思惑と感謝と合意1
「契約もしてない野生の魔物連れてくるなんて危険だよ!」
「でも……あの子は私のこと助けてくれたし……」
「‘……なんだ?’」
知らない声の言い争いが聞こえてきて俺は目を覚ました。
若い女の子同士の言い争いのようだけど、寝起きの頭はまともに働かず状況も理解できない。
「自分のベッドになんか寝かせてさぁ! 私はお姉ちゃんが冒険者なんて……ゲホッ!」
「ほら……そんな大きな声出すから……」
片方が咳き込む。
軽いものではなく、聞いていて苦しさが伝わるような重たい咳だ。
「‘ここはどこだ? それに……なんだこれ?’」
俺は体を起こす。
ベッドの上にいるのでてっきり人に戻れたのかと期待する。
けれど目に見える腕は相変わらず毛だらけで、期待した分の小さいショックを受ける。
ただ腕に包帯が巻かれているのに気づく。
いや、腕だけじゃない。
体にも包帯が巻いてある。
それになんだか毛色も明るいような気もする。
泥と血に塗れて、薄汚れていたのに綺麗になっている。
相変わらずゴワゴワとした手触りの毛皮であるが、少しだけまともになった。
「‘うっ!’」
一応中身は人なわけであり、魔物になったとしても申し訳程度の恥やマナーは持ち合わせている。
下半身に巻きつけていた布はどうなったか確認しようと背中を丸めると、体に痛みが走る。
背中が痛い。
包帯は巻いてあるものの、怪我が治ったわけではない。
「‘魔物を治療する物好きがいるとはな……’」
思わずつぶやく。
森の中に放置されていたらどうなっただろう。
助かったとは思うのだけど、誰がこんなことをしたのか。
思い当たる節としては一人しかいない。
だが、向こうとしても見知らぬ魔物を助ける必要などないはずだ。
理由が分からない。
「‘しかも不用心’」
サイドテーブルには、俺が最後に手にしていたナイフも置いてある。
魔物の近くにこんなものご丁寧に置いておくなんて、無防備だと呆れてしまう。
いつの間にか言い争う声も聞こえなくなった。
俺はベッドから降りて体の調子を確かめる。
身体中に包帯。
痛む一方で、一度満腹になるまで食べたせいか、気分としては悪くなかった。
飢餓感のない落ち着いた状態は、しばらく振りだ。
軽く体を伸ばすと背中の筋肉が軋む。
大人しくしていればすぐに治るだろうが、派手な動きはできない。
問題は誰がこんなことをしたのか、だ。
ナイフを手に取って抜く。
腕の様子を見れば分かるけれど、刃に映る自分の顔は相変わらず犬頭だ。
足音が近づいてきて、俺の耳はピクリと動く。
気配を消してドア横に隠れる。
「コボルトさん……あれ? いない……」
「‘動くな。騒ぐな’」
「むぐっ……!」
開かれたままのドアから入ってきたのは、少し前に助けた銀髪の女の子。
こちらも助けてもらったのだろうとは思いつつも、まだ油断はできない。
ベッドに俺がいなくて驚いた様子の女の子の後ろから忍び寄り、口を手で塞いでナイフを突きつけた。
手に持っていたお皿が落ちて割れる。
言葉は通じない。
なので言葉で脅しても無駄だ。
俺はナイフを突きつけたまま、口を塞いでいた手で女の子の体を触る。
女の子は恐怖なのか体をビクッと震わせたものの、暴れたり叫んだりすることはない。
お腹、腰、足を触って確かめる。
別にいやらしい意味ではない。
「‘武器はないな’」
確かめていたのは武器の有無だった。
女の子に負けるほど弱くないと言いたいが、武器があれば制圧できてしまうぐらいには弱いことは認めねばならない。
武器も無いならひとまず俺の方が優位だ。
「コボルト…………さん?」
ナイフが首から引いて女の子は怯えた顔で振り返る。
「‘食べ物持ってきてくれたのか’」
床を見ると、割れた皿とそれに乗っていたのだろうサンドイッチが落ちている。
どうやら俺に食べ物を持ってきてくれていたらしい。
流石に少し罪悪感を感じる。
「コボルトさん、何を……」
俺は床に落ちたサンドイッチを拾い上げて口に放り込んだ。
安いパンと安いハムのサンドイッチだけど、ちょうどお腹も空いてきていたので悪くない。
生肉ではないまともな食料も久々で、安物でも非常に美味く感じられる。
「きゃっ!?」
だいぶ体に力が入るようになってきた。
俺は女の子の足に手を回して持ち上げると、近くのベッドに押し倒すようにして乗せる。
「えっ、えっ?」
困惑する女の子をよそに、部屋の隅にあったホウキを手に取って割れたお皿を集める。
食べ物もらったのだから、割ってしまったお皿の片付けぐらいしよう。
こうしたところは自分の中に残る人間らしさだ。
無視してしまってはドンドンと魔物になってしまうようで、守らなきゃいけないラインでもある。
「あっ、後ろ!」
「お姉ちゃんから……離れろ!」
「‘あぶねっ!’」
とりあえず壁際にお皿の破片を集めた俺の後ろに、包丁を振り上げた女の子が立っていた。
ベッドの上にいる女の子と似たような容姿をしたその子は、包丁を俺に向かって振り下ろす。
間一髪のところで包丁をかわす。
「カリン! コボルトさん! やめて!」
誰なのか知らないが、攻撃してきた以上敵だ。
俺はカリンと呼ばれた女の子をナイフで攻撃しようとした。
しかし女の子が間に割り込んできて、ギリギリのところで突き出したナイフを止める。




