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MinorMoral  作者: SET
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Scene8

Scene8《十二月五日 早朝》



「早瀬、起きて」

 肩を揺す振られ、御津は条件反射ですぐに目を覚ました。

 寝惚け眼を開くと那岐原がいた。

「どうした?」

「分派の拠点が見つかったの。総攻撃を掛けたけど抵抗が激しくて苦戦してるから、アルファチームが早く来てくれって」

「は? そんなこと、一言も聞いて……」

「いいから! 話す間も惜しい。早く」

 いつ何があってもある程度動けるよう、半袖のTシャツと履き慣れたジーンズのまま寝ていた早瀬は、デイバックを背負った那岐原に腕を掴まれ、布団から引っ張り起こされた。

「銃は?」

「デイバックの中」

 慌ただしく靴を履きながら言う那岐原は多少油断していたのか、昨日と同じ肩口が紐で吊られた黒いワンピース姿だった。寝間着代わりなのだろうが、肌が目立ち、少しのかすり傷でも危ない。

「那岐原、着替えろって。それじゃ流石に」

「もう既に三人死んでて徐々に包囲されてるらしい。私たちが一分一秒でも早く加勢しなきゃ全滅する」

 彼女は言い切ると、ジャージ素材のズボンを慌ただしく履き、スニーカーを突っかけて外に飛び出した。

 

 まだ辺りには陽も昇っていなかった。バイクに乗っている間は御津がデイバックを背負い、状況を聞いた。

 簡単にまとめると、分派の拠点をようやく探し当てたアルファチームが独断で拠点に攻め込み、しかしそれとなく拠点攻めを察知していた敵に逆に攻囲されたということだった。十人を率いるアルファのリーダーはもう三十代後半、そろそろ一手柄をあげ、危険な現場仕事から上層部の仕事に拾い上げられたいという願望を常日頃から持っていて、それが独断に繋がったということだった。

 辺りに銃撃の音が響き渡り始めた。

 那岐原はバイクを減速させ、

「ここで停めよう」

 と言った。御津は同意し、那岐原がバイクを停車させると飛び降りた。銃声から逃げるためか、アパートの住民たちが次々に叫びながら逃げ惑っている。

 那岐原は手早くエンジンを切り鍵を抜き取り、どこからか取り出したゴムで少し長めの後ろ髪を括った。

 その間に御津は重みのあるデイバックから、銃を四丁と、部隊連絡用の携帯電話を取り出した。コンパクトながらサブマシンガン系統にあたるUZIが二つに、グロックが二つ。UZIは中東のような砂漠地帯でよく使うもので、グロックは恐らくどちらも粗悪品。充分ではないだろうが、やるしかない。弾倉の残ったデイバックを那岐原に返し、携帯電話とUZIを手渡すと彼女は少し迷った後で呟くように言った。

「いっぱい……殺さないとね」

 彼女は物憂げな表情でストックを展開したUZIを構え、アパート街の裏路地を走り始めた。御津もUZIを手に後に続く。

「こちらチャーリー、現着しました。銃声が至近の二時方向から聞こえます。そちらは」

 右手だけで銃を支え、左手で連絡用の携帯電話を手に取り耳にあてた那岐原が訊いた。チャーリーという聞き慣れない単語に違和感を覚えたが、作戦当該時にはA班がアルファ、B班がブラボー、C班がチャーリーとなると言っていたことを思い出した。規模にしては多少大仰だが、聞き間違いがあるよりはいいだろう。

「七時だ! 近いぞ。クリーム色のアパートの中に閉じ込められてるんだ。たぶんお前らの方には四五人いる」

 携帯電話からは相手の声と騒音が漏れ聞こえている。

「前? 前ってどこですか。何が四五人いるんですか。しっかり伝えてください!」

 那岐原が苛立ったように怒鳴る。

「上から敵だ!」

 しかしその言葉への返答はなく、悲鳴のような声と共に銃声が一際大きくなった。

 那岐原は通話状態のまま、携帯電話をデイバックに放り込んだ。

「早瀬。私があっちに移るから、態勢が整ったら撃って。いい? 敵はまだこっちには気付いてない」

 目の前は十字路になっていて、反対側も壁に隠れていられる。彼女は御津が頷く前に駆け出すと同時に、反対側の壁際へ跳び込んだ。着地し振り返り、那岐原が目を合わせてきた。御津は頷き身を乗り出して、路地の先にいる四人に対し、那岐原と射角をばらしてUZIの銃口を向ける。

 頭に叩き込んだ分派の様々な写真と、アパートの扉の前に待機している様子の目の前の人物らとを照合、間違いないと確証を得た御津は引き金を絞った。御津と那岐原が同時に発した軽やかな音が漂い、会話を楽しみ側面に全く注意を払っていなかった四人は一息に倒れた。

