「妹のようなもの」は、実妹ではない
近親相姦という言葉が出てきますが、事実はないです。
あくまで相手は「妹のようなもの」という赤の他人です。
ふんわり設定なため、ふんわり読んでください。
「彼女は妹のようなものだ。君は穿った目で僕達の事を見すぎじゃないかい?」
婚約者様が、ふうやれやれというように私を見る。
病弱な幼馴染の見舞いのために、私との約束を反故する事9回。
10回目の今日に、チクリと苦言を呈した私に対する返答がそんなもんだった。
「なるほど」
私が笑みを浮かべれば、婚約者様はいきなり爽やかな笑みを浮かべる。
「分かってくれて嬉しいよ!ありがとう!」
ええ。
私分かったの。
ニッコリと笑みを浮かべて、見舞いに行くとは思えないくらいに軽い足取りで去っていった婚約者様の背中に、分かったわ、ともう一度私は呟いた。
- - - - -
「どういう事だ!」
バン!と元婚約者様が机を叩いた事で、テーブルの上の茶器がガチャンと音を立てた。
賑やかで楽しそうなお喋りが行きかっていたカフェの良い雰囲気が、元婚約者様のせいで一瞬にして霧散する。
「どういう、事、とは?」
「うちの噂の原因は君だと聞いた!」
元婚約者様のお家の噂。
確かにその通り。
私が噂の原因だ。
「原因なのは認めるけど、私、嘘なんか吐いてないわ?」
伝える情報量が少なすぎて、少しばかり妄想を掻き立ててしまったかもしれないけれど。
ただ、結果は私が思った通りにしかなっていないので、満足ではある。
「嘘だらけじゃないか!」
「いいえ。嘘は言ってないわ。誓って」
「なら、何故うちが、その……っ!」
「近親相姦だらけの家って話になってるかって?」
私の言葉に、カフェにいた人が、え?と声を出した。
声を出したのは、王都でも有名な商会の会長の奥様。
視界の端には、庶民向けだが、貴族でさえ身分を隠して通うようなレストランのシェフの奥様もいる。
「そんな事実は無い!名誉棄損だ!訴えてやる!」
「いいえ。私は貴方が近親相姦をしたなんて一言も言ってないわ?」
私が言ったのは本当に事実のみ。
元婚約者様には妹のような存在がいる。
妹のような、と言っているが、本当は妹かもしれない。
じゃないと、幼馴染とは言え、婚約者との約束を常に反故にしてまで一緒にいるのはおかしい。
でも妹なら納得だ。
そう言えば、その妹のような方の家に行ったら、婚約者様はいつも乱れた服で妹のような人の部屋から出てくるらしい。
どう考えても情事が行われたとしか思えない。
ただの浮気ならまだ目を瞑れるが、妹(のような人)とそんな事をする人間は、おぞましくてとてもじゃないが一緒にいれない。
そう言えば、婚約者様のお父様も、ご自身の妹君ととても仲が良かったとか。
婚約者様のお母様の前で妹君はいつでも、「私が兄の事を一番よく分かってますから」と笑って仰ってたらしい。
新婚の頃でも、兄妹二人きりで寝室に入って、朝までどころか、一昼夜出てこなかった事もあったとか。
そう言えば、婚約者様のお父様の妹君は、一時期社交界から姿を消していらっしゃったんですって?
期間は一年程。
ああ、子供が産まれるくらいの年月って事ですね。
その後すぐにお嫁に行かれたとは聞きましたけど。
そう言えば、婚約者様の幼馴染のお父様お母様っていつご結婚なされたのかしら?
気付けば幼馴染さんが産まれてたのかしら?
