わずかな希望2
「おばさん……」
「なに?」
「どこに行けば……教皇に会えますか? どこに……願いを叶えるダンジョンはありますか?」
震える声で問いかける。
クリアスは、やる気だ。
「まさか……教皇に会うつもりかい? それにダンジョンの方だって本当かどうかも……」
「たとえ少しでも可能性があるのなら……私は諦めません」
クリアスは服の裾を強く掴む。
涙の跡が残る顔を上げ、ジェレインの目を見つめる。
「あの子は……カリンは私のたった一人の家族なんです。不可能じゃないのなら私はどんな可能性にでも挑戦します」
か弱い少女だと思っていた。
次々と起こる出来事に泣き出してしまった。
ただクリアスの真ん中にある芯はいまだに潰れず、折れていない。
まだまだか弱さはあるのだろう。
しかしクリアスという少女の中にあるものは決して弱くない。
妹のために、クリアスは今は非常に困難で、先も見えない道を歩もうとしている。
「聞き分けのいい子だと思っていたけど……頑固なところは姉さん似なのね」
話したのはジェレインだけど、まさか本気で教皇に会いにいくとまで言うとは思わなかったようで困り顔をする。
「お願いです!」
「……分かったわ。教皇がいるのは神都よ。ダンジョンの方は少し調べる時間をちょうだい。教皇の方ももう少し詳細な情報がないか私の方で調べてみるから」
「ありがとうございます!」
クリアスは深々と頭を下げる。
「忘れなさいと言っても……あなたにはそれができないのね? あなたは姉さんに似て美人よ。良い相手を見つけて、幸せに暮らすこともできる」
ジェレインは寂しさと優しさが入り混じった目をして、クリアスの頬を撫でる。
カリンを諦めればクリアスは自分の人生を歩める。
クリアスの能力や見た目なら、そんなに難しいことはないだろうとジェレインは考えているようだ。
「お父さんが亡くなって、お母さんも後を追うように……残されたのはカリンだけなんです。お母さんも姉妹で助け合ってと言ってました」
「…………そうね。きっと姉さんも、私に何かあったら命かけてくれるような人だった」
ジェレインはしばらくクリアスの目の奥を見つめるようにして、小さく頷いた。
「カリンのことは任せなさい。おそらく……何が起きたのか突き止めるために多少の協力はしてもらうことになるけど最後の一線は私が越えさせないから」
たった一人の家族とは言うが、こうして理解を示して協力してくれる味方はいるじゃないか。
「酷かもしれないけど……あなたがあの子と契約して魔獣にしなさい」
「カリンを?」
「いつカリンがカリンじゃなくなるかは分からないわ。もし仮に……カリンがカリンじゃなくなっても契約しておけば、制御はできるわ」
今話し合うには非情な内容かもしれない。
でも必要なことだ。
「旅の準備をしておきなさい。きっと……遠くに行くことになるわよ」
「分かりました。あっ……」
クリアスは振り返って俺のことを見た。
「ウルフさん……ごめんなさい」
クリアスは両膝をついて、俺の視線の高さを合わせる。
「勝手に色々決めてしまって……」
何を謝ることがあるのか。
目を細める俺に対して、クリアスは申し訳なさそうな顔をしている。
俺の意思を無視して色々と話が進んでしまっていることは確かだ。
だが、今の話の中で俺にとっても利益のありそうな話はあった。
「‘構うものか。すでに俺とお前は運命共同体だ’」
俺は意思表示としてクリアスの涙の跡を舐めてやる。
少し、しょっぱい。
「‘妹のために……そんなお前を見捨てることなんかできない。最後まで付き合ってやるよ。行けるところまで……行ってみよう’」
「その子も賢そうね。あなたに何か語りかけているみたい……」
「そうなんです。ウルフさんは、すごく頭がいいんです。きっと全部話も分かってます」
驚くようなジェレインにクリアスは微笑む。
「そして……全部分かっていて……一緒に来てくれるんですか?」
「‘ああ、忘れれば楽かもしれない。諦めれば前に進むのかもしれない。でもそれでも諦めない。それはきっと……人間らしい’」
俺はクリアスに頭を擦り付ける。
これからどんなものが待ち受けているのか、それは分からない。
でも俺は人に戻りたくて、そして人である俺はクリアスの優しさを見捨てられない。
クリアスは大切な家族のために、わずかな希望を追いかけることにした。
人に戻るという希望もわずかに見えた。
クリアスと出会った時には、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
物語は転がり始めた。
俺とクリアスは茨の道に挑もうとしている。
だが止まることはない。
それぞれの目的のため、それぞれが支え合って進んでいくのだ。
「ありがとうございます、ウルフさん」
少なくともクリアスが孤独にならないようにそばにいよう。
俺は、そう思ったのだった。
ーーー第一章完結ーーー




