這い上がる闇
「カーリン!」
「‘なんだ……この臭い?’」
薬ができるまでに時間はかかるものの、少し待てば治療薬ができることは確定した。
お金の問題も解決して、クリアスの機嫌もだいぶ回復している。
ただダンジョン攻略は思っていたよりも俺とクリアスの体力を削っていて、二人してフラフラと家まで帰った。
「カリン?」
クリアスが家に帰ってもカリンからの返事はない。
俺は家の中に漂う奇妙なニオイに顔をしかめる。
なんのニオイと聞かれても俺は答えを持っていない。
だが何かのニオイがする。
臭いというわけではない。
別に嫌だと感じるものではないけれども、嗅いでいたいと思うようなものでもない。
でもどこか背中がゾワゾワして、ヒゲがピクピクする。
ニオイは嫌じゃないけど、ニオイから受ける感覚はなんだか嫌だな。
「寝てるんでしょうか?」
カリンからの返事がないことにクリアスは首を傾げる。
「カリン! あのね、お薬がね……カリン?」
クリアスが機嫌良くカリンの部屋を覗き込む。
「カ、カリン……? 生きて……る」
カリンは部屋で寝ていた。
あまりにも静かで、クリアスは思わず死んでいるのかと思ったようにカリンの生死を確認した。
呼吸はしている。
ただ穏やかに寝ているだけで、クリアスはホッと胸を撫で下ろす。
「ん……お姉ちゃん?」
カリンが起きる。
目を開けて、クリアスの顔を見て、微笑む。
「体の調子はどう?」
「うん……すごくいいよ。寝る前までは少し苦しかったけど、今は調子いい。全然苦しくもない」
上体を起こしたカリンは胸を軽く押さえて、穏やかな笑みを浮かべている。
「あなたを治す治療薬ももうすぐできるから」
「本当? よかった!」
「待っててね。美味しいものを作るから」
クリアスも笑顔でカリンの頬を撫でる。
「……あんたは相変わらずそうだね。何見てるの?」
クリアスが部屋を出ていった後も、俺はカリンの部屋にいた。
床に座って見つめる俺のことをカリンは不思議そうな目で見ている。
「‘……なんでもない’」
クリアスは気づかなかったのかもしれない。
だが俺は見てしまった。
寝ていたカリンの首元で黒いアザがうねっていたことを。
ジワリと首を上ろうとしているように、黒いアザが確かに動いていたのだ。
それがなんなのかは俺には分からない。
だがなんだか嫌な予感がする。
「‘それに……’」
「な、なに? 私臭う? 体はちゃんと拭いてるけど……」
俺が臭いを嗅ぐとカリンはちょっと不安そうな顔をした。
腕を上げて軽く自分の体の臭いを確かめている。
カリンは特に何も感じていないようだ。
だが家に入った時から感じていた異様なニオイはカリンから発せられていた。
なんのニオイだ。
少し、魔物のようなニオイかもしれない。
ーーーーー
次の日、カリンの状態は分かりやすく悪化した。
調子は悪くないとカリンは口にするのだけど、見た目にはもう異常さが現れていた。
やはり昨日見たのは、間違いではなかった。
なぜならカリンの頬から首までが黒く染まっていたのだ。
「カリン……」
「だいじょーぶだよ! 痛くないし……苦しくもないよ」
心配するクリアスをよそに、カリンは普通に笑っている。
見た目にアザが広がっているけれど、不思議と体調は悪くないらしい。
「やっぱりお医者様に……」
「薬作ってくれてるんでしょ? 邪魔したら悪いって!」
広がる黒いアザにクリアスは医者を呼んでこようというが、薬ができるならそれを待てばいいとカリンは言う。
医者を呼んで手を煩われせれば、薬の完成が遅れるかもしれない。
そんなカリンの意見もあって、クリアスも医者を呼びに行くのをためらう。
「後少し……後少し我慢すれば治るから、さ」
「……本当に……大丈夫…………なのかな……」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん! 先生がお薬作ってくれること信じよ!」
不安になりながらも最終的にカリンに説得された。
治療薬が完成すればカリンの黒いアザも治るだろうかと様子を見守ることにした。
だが、この判断は間違っていたのかもしれない。
さらに次の日、カリンはベッドに横たわり、眠ったまま動かなくなってしまった。
そして黒いアザは顔全体に広がっていたのだった。




