復讐の終わり2
「‘どうなってるかな’」
エルパーの甘い匂いは近づいてきた時、俺のよく接近を知らせてくれる。
だがもう一つ、近づきたい時にも便利だ。
「‘風向きも悪くない’」
俺は顔を上げて空気を吸い込む。
土、草、木、どこかで誰かが倒してほっといたモンスターの肉片のニオイ。
そしてそこに混じる甘い匂いがする。
風に乗ってエルパーの香水の匂いがわずかに漂ってくる。
つまりそちらの方にエルパーはいる。
「‘今後クリアスが香水をつけたいと言っても、俺は断固拒否だな’」
過保護な父親みたいだけど、俺のみならず鼻がいいモンスターは山ほどいる。
今は俺が追いかけているだけだが、旅の途中に野営している時にモンスターに匂いを嗅ぎつけられたら笑い話にもならない。
「‘あっ、いたっすね!’」
甘い匂いを辿っていくとザイハンシの姿が見えた。
「‘遅かったか……’」
ザイハンシは複数の人と魔獣に囲まれている。
そしてザイハンシの横には、青年の冒険者がいた。
ただし、地面に倒れている。
様子はよく見えないが、風に流れてくる臭いに血のものが混じっている。
いつものようにヒヨコの魔獣を連れていて、青年の冒険者の魔獣は困惑したように立ち尽くしている。
「ああ、こいつは魔物にやられたんだ! 俺じゃない」
俺たちはバレないように距離をとって様子をうかがう。
「急に現れて何なんだ、お前ら!」
「お前がそいつを刺したんだろ!」
「誰がそんなことを? 魔物がいたんだ」
「何もいなかった! お前がやったんだ!」
言い争う声が聞こえる。
どうやらザイハンシは青年の冒険者のことを刺したらしい。
だが往生際が悪く、認めないようでもある。
一つ言えるのは間に合わなかった。
青年の冒険者はピクリとも動かない。
もう、死んでる。
分かっていたが防げなかった。
「‘仕方ないとはいっても……’」
殺されることがわかっていたのは俺とヘルンだけだ。
クリアスも覚醒者ギルドもザイハンシの所業を知らない。
だから助けるのは無理だろうと思っていた。
それでも助けられなかった罪悪感が胸をチクリと痛ませる。
「‘ただザイハンシは終わりだな’」
まだ言い争っているが、冒険者ギルドの人たちがいると知らずに青年の冒険者を殺してしまった。
魔物のせいだと主張しても、相手が悪い。
相手が一般冒険者ならともかく、冒険者ギルドだ。
要するに警察の前で犯罪を犯したようなものと言える。
「‘お前の復讐はこれで終わりそうだな’」
「‘むー……何だかあっけないっすな’」
この世界の刑法システムがどんなもんなのか俺は知らない。
ただ殺人が重罪なことは、この世界でも変わらないだろうと思う。
ザイハンシが捕まれば投獄、あるいは死刑になることもあり得る。
ヘルンが望んだ形ではないかもしれない。
けれどもザイハンシはこれで終わりのはずだ。
「大人しく捕まれ!」
「‘けど……タダで捕まる、か?’」
言い争っても無駄だと感じたのか、冒険者ギルドの一人がザイハンシに歩み寄る。
「触るな!」
「マラモド!」
「‘おっと……’」
冒険者ギルドの男がザイハンシに手を伸ばした。
触れるぐらいの瞬間にカッとなったように剣を抜いたザイハンシは、冒険者ギルドの男を斬りつける。
ざっくりと胸を切り裂かれて、冒険者ギルドの男は目を開いて倒れていく。
「‘もっと早く復讐が終わるかもな’」
ザイハンシの抵抗を受けて、周りにいた冒険者ギルドの連中が剣を抜く。
一気に緊張が高まる。
このままなら戦闘になる。
抵抗を続けるなら捕まって投獄されるまでもなく、ザイハンシは斬り捨てられる。
ヘルンが手を出すことはできないが、少なくとも目の前で死ぬところは見られるだろう。
「大丈夫なんでしょうか?」
「‘さあ、ザイハンシが強けりゃ逆転もあるかもな’」
冒険者ギルドの方はエルパーも含めて六人。
今の俺なら一人ぐらいは差し違える覚悟で倒してやれるかもしれない。
人数差が大きいのは問題だが、ザイハンシが英雄レベルに強いなら人数差を跳ね返して生き残る可能性もある。
「‘こんな状況でも、あいつはあの調子なのか’」
ヒヨコは相変わらず眠そうな目をしている。
今だけじゃない。
これまでもずっと同じだった。
ザイハンシについていくだけで、戦いもしない。
どんな時にも眠そうな目をしてゆらゆらと揺れているぐらいしかすることがなかった。
こんなに緊迫した状況でもそれが変わらないのは、よほど神経が図太いかである。
何というか、不気味さすら感じてしまう。
「こっちに来るんじゃない!」
「‘おおっと小物ムーブ’」
「‘うわっ、卑怯っすねー!’」
何をするのかと思えばザイハンシは倒れた青年の冒険者に剣を向けた。
まあ、確かにまだ死んでるとも言い難い。
人質を取られたようなもので、冒険者ギルドの奴らは動きを止めてしまう。
生きていたら、助けられるかもしれない。
ザイハンシが逆上してトドメを刺せば、そんなわずかな希望もなくなってしまう。
ただやってることは小悪党のそれである。
こんなやつが六人もの相手を倒せるとは思えなかった。