「こちらチャーリー、正面扉から合流します」

 再び携帯電話を手にしていた那岐原はそう伝えると、先に壁際から飛び出した。御津も後に続いて走る。

 クリーム色のアパートの木製扉は、奴らの銃撃で無数の穴を開けていたが、まだ原形を留めていた。那岐原がそれを蹴り開けようとしたところで、那岐原が固まる。御津はその様子を見て瞬間的に違和感を覚え、何の確証もなかったが、咄嗟に那岐原の身体を自分側に引き寄せた。


 


*** 





 扉を今まさに蹴り開けようとした時、銃撃で開いた無数の穴越しに、気味の悪い視線を感じた。思わず、動きを一旦止めてしまうと、突然肩を掴まれ、引き寄せられた。同時に、先程まで自分のいた扉を貫通した銃弾が、隣のアパートの壁に続々と撃ち込まれていった。室内からの掃射。

「那岐原、あれ……」

 御津の顔がすぐ近くにあった。彼は遠慮がちに自分の露出した肩を掴んでいた。

「どういうこと……」

 手を退かし素早く立ち上がった那岐原は、少し熱くなった顔のままそう言った。

「伏せろ!」

 御津の声と何かが蹴り破られた音にしゃがみながら振り向くと、アパートの中から複数の兵士が飛び出した。分派の連中だ。反応の遅れた那岐原に代わり、御津がUZIを掃射した。死体を確認する間もなく、那岐原は上下左右を一通り警戒した後、御津の腕を引いて走り出した。とにかく、安全なところに。

 アパート街の路地を時折応射しつつ走り切り、ようやく銃声が遠くなった辺りで、二人は切れる息を整えた。バイクを置いた場所からは随分と離れてしまった。

「アルファ、応答してください」

 落ち着いたところで、那岐原はまた携帯電話に吹き込む。

「今どこにいる、早く助けてくれ!」

 修練を受けた時の相互連絡作法などお構いなしに、アルファの隊長らしき人物の叫びが聞こえた。

「状況が掴めません。救出しようとしたところ銃撃されました。どこにいるんです? 正確な場所を」

 御津はその間に那岐原の背負うデイバックを漁り、UZIの弾倉の交換を行った。

「だから、クリーム色の……」

「……敵の人質になっているんですか? 私たちを呼び込めば、助けてやるとでも言われて……?」

 訊いたが、返答は帰ってこなかった。

 那岐原は携帯電話が軋むほど強く握りしめ、それから通話を完全に打ち切った。

「馬鹿か……」

 心底呆れる。命を張って助ける価値のある人物とは到底思えなかった。急いていた気持ちが落ち着きを取り戻していく。

「どうする、このまま見捨てるってわけにも……」

 呑気な事を言っている御津を、那岐原は睨んだ。

「見捨てよう。ブラボーと撤退を相談して、後日分派の拠点を洗い直す」

「は……ちょっと待てって」

 彼は、携帯電話を操作しブラボーへの連絡先を引っ張りだしていた那岐原の腕を掴んできた。

「聞こえただろ? 助けてくれって言葉。声が漏れてたぞ」

「だから? 自業自得。昇進に目が眩んだ無能を救出するのに、さらに犠牲を増やせって言うの?」

「無能とか、そういうことは置いといて、まず助ける方法を……」

 腕を掴んでいる御津の手を、那岐原は振り払った。

「やめてよ、そういうの。早瀬、ちゃんとあいつらの装備と人数、見てた? 太刀打ちできるわけがない。こんな、サブマシンガンと拳銃だけで。逃げ切れたのは運が良かっただけ」 

「それは」

「私たちはもう、人殺しなんだよ。私は父親を殺した美奈を殺したし、分派の二人も殺した。早瀬は私の父親を埋めたし、任務でも散々、人を殺してきた。他人の命を奪い取った人殺しが、だよ。そんな奴が、もっとももらしく他人の命の心配するなんて、馬鹿らしいと思わない?」

「いや、でも」

 彼は父親の話題を出されたところで、目線を逸らした。

「早瀬は、あいつらのことが心配なわけじゃない。これ以上自分が死に関わりたくないだけだよ。それなら、辞めればいい、こんな組織」

 わざと嫌味に聞こえるように語尾を強調したが、視線を逸らしていた御津は怒らなかった。黙って地面を見つめていた。

「……ごめん、少し言いすぎた。ねえ、でも、助けるのはやっぱり無理だよ」

 そこで、那岐原の持っていた携帯が振動した。

「はい」

「こちらブラボー。チャーリー、今どこにいる! アルファの要請を受け助けに入ろうとしたところ上層階より何者かの銃撃を受け潰走。できれば撤退援護を頼みたい。場所は……。どこだ? ここは。……クソッ! 充分に調査しておけばこんなことには! 無能め……!」

「落ち着いてください。アルファの要請場所は私たちも確認しました。そこの正面扉から見てどの辺りになりますか?」

「左に出てからは路地裏を北に向かって走ってる。ひとまず大通りに出るから……」

 彼が言い掛けたところで、激しい銃声の後、突然携帯が切れた。

 那岐原は呆然とした。その口ぶりでは、予測が当たり本当に人質となっているようだった。アルファはもう助からない。そのうえ、ブラボーまで滅すれば、御津と、本当に二人になってしまう。

