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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

煩わしきなり蟲の声

作者: 笹門 優
掲載日:2026/07/11

 「夏のホラー2026」参加作品になります。

 ホラーです。

 お気を付け下さいませ…………。



――ドンドンドン!


 久寿川(くすがわ) 芽依(めい)にとって、強く扉を叩き付ける音というのは幼い頃から恐怖の対象だった。

 そもそも幼い子どもでなくとも強い音・大きい音を嫌うのは本能的なものだ。 危険から身を遠ざける為の、そんな生物的な本能。

 だからこそその様な大きな音に、鳥は飛び立ち、虫はその声を(ひそ)め、人は身を(すく)ませてしまう。


――ドンドンドン!


 幼い頃の彼女は泣いた。


――ドンドンドン!


 小学校に上がり、薄い布団で耳を閉ざす様に包まった。


――ドンドンドン!


 時には玄関で鉢合わせになり、その恫喝(どうかつ)に恐怖した。


――ドンドンドン!


 中学になると脅す為の視線に、唾棄(だき)する様な感情は入り込んだ気がした。

 首元へ、胸元へ、あからさまに向けられる視線が(おぞ)ましかった。


――ドンドンドン!


 だが、人間は慣れる生き物だ。

 いつしか恐怖は薄れただの(わず)わしさに、悍ましさは虫けらでも見る様な嫌悪感へ変わった。


――ドン! ………………


――いるんじゃねーかっ……いるなら出て来いって言ってんのがわかんねーのかっ……


 遠くで、煩わしいだけの蟲が何かを(さえず)っている。


――聞いてんのかっ……何をへらへらとしてやがるっ…………


 (うるさ)いなあ 五月蠅(うるさ)いなあ

 やっぱり蟲は五月蠅いなあ……


 蠅の羽音の様な、(まと)わり付く藪蚊(やぶか)の様な鬱陶(うつとう)しさが堪らない。 


 どうしたら良いのだろう?


 どうしたら…………。


 芽依は、男から見たら何処か壊れてしまった様な微笑みを浮かべながら、ぎゅっと抱きつき体重を掛けて男を押し倒した。


――いてっ……な、なんだっ…………


 そんな距離にいても、男の声は何処か遠い。

 遠いが、耳の中に響くそれは酷く煩わしい。


 煩い 五月蠅い ウルサイ うるさい


 戸惑う男を尻目に芽依はカッターを取り出す。 男はそんな芽依にギョッとした表情を見せるが、彼女が徐ろに自身の制服を切り裂くとその表情が変わった。


 鼻の下を伸ばした、下卑た顏。

 醜悪な、劣情に満ちた表情。


――………… …………


 何か男が言っている。

 聞き取れないが妙に頭に響く声で囀っている。


 うるさい ウルサイ 五月蠅い 煩い


 身体を這いずる男の手を気にもせず、彼女は不意に、自身の耳へその刃を滑らせた。

 血飛沫が飛ぶ。

 自身の頬へ、肩へ、胸元へ。 何より男の顔へ、胸へ。

 やがて弟切草の様な黒い斑点になりそうな、そんな飛沫が。


――…………っ…… …………っ……


 煩い 五月蠅い ウルサイ うるさい ウルサイ 五月蠅い 煩い


 まだ男の声が響く。

 半分千切れた耳がまだ音を拾っている。

 それが気に障るのか、彼女は先程までの壊れた微笑みを消して、無表情に近い顔で男を見下した。

 血化粧を施した相貌に、男は震える。

 普段の横暴な態度は完全に消え、追い詰められた小動物の様に、震える。

 ガクガク、ガクガクと震える、みっともない壊れかけたブリキのおもちゃ。


「――黙れ」


 平淡な声で命じた芽依はカッターを構える。

 男はそれを泣きそうな顔で見ていた。

 自身の顔を守る様に、腕を眼前で動かしている。 バタバタと暴れる様に。


――……っ…… …………っ……


 何か遠くで叫ぶ声。

 男の声か、誰かの声か。


 煩い 五月蠅い ウルサイ うるさい ウルサイ 五月蠅い 煩い 五月蠅い ウルサイ うるさい ウルサイ 五月蠅い 煩い 五月蠅い ウルサイ うるさい ウルサイ 五月蠅い 煩い 五月蠅い ウルサイ うるさい ウルサイ 五月蠅い


 芽依は徐ろにカッターを耳へ突き入れた。


 叫び声。

 赤い大輪が、水風船を割ったかの様に弾けた。


 流れる血流の音を嫌い、芽依は更にちからを込め、


 ――ズシュッ


 骨で滑った刃は下へ、首筋へ致命に一撃を走らせる形となった。


 天井まで立ち上がる紅の樹木に、男は悲鳴を上げるがその声は芽依に届く事はなかった。


 幼少時から煩わしい音に悩まされ続けた彼女は、漸く静寂の世界へ旅立てたのである。 



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― 新着の感想 ―
キーワード欄に何とも剣呑な単語が並んでいますね。 これは想像すると凄く痛そうです。
 癇の虫とか腹の虫とか。  人間の病って何かと虫が関わっていると古来より言われているんですよね。  そして美女にも虫が湧く。  虫酸が走るのも無理はない?(苦笑)    
え!? (´⊙ω⊙`)! 芽依が男だったってこと? (´・ω・`)
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