あなたは毛深くて、汚くて、ギラついた目のモンスターなヒーロー
妹が病気になった。
ゾンビとなったネズミに噛まれたことにより、傷口から呪いが入り込んでしまったのだ。
呪いは妹の体を蝕んでいる。
何の対処もしなければ、妹は呪いによって魔物になってしまう。
体が死んで、魂が抜け出し、しかしそれでも活動をやめないアンデッドになるのだ。
治すには高位神官の治療を受けるか、薬を飲むしかない。
しかし問題となるのはお金、あるいは薬を作るための材料。
神官にしても、薬にしても、特殊な病気を治すためにはお金がかかってしまう。
材料を集めるにしてもお金がかかるし、材料はそこら辺にあるものでもない。
だから私は仕事を辞めた。
「クリアスちゃん、本当に辞めちゃうんだね?」
「はい……それしか方法がないので」
私は酒場で働いていた。
自慢じゃないけどそこそこ人気があって、それなりに良い給料はもらっていた。
決して贅沢はできないが、妹と二人で慎ましく暮らすぐらいなら何の問題もないぐらいだった。
でも、それじゃあ足りない。
妹を助けるためには、もっとお金が必要だ。
「冒険者か……危ない仕事だよ?」
酒場のマスターが心配したような顔を向けてくる。
これまで妹を含めて良くしてくれた人なので、辞めるのは忍びない。
マスターの心配もよく分かる。
私も、怖い。
「……でも、やるんだね。辛くなったらいつでも戻っておいで」
正直に言うと、やりたくない。
でも妹を助けるためのお金を稼ぎ、材料を探すためには仕方ない選択なのだ。
一発逆転の冒険者に私は、なるしかなかった。
口に出すと覚悟が揺らぎそうで、辛いとも大丈夫とも言えなくて、ただただ悲しそうな顔をする私にマスターも悲しそうに微笑んでいた。
右も左も分からない。
そんな私を、酒場の常連の二人が助けてくれることになった。
まずは自分のパートナーとなる魔物を見つけることが冒険者としての手始めだ。
「一般的なのは弱らせて味方にすることだ。時に相性が良かったり、賢くて向こうから来てくれることもあるが、期待はしない方がいい」
時々いやらしい目をして見てくるので苦手な人だったけれど、他に頼れるような人もいなくて冒険者のことを教えてもらう。
普通の人だとあまり縁がないけれど、冒険者たちは魔物を従えて活動する場合が多い。
魔物を弱らせて、魔法で従属させる。
なので酒場でも、冒険者が魔物を連れて酒を飲んでいることも多い。
魔物を捕まえることが冒険者としての第一歩であり、信頼できる仲間を得ることが必須でもあるといえるのだ。
「難しいことはない。俺たちがいるから魔物を捕まえてちょっと弱らせれば契約できるだろう」
最初の試練として自分で魔物を捕まえてこいということもあるらしいけど、常連のおじさんは手伝ってくれると言った。
弱い魔物が多い森にやってきた。
あまり倒すべき魔物もいないので人が少なく、魔物の捕獲に集中できると説明された。
少し前に雨が降ったからか、森の中はややひんやりとしていて、重たい湿った空気をしている。
私は緊張して杖を握り締め、常連のおじさんたちについていく。
後ろは常連のおじさんたちの魔物が警戒してくれている。
こうして協力できるから、魔物を従えられるということは強いのだ。
自分も頼もしい仲間が欲しい。
「そろそろ……いいか?」
「ああ、人気はない」
常連のおじさんたちがボソボソと何かを話している。
私はそれを疑うこともない。
「何か、あるんですか?」
無邪気に声をかけた。
常連のおじさんたちが振り返るが、二人とも怖い目をしていて、私は一歩後ずさる。
「……俺はよ。ずっと目をつけてたんだ」
「何を……ですか?」
「お前にさ」
明らかに雰囲気が変わった。
ニコニコとして優しそうな笑顔を浮かべていたのに、今は私のことを視線で舐め回すように上から下までジロジロと見てきたのである。
気色が悪い。
すごく嫌な予感がする。
「おっと……逃さねえよ?」
後ずさる私が振り返ると、常連のおじさんたちの魔物がいる。
「いたっ!」
「この綺麗な銀髪も……男をそそる」
髪を掴まれて、私は痛みに顔を歪める。
私も純粋無垢な生娘ではない。
しかし常連のおじさんたちが何をしようとしているのか察して、自分が何も知らない小娘だったことを今この時に知った。
「いや! 放して!」
「おっと、抵抗するな」
私の髪を掴むややふくよかな常連のおじさんに、抵抗しようとした杖も取り上げられてしまう。
胸に恐怖が広がる。
「逃げられねえよ。四対一だぜ」
ふくよかな常連のおじさんはニタリと笑う。
常連のおじさんたちには、魔物が一体ずついる。
大人二人だけでも私にとっては絶望的なのに、魔物までいては逃げることなんてできないだろう。
ここまで来ても、他の人も見かけなかった。
助けが来てくれることも絶望的だろう。
「うっ!」
「お前、手を押さえてろ!」
地面に無理矢理押し倒される。
細身の常連のおじさんが私の手首を掴んで、地面に押さえつける。
ほんのりと湿った地面に転がされて背中に水が染みてくる。
「お前らは周り警戒してろ。人や魔物が来ないようにな」
ふくよかな常連のおじさんが私に馬乗りになりながら魔物に命令を出す。
「お願い! こんなことやめて!」
「ああ、心配するな。初心者の冒険者が何か失敗していなくなるのはよくあることだ」
「そんな……」
私はどうにか説得しようとしたが、ふくよかな常連のおじさんがどうやって私のことを処理しようとしてるのか知って血の気が引いた。
最後には殺すつもりなんだ。
「いやっ!」
「へへへ……綺麗な肌してやがるぜ。普段行ってる娼館のブスどもとは比べ物にならないな」
服が破かれる。
気持ち悪さと恥ずかしさと恐怖で、押さえつけられた手が震える。
馬乗りになられてちゃんとした抵抗もできない。
叫んでも、声は虚しく森に響くのみ。
「さぁてと」
ふくよかな常連のおじさんがベルトを外そうする。
何でこんなことになったのか分からなくて涙が出てくる。
「誰か……助けて……」
男二人に押さえつけられて、抵抗らしい抵抗もできない私は神にもすがる思いで助けを叫ぶ。
「……なんだ?」
そんな時に茂みがガサガサと音を立てた。
ふくよかな常連のおじさんが魔物に様子を見に行かせる。
「チッ……なかなか外れねえ」
馬乗りになっているためなのか、なかなかベルトが外れずに苦戦している。
「よしっ、これで……」
「おい、後ろ!」
「うし……」
細身の常連のおじさんが何かを見ている。
私からは馬乗りになっているふくよかな常連のおじさんの影で見えていない。
けれどもふくよかな常連のおじさんが急に何か呻き声をあげ、そして次の瞬間首に何かが噛みついた。
血が飛んできて私の頬に垂れる。
生温かくて、なんだか最初は分からなかった。
「なっ、なんだ!? い、いてