……」
ある女子が呟いた。
中庭を越えて一号棟へと移動する途中、井上は熱心にルールブックに目を通していた。
「死人を殺した場合、1分後にその死体は跡形もなく消える……死人とプレイヤーの見分け方はないが、死人がゲーム以前に死んでいる者か、存在しない或いは何者かの姿をした2パターンがある……だそうです」
「え!? じゃあ、教室に戻ったら偽者の私たち3人がいる可能性もあるの!?」
佐藤は井上の言葉に驚き、ぎゅっとテニスラケットを握った。
「ドッペルゲンガーかよっ。その時は……お互い自分自身を殺すしかないだろ……」
西田は二人から目をそむけてそう言い放った。
職員室へ向かう階段はいつもより長いように感じた。
「姉さん……」
一号棟の2階、階段を上がったすぐ傍にある美術室の扉に背中を合わせていたのは少々小さめの体格の男子。
その男子は目や鼻が井上 恵にどこと無く似ていることは佐藤と西田にもすぐに分かった。
「どう…して、優夜がここにいるの?」
一番最初に震える声を発したのは井上であった。
「どうしてって、気づいたら誰もいなくなってて姉さんのことが心配になって探しに着たんだよ……」
井上は目を見開いてその声を聞き、その存在を認めかける。
だが、すぐにそれを否定し、彼は死人だと自身に言い聞かせるように井上は、震えながらも両手で箒を構える。
「姉さん、なんでそんな怖い顔をするの?」
「だぁぁぁぁ、もう黙れお前!」
井上を惑わす死人の態度に耐え切れなかったのか西田は手に持つバットを一振りし井上 優夜の華奢な体を吹き飛ばす。
「ちょっと健二!?」
佐藤は西田の突発的行動に驚きを示す。
「分かってるんだろ? 井上、こいつはお前の弟であって弟じゃねーってことを! こいつが死人だってことを!」
(あぁそうだ。この子を殺さなきゃ、誰かが死んじゃう。でも、本当にこの子を殺せるの? その子の姉の前で。その子が死人なのかなんて本当は誰にも分からないのに)
「う、うぅぅぅ、痛いよ姉さん……」
壁に体をぶつけ息が上がりながらも、西田にバットで打たれた左肋骨あたりに右手をあてて、優夜は3人を見ている。
「西田さん……優夜は……この子は私がやります」
そういって、井上は震えながらも呆然とする西田からバットを奪い取り、今まで大事そうに握っていた箒を手から落とす。
「……ごめんね。一瞬で終わらせてあげれないかもだけど……お姉ちゃんが全部終わらせるから…・・・ごめんね」
井上は両手でバットをしっかり握り自分の頭上まで振り上げる。
優夜はそれをまじまじと見ながら、今だ状況が理解できていないのか、姉に殺されようとしている現実を認めたくないとか、微動だにしなかった。
「な、ん、で、?」
優夜の頭にバットが振り下ろされる瞬間、かすかな声でそう問いかけられた気がした。
鈍い音が響き、じわじわと流れ落ちる赤黒い液体が透き通った白に近い彼の顔を流れてゆく。
両目は見開いていて、辺りが蛍光灯で明るいにも関わらず瞳孔はしっかりと開いている。
「ご……ごめ、ん……ね」
井上の手からするりと抜け落ちたバットは一部が赤黒く染まり床に転がっている。
弟を抱擁しながらも泣き崩れる井上に、二人は目を逸らすしかなかった。
(あと3人もこんなのが続くの……?)