幼馴染さんの家の男爵家は、婚約者様のお家の伯爵家の寄子でもありますものね。
まあ、色々と押し付けられる事もあるでしょうね。
寄親と寄子って、多々そういう事があると聞きますもの。
まあ、婚約者様にとっては、私はちょっと足りなかったのでしょう。
血筋、と言いますか。
まあ、世の中には血の繋がった家族が一番というお家が多いですもの。
嫁は血が繋がってないから他人と言い切る方もいらっしゃるとか聞いた事がありますし。
だから私、身を引こうかと思いまして。
それに私、もし子供が産まれたとして、婚約者様が娘とはより血が繋がっている、と分かってしまったら、私、どうしたら良いか分からないんですもの。
幼馴染ですら、妹のようなもの、といって婚約者よりも優先するのですよ?
もし生まれた娘を、妹のようなもの、とか言い出したらと思うと恐ろしくて……。
私が言った事を全て話す。
私は元婚約者様が近親相姦をしたなんて言っていない。
そもそも、幼馴染さんは妹ではない。
ただ、元婚約者様には妹のように思っている幼馴染がいて、その彼女と浮気をした。
それだけだ。
元婚約者様のお父上とその妹君にしたって、事実しか言っていない。
妹君が元婚約者様のお母上をいびりにいびっていたのは社交界でも有名だったし、新婚初夜の日に、妻を放っておいた兄と一晩中お酒を飲んでいたと言いふらしていたのは、妹君本人。
当時はイビってるなあ、くらいな感想だったかもしれないけれど、ほんの少し角度を変えただけで、急にいかがわしく見えても仕方ない。
決定打は昨日あった王城での夜会だろう。
私が婚約白紙にした後の、初めての夜会だった。
婚約白紙自体は、元婚約者様のお家では、本人達の相性が悪かったのだろう、くらいの認識しかないものだった。
だから、気を抜いていた、と言えば、気を抜いていたのだろう。
そこで、元婚約者様のお母上はこの噂を耳にしてしまったのだとか。
その瞬間に、隣でエスコートしていた元婚約者様のお父上を突き飛ばした。
「汚らわしい!やっぱり義妹と関係があったのね!
そうだと思ったのよ!そりゃあ関係があれば可愛いでしょうね!あなたの言う、絆の深い血縁者の妹ですものね!
妻にはろくな贈り物をしないくせに、あなたが常々妹のような存在だと仰る浮気相手の愛人様が強請ったら、ほいほいと高価な宝石を贈るくらいですもの!
そりゃあ、実の妹には、国宝級みたいな宝石を贈るのも納得よ!」
サラリと浮気を暴露されているお父上はさておき。
その瞬間に、皆の視線は妹君の方に向かう。
彼女の胸元には、王妃ですら羨むのではないかという程大きなルビー。
しかも先程、兄にもらったの、と自慢気に言っていたのは彼女自身だ。
そして、妹君の旦那様もすぐに彼女の手を振り払った。
「…………子供達は本当に私の子供なのか?」
そこの子供達は皆母親似。
まあそういう事もあるだろうくらいなものだったが、もし、母方の血筋しか入っていなかったら、なんて考えが皆の頭を過ぎる。
「貴方との子よ!当たり前でしょ!」
妹君がどんなに騒いだって、そこには疑惑しか残らない。
そんなタイミングでやってきた、元婚約者様の幼馴染。
何か騒いでいる。
幼馴染の姿がある。
ただそれだけで、彼女は状況を一つも把握する事なく近寄った。
金の髪と青い瞳を持った彼女が。
貴族には金髪が多い。
青い目も多い。
元婚約者様の家系は、その色を継ぎやすかった。
ただそれだけ。
幼馴染の男爵家は、父母が両方茶色い髪に赤目がかかった茶色の目。
ただ、父方の曾祖母が、金の髪に青い瞳だったので、家族は先祖返りくらいにしか思っていなかった。