「状況が変わった。ブラボーチームを助けに行く。早瀬は一応、私の部下なんだから、その……指示に、従って。アルファはもう、諦めるしかない」

 敵との接触を要警戒しアパート街を北に北にと抜けていき、出勤途中の人の足がせわしない大通りまで辿り着いた。那岐原と御津の手に持たれた銃を見てぎょっとしている者たちを無視し、裏路地の入口をひとつひとつ確認していく。

 そしてその一角に、地元警察がパトカー数台を寄せ集めて、何かやり取りをしているのが目に入った。自分のUZIと御津のUZIとを、背負ったデイバックに戻し、那岐原は彼にここで待つよう言ってから、歩いて様子を見に行った。警察が引いた停止線の端から背伸びして覗くと、そこから先は血の海だった。見覚えのある顔が、手前の死体に刻まれていた。

「これは見世物じゃない。下がりなさい」

 さらに奥に進もうとしたところで警官の一人に気付かれ道を塞がれたので、那岐原は大人しく下がった。奥に行っても結果は分かりきっている。

「どうだった?」

「全滅」

「は……全滅?」

「分派の事を甘く見すぎてたみたい。……撤退しよう、早瀬。すぐ青沼に事後判断を仰ぎたいけど、この携帯は使えないから、一旦家に戻って早瀬の携帯を使わせて。ブラボーチームの携帯が分派と警察のどっちに渡ったか分からないけど……履歴から足がつく」

 説明してから携帯を地面に放り、何度か踏みつけて壊した。そして手近にあったゴミ箱に投げ入れると、バイクを置いていった場所に向けて走り出す。後ろから、ゆっくりと御津がついてくるのが分かった。




***




 付近は警察が展開を始め、アパート街は騒然としていた。バイクは無事で、那岐原はサイドスタンドを跳ね上げ飛び乗ると同時に鍵を差し込み、回した。御津も急いでタンデムステップに足を掛けてからその後ろに乗った。分派のメンバーたちの姿はもうどこにもなかった。

 それからしばらく走って、見慣れた景色がちらほらと現れ始めたときだった。

「アパートが燃えてる……」

 今朝まで家のあった場所が燃え上がる様子を遠目に確認して、御津は呆然とつぶやいた。

 那岐原はその声を聞いて視線を上げると、御津が見ている光景と同じものを確認したらしく、バイクを減速させてすぐにUターンした。あまりに強引な車線変更に盛大なクラクションが鳴った。

「戻ろう」

 彼女の判断は早かった。

「……どこに?」

 彼女が向かったのは、とあるショッピング街の一角、ベンチが設置された場所だった。バイクが邪魔にならないよう、出来るだけ端のベンチに陣取った。近くには公衆電話もあり、そこから、那岐原が暗記していたジュロン工業の番号に電話を掛けたが、既に電話が繋がらなくなっていた。

「きっと、A班の馬鹿が命惜しさにそれぞれの居場所を吐いたのね。……これでこの三カ月が水泡に帰した。分派の連中の顔写真も、進めていた分派の支援団体の調査資料も、分派がテロを計画している証拠となる物は何もかも燃えた」

「頼みの綱の青沼たちは足がつく前にさっさと消えて、俺らはシンガポールに取り残された、ってわけか」

「そのうち、接触はあると思うけどね。……手元にあるのは?」

 那岐原が、さして期待していない、とでも言いたげに呟いた。

「えーと、ポケットに入れといた財布だけ。中身は……」

 五十シンガポールドルが六枚に、二十が三枚、五が一枚、小銭は五セント、二十セントなどがばらばらと複数。全部まとめると約、三六六シンガポールドル。

「へえ、お金持ちだね、早瀬」

 もちろん彼女の言葉は皮肉だった。日本円にして二万数千円程度。物価の高いシンガポールで、根なし草となった今は心許ない金額だ。

「那岐原は?」

「デイバックだけ」

「……あーあ」

「それに、分派が私たちをこのまま放っておくわけはないだろうし、窮地ね」

 彼女はあくまでも冷静に言う。

「那岐原が言うと窮地に思えないけど……とりあえず、顔を隠す物でも買うか?」

「最初からそのつもりでここに来たの」

 那岐原は髪を短く切り、明るめのグレイのワイシャツ地の長袖に、黒のパンツを合わせた。彼女には悪いが、元々胸の膨らみも目立つほどは無く、キャップを目深にかぶり顔を隠してしまっている今は、男にしか見えない。

 それに対して御津は、シャツを変えて濃い目のサングラスを掛けただけだった。

「やる気あるの?」

「案外、変え過ぎると元の顔が隠しきれなくなるんじゃないか?」

「早瀬がそう思うなら、それでいいけど」

 彼女はそう答えると、ショッピングセンターの駐車場に向かって歩き始めた。

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