旅立ち
「‘寂しくなっちまったもんだな’」
ものが無くなった家を見て、俺は寂しさを感じていた。
長く住んだ家ではないが、それでも多少の愛着のようなものは感じ始めていた。
多くあった魔法に関する本も、使い古したような調理道具も、くたびれたベッドも。
全てがなくなってしまった。
「大切なものはおばさんに預けましたし……必要なものはまとめました」
クリアスはパンパンになったリュックを前にして荷物の最終確認をしている。
俺たちはこれから旅に出る。
「‘聖国ブロンシエラの神都キュリシアの教皇。もしくは最果ての地……願いを叶える攻略不可ダンジョン’」
ジェレインがクリアスのお願い通りに、希望となりそうなものを調べてくれた。
一つは教皇。
世界最高レベルの聖職者であり、神聖力という特殊な力の使い手だ。
いわゆるヒーラーというやつで怪我を治したり呪いを解いたりするもので、すでに完全に呪いが全身に回ってしまったカリンの呪いも教皇ならば解けるかもしれない。
「‘ただお偉いさんっては簡単に会えないからな’」
教皇の問題は簡単には治療してもらえないということである。
よほどの大物であれば治療してもらえる可能性があるが、そうでなければ治療をお願いすることすら難しい。
どこにいるのか分かっても、手が届かない存在なのだった。
「‘だからといって願いを叶えるダンジョンの方もあまりにも……’」
願いを叶えるダンジョンというものは存在すると言われている。
なぜ断言ではなく、言われているというのかというと実際に攻略して願いを叶えてもらった人がいないからだ。
願いを抱えた多くの人を飲み込み、そして願いが夢と散っていった。
本当に願いを叶えてくれるのかどうか分からない、攻略不可能とすら言われるのが、願いを叶えるダンジョンだった。
ただ願いを叶えてくれると言われているのも嘘ではないらしく、はるか昔に一人だけ攻略した男がいたとされている。
それが現在帝国と呼ばれる国の初代帝王だと言われているのだ。
「‘教皇にしろ、ダンジョンにしろ……遠い話だな’」
俺はクリアスの背中を見つめる。
妹の未来を背負い、困難な道のりに挑むには華奢すぎる。
意思の強さのみでクリアスは今前に進もうとしているのだった。
クリアスの道の先には俺が求めるものもある。
そして誰かのために自己を犠牲にするという、最も人間らしい行為をためらいなく遂行しようとする少女のことを俺は支えたい。
「ウルフさん……」
俺が腕に鼻先を擦り付けると、クリアスは振り返って微笑みを浮かべる。
願わくば、この少女の笑顔が長く続きますように。
「行きましょうか。一日も早くカリンを元に戻してあげなきゃ」
クリアスは立ち上がる。
今回何とか意思を伝えて俺も背中にリュックを背負うことになっている。
一人で持てる荷物には限界があるから、俺もある程度持つことにした。
俺に服なんかは必要ない。
だから俺用の荷物は少なくていい。
その分クリアスのための荷物をできるだけ持ってやる。
それぞれリュックを背負い、玄関に向かう。
俺の爪が床に当たるリズミカルな音が物のなくなった家にやけに響く。
「もういいのかい?」
外に出るとジェレインがいた。
複雑そうな思いを抱えた表情でクリアスのことを見ている。
隣にはジェレインの魔獣である大きなタカのような魔物がいる。
賢そうな顔をしていて、ジェレインと同じく優しい目をしていた。
「はい、カリンのこと……お願いしますね」
対してクリアスに迷いはない。
「何も家を手放さなくても……私が管理しても……」
「おばさんだって忙しいじゃないですか? 家が勝手に使われたり、物が盗まれたりしたら嫌ですから。旅のお金も必要です」
旅に出るにあたって、クリアスは家を完全に引き払うことにした。
持っていけないようなものは売り、両親の遺品のなど必要なものはジェレインに預けた。
家も売ってしまい、お金にした。
空き家の管理は難しい。
ジェレインも仕事がある以上、家を管理し切ることはできない。
少し郊外にある家は悪人の目にも留まりやすい。
帰ってきた時に荒れて何もなくなった家を見るぐらいなら、最初から全て整理してしまった方が楽なのだ。
旅費が必要だった、という理由もある。
「カリンは任せな。困ったらいつでもをちょうだい。もし辞めたくなっても……ダメもあなたを責めたりしないから」
ジェレインはクリアスのことを抱きしめた。
「死なないでね。生きてさえいれば……どうにかできることもあるかもしれない」
「死ねませんよ。カリンのためにも」
クリアスは胸に手をやる。
「そうね……あなたが死んだらカリンも死んじゃうものね」
「カリンが無事なら……私も無事ってことです」
クリアスはカリンと魔獣契約をした。
カリンはやはり話を分かっていて契約を素直に受け入れた。
「私の命は……カリンの命にもなったから」
そしてもう一つ、クリアスとカリンの間では魔法がまだ交わされている。
それはクリアスが死んだらカリンも死ぬという魔法だ。
カリンの保護者はクリアスであり、クリアスがいなくなればカリンを保護しておくことはできない。
残酷だが、ジェレインがもぎ取ったギリギリのラインがそこだったのだ。
だからクリアスが死ねばカリンも自然と死ぬ、一心同体の状態にさせられていた。
「そんな方法で私に伝えようとしないで手紙でも書いて」
「もちろんです」
裏を返せばどれほどクリアスが離れていてどんな状態か分からずとも、カリンが無事ならクリアスが無事だとジェレインは分かる。
「ウルフさん? だったわね?」
ジェレインは俺に視線を向ける。
膝をついてわざわざ視線の高さを合わせる。
「この子のこと頼むわよ? 頭がいいようで、どこか抜けてて、心配なほどに真っ直ぐだから」
ジェレインが俺の頬を撫でる。
くすぐったいような、気持ちいいような。
「‘任せておけ’」
俺は伝わなくとも意思を短い言葉にして、伝わるように頷いた。
「賢い子ね」
「……じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
クリアスとジェレインは短く見つめあった。
そしてクリアスはジェレインから視線を外して歩き出し、俺はクリアスと並んで共に行く。
ジェレインは俺たちの姿が見えなくなるまで、じっと背中を見つめてくれていたのだった。
ここから俺たちの旅が始まった。




