懐かしさが柔らかい鉛筆で書かれた場所
次の町には、絵や言葉で埋め尽くされた壁があった。落書きでも広告でもなく、記憶だった。繊細な筆致で。かすかにしか見えないものもあれば、鮮やかに残るものもあった。
結月は壁の前で立ち止まった。そこにはこう書かれていた。
「まだ帰りたくないから、さよならを言わなかった。」
春樹は別の壁の横で立ち止まった。
「僕が歩いていくのを見たら、もう一度見て。もしかしたら、戻ってくるために振り返っているのかもしれない。」
颯太は鼻で壁に触れた。何もない空間に。
そしてその場所に、結月は初めて鉛筆でこう書いた。
「理由もわからないまま、いてくれてありがとう。」
鉛筆は軽やかに滑った。
そして壁は…まるで花びらのように、一つ一つの言葉を受け止めているようだった。
町を出ると、道が分かれ道に出た。
片方の道は海岸へ。
もう片方は、初めて訪れた丘へ。
結月は立ち止まった。
春樹は何も言わなかった。
颯太は丘へ向かう道を選んだ。
柚月は理解した。
「もっと色々なものを見たくないわけじゃないの」と彼女は言った。「何かが私たちを認識してくれた場所に戻りたいだけなの」
春樹は微笑んだ。
戻るというのは繰り返すことではない。新鮮な目で物事を見ることだ。
二人は一緒に歩いた。
影はそれぞれ違っていた。
でも、風は二人の名前を覚えているようだった。