しかも、その曾祖母は社交が苦手だった事と、所詮は一男爵家の妻でしかなかったので、他家でそんな詳しい事を知っている人間はいない。
気持ち悪そうに口を押さえたのは、王太子殿下の婚約者である公爵令嬢。
そして、その隣には王太子殿下。
介抱も兼ねて彼等は会場を後にする。
もっとも、気持ち悪そうにしているのは公爵令嬢ばかりではないが。
そこで更にざわめきが増す。
何一つ分かっていない幼馴染が、元婚約者様には聞けそうな雰囲気じゃないので、顔見知りの令嬢を見つけ、これは一体何事かと聞きたく、あの、と声をかけた。
「近寄らないで!気持ち悪い!」
幼馴染の顔見知りである子爵令嬢の彼女は声の限りに叫んだ。
彼女は声楽を趣味にしており、腹式呼吸はバッチリの女性だった。
会場中、いや、城中に響き渡るような音量で叫んだ。
「近親相姦者が近寄るんじゃないわよ!汚らわしい!あんた達の家、狂ってるわ!兄妹で行為をするなんて、神への冒涜じゃない!!!しかも子供までできてるなんて!気持ち悪い!気持ち悪い!!!」
王の入場を告げる楽器の音より彼女の声は大きかった。
そんな彼女の絶叫と共に入城した陛下。
「…………騒々しい。説明せよ」
陛下の言葉で少しは静かになったが、夜会は中止となった。
一応事情を聞いた陛下だったが、貴族の家の事に口出す事はない。
ただ、一国の王が噂で判断をする事はないが、積み重ねをそれなりに知っている。
元婚約者様のお母上は、王妃殿下の従姉妹。
しかも仲が良い。
なので、陛下も王妃殿下から、あそこの家はおかしい!なんて事をよく聞いていた。
確かにおかしい、おかしくないで言えばおかしいだが、他家に口を出すんじゃないぞ、と陛下は王妃殿下に言い聞かせていた。
いたのだが。
「…………もし離縁を考えているなら、従姉妹を頼るのも手だ」
と。
これはあくまで独り言、という呈で、陛下が呟いたのだとか。
- - - - -
元婚約者様は、顔を真っ赤に染め、フーフーと息を荒くしている。
そんな彼に、私は苦笑を浮かべる事しかできない。
「そもそも、浮気したのは貴方よ?婚約を破棄じゃなくて、白紙にしてあげた事を感謝してほしいくらいなのに」
「……きさまっ!」
殴りかねない勢いの元婚約者様に、私は少し怯えるように体を震わせた。
「そうね。私、貴方に殴られても仕方ないわ。だって、血筋が足りないもの」
伯爵家の彼のお家的には、子爵家令嬢では足りないとは思いつつ、男爵家よりはまし、と思っていた事は、初対面から透けて見えていた。
あからさまにうちの子爵家の財産狙いも透けて見えていたが、伯爵家から出た話だったので断り難かったのだ。
婚約白紙も、向こうはこちらの金目当てで少しごねたが、侯爵家に婚約者のいない令嬢がいると囁き(なお彼女は侯爵家を継ぐ予定なので伯爵家に嫁に来る事はない)、少し金を積んだらホイホイと話を呑んでくれた。
所詮子爵令嬢だったから仕方ないわ、と私は少し寂しそうな笑みを浮かべる。
その途端に、元婚約者様は振り上げた手を下ろした。
まあ、婚約者様は私の思った通りの意味で受け取ったでしょうけど、周りの皆さまがどう受け取ったか。
「そう言えば、幼馴染さん、昨日は貴方の家に泊まったんだって?」
そう聞いたんだけど、と私が言った瞬間、ガタガタガタ!と音を立てて、カフェにいた客の半分が立ち上がる。
ある者は気持ち悪そうな顔をしていたが、ある者はワクテカ顔だった。
ワクテカ顔の中には、有名レストランのシェフの奥様がいた。
この噂、どこまで広がるのかしらねえ。
もしかしたら、幼馴染さんの婚約者にも広がるかもね。
