沈黙が答えるところ
息を吸って、私の心は戻ってくる
扉の向こうの空気は、以前とは違っていた。濃くも、軽くもなかった…ただ、ただ違っていた。まるで言葉が何の前触れもなく変わってしまったかのようだった。
小道は小さな木々の列を迂回するように曲がっていた。木の葉がこちらを見ているようだった。
「絶対に忘れないと思っていた名前、覚えてる?」春樹が突然尋ねた。柚月は歩調を崩さずに彼を見た。
「ええ。」
「今、書き留めているの?」彼女はノートのことを思い出した。緊張して書くと赤いリボンが緩む様子を思い浮かべた。
「覚えているかどうかわからないわ」と彼女はようやく言った。「でも、何か意味があったことは確かよ。」春樹は、その答えがどんな事実よりも正確であるかのように、そう断言した。
苔むしたその上に、言葉が刻まれた石が置かれていた。
「まだ。」
柚月は石を撫でた。
「誰がここに置いたの?」春樹は近づいた。
忘れることは最終的なことではない、旅の途中に過ぎないと信じている人。
そこはほとんど空っぽだった。木のベンチと、乾いた噴水、そして低いテーブルの上に置かれた開いたノートがあるだけだった。結月はそれに触れた。
筆致が自然と現れた。
優しい筆致で書かれた言葉。
「君。」
春樹はあからさまに歯を噛みしめていた。颯太は地面に横たわり、心は静まった。
この場所は、心がどう表現すればいいのかわからないことを書き記す。
結月は目を閉じた。恐怖からではなく、敬意から。
だから、この沈黙は…空虚ではない。
それは答えなのだ。
二人はしばらくそこに留まった。時間を意識することも、避けようとすることもなかった。空が変わり始めた。色ではなく、意図が。
結月はノートを取り出した。
彼女は自分が何をしているのか見ずに書き記した。
「私は、何を忘れたのか知らずに、思い出している。」
春樹は立ち上がった。颯太は彼の後を追った。結月は二人と一緒に歩いた。石はまだそこにあった。しかし、その言葉はもう見えなかった。
沈黙が答えた。
そして彼女の声は、まだ自分の名前さえ知らなかった頃の柚月に似ていた。