優夜の死体は少しずつ空気と交わり半透明へと変わってゆく。
そしてついには、完全に消滅してしまう。
「あっ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ」
井上の悲嘆が校舎を覆った。
「井上さん!? どうしたの!?」
しばらくして駆けつけたのはクラスの担任でもあった小柄な先生。
「……殺ったのか?」
そう聞いてきたのは、先生の後からゆっくりとやってきた菅原であった。
「あぁ、実の弟をな……」
西田は悔やむように目をそむけそう答える。
「先生、外部との連絡は取れたんですか? それとも誰かいましたか?」
佐藤はそう聞いてみるが先生は首を横に振るばかり。
「私は……大丈夫だから、みんな先にいって」
廊下にしゃがみ込んだままの井上は全員に背中を向けたままそう言い放つ。
「そういうのが危ないんだ」
佐藤の耳に聞こえてきたのは、たしかに菅原の声であった。
だが、それは菅原がいる方向とは別の、廊下側から。
「なっ! 菅原、お前いままでうし……っ!?」
西田はそこまでいいかけて振り向いて気がついた。
菅原が二人いることに。
「どうなってるの!? どっちが菅原君!?」
先生は驚き混乱し二人の菅原を交互に見る。
「ドッペルゲンガー……」
佐藤は驚きの中でその言葉を口にした。
二人の菅原はお互いに目を離さず不敵な笑みを浮かべている。
「見分けるなんて必要ないですよ先生」
「気が合うな。俺もそう言おうと思ったところだ」
「「殺せば分かるんだからなっ!」」
二人の菅原は同時に動き、階段側にいた菅原が廊下側の菅原に殴りかかる。
その拳を避けて、数歩引きながら菅原は菅原のラッシュを避け続ける。
「この辺までこればいいな」
「なんのことだ?」
「俺のドッペルゲンガーならそれぐらい察せよ」
追い詰めてゆく菅原の足に菅原は足をかけ体制を崩さしお互いに倒れ掛かったところでドスッという鈍い音がした。
「なっ……」
「消えろよ。ドッペルゲンガー」
ゆっくりと起き上がった菅原で隠されていた、倒れこむ菅原の胸には包丁が柄の部分までがっつりと刺さっていた。
にじみ出る赤とは裏腹に刺された菅原は四肢から少しずつ黒くなってゆく。
やがて全身が黒に満たされて、立体感もなくなって近くにいた菅原の足元に影としてついた。
菅原は息を整えながら赤く染まった包丁を手に取り、ズボンのポケットから出したハンカチで血を拭って刃先を保護するケースを取り出して片付ける。
「あと二人、残り9分か……」
いつのまにやら時間もかなり進んでおり、菅原のその言葉で西田はハッ!と思い出す。
「そうだ。10分前には戻るって春時に約束しちまったんだ」
「え、じゃあ戻らなきゃ……井上さん立てる?」
佐藤は井上に近づき手を差し伸べる。
「菅原君、その包丁をこっちに渡しなさい」
「先生、俺はほかの人たちよりこのゲームの知識があります。俺があと二人殺すにはこれは必要なものなんです」
「こんなことで人が死んで、殺されていいわけないでしょ!?」
「それがこのゲームなんです。大丈夫です。終わらせればなんともありません」
平行線の二人をどうにか西田は説得し教室に戻る頃には既にタイムリミットの2分前となっていた。
「お前ら大丈夫だったか!?」
「美紀! 生きてるよね!? 死んでなんかないよね?」
「井上も無事みたいね」
「先生おかえりー」
教室に戻るとそんな言葉が大量に投げかけられてくる。
「おそくなってすまねぇ」
「まったくだよ」
西田の言葉に、反応したのは委員長である田中であった。
「いや、まじすまん! いろいろあ――」
西田の言葉をかき消すかのようにスピーカーからチャイムが流れ、男の声が聞こえてくる。
『死人狩りゲームの結果発表です。指定した数は5人、殺された死人の数は3人でした。よって罰として2名の方に焼死してもらいます』
だれも声を出さすじっとスピーカーを見つめていた。
『麻田 楓、渡邉 錬、以上を焼死の刑に処す』
その言葉を聴いてざわめくクラス。
「な、なんで私……」
「俺は死にたくないぞ!」
二人の生徒が発狂する中で先生は大声で叫ぶ。
「みんな! 二人を守るように円を作って!」
すぐさまその指示に従い防御壁として残る全員で円を作り二人を囲む。
「あ、熱いよ。お腹の中が熱い」
麻田はしゃがみ込みそう言い出す。
「あぁぁぁ、熱い熱い! 焼けてる!体の中から」
渡邉は叫び出す。
「え、えっ!?」
「どこにも火なんか無いぞお前ら!」
そう告げる西田に渡邉は苦しそうになりながらも言葉を返した。
「違う……体の中に火が……」
そして、突如上を向き、口から黒い煙と異臭を放ちながら倒れ、毛穴から一気に青い炎が噴き出したかのように二人は火達磨へと変わった。
「水! 水持ってきて!」
すぐに佐藤はそう叫んだ。
消火が終わった頃には二人は皮膚は焼けただれ目玉は蒸発して悲嘆に叫ぶようにして開いた口は閉じず、そのまま焼けて固まった死体は見るのも無残なことになっていた。
「くそぉぉぉぉぉぉ!」
西田は涙をこらえて叫んだ。