幼馴染さんの婚約者は今は平民だから、貴族間の噂は耳にしていなかったでしょうし。
「泊まってなんか……っ!」
「お泊りになられたじゃないですかぁ。私そのせいで男爵様に怒られたしぃ、しかもクビになったんですけどぉ」
そう言ったのは、私の前に座っていた、幼馴染さんの家の男爵家の元メイド。
侍女のような事もしており、幼馴染さん一家と一緒に登城して馬車の中で待っていたのだが、あんな事があったと耳にし、昨日は流石に帰らないとまずい!と幼馴染さんを家に帰そうとしたのに、話があるからと無理矢理泊めさせたのは元婚約者様のお家だ。
ちなみに男爵夫妻はショックからか娘を置いて帰っていたので、馬車も無かったので、侍女兼メイドは悪くないとも言える。
平民の侍女兼メイド程度じゃ、伯爵家に抵抗する事もできず、とぼとぼと男爵家に戻って事情を話したら、男爵夫妻にも怒られ、しかもクビにされたとか。
流石に昨日に何かをしたという事はないだろうが。
…………まあ、そこはどうでもいいかもしれない。
「でも、伯爵令息様がお嬢様の部屋で何かしてたなんてぇ、家族中知ってましたよぉ。まぁ、黙っていた私も同罪って言えば同罪でしょうけどねぇ。でもぉ、伯爵令息様とお嬢様が血縁関係者ならぁ、私だって止めてましたよぉ」
男爵家の元メイドが、のんびりとした喋り方で、結構際どい事を言う。
って言うか、元とは言え、勤め先の家の事をベラベラ喋るというのは、使用人失格だが。
のんびりした元メイドとは違い、元婚約者様は声を荒げる。
「だから血縁関係はない……っ!」
「でもぉ、ベッドの中でもお兄様ってぇ、お嬢様は呼んでたじゃないですかぁ」
プレイでもちょっと気持ち悪いですけどぉ、事実だったって知ったらなおさら気持ち悪いですねぇ、と、男爵家の元メイドはほんの少し、元婚約者様から距離を取るような仕種を取った。
その瞬間に、更に客が立ち上がった。
顔を真っ青にしている人もいれば、先程よりもキラキラとしたワクテカ顔をしている人もいる。
ちなみに、キラキラワクテカ顔をしているのは、有名商会の会長の奥様だ。
元婚約者様は、クソッ!と怒鳴って、再度テーブルを叩いてカフェを後にした。
そんな彼の背中を見送ってから、私は同じテーブルに座る、男爵家の元メイドに笑いかける。
「ご苦労様だったわ。長い間潜入してくれて本当にありがとう」
「良いんですよぉ。まぁ、早くお嬢様付に戻りたかったのは事実ですけどぉ」
男爵家の元侍女兼メイドは、私の侍女だ。
婚約する相手の男の動きがおかしかったので、その幼馴染の家に潜入してくれという願いを聞いてくれた形になる。
「いやぁ、本当に浮気したのを見た時はぁ、腰を抜かすかと思いましたけどぉ」
お兄ちゃんって呼んでくれ!、お兄ちゃん!、なんてプレイを聞いた時には、魂が抜けるかと思ったとは彼女談。
ギシギシアンアンの声が大きいわ、ちょっとイメプレがすぎるわで、使用人が続かないのだと疲れた風に言ったのは家令だったとか。
上手くいけば娘が伯爵家に嫁げるかもと思っていた男爵家の父母は見て見ぬふり。
と言うよりむしろ応援。
ただ、元婚約者様の家の伯爵家は、男爵家から嫁を貰うなんて事は一度も考えていなかった。
元婚約者様は一応幼馴染さんを愛していたので、私との婚約を不満に思いつつも、お父上には逆らえなかったようだけど。
「私も兄がいますけどぉ、そんな風に思った事なんてないですけどねぇ」
義姉とか大好きだし、と、侍女が呆れたような溜息を吐く。
「…………次に婚約するなら、義妹がいないお家が良いわねえ」
そんな風に呟いて、私は冷めきった紅茶で口を濡らすのであった。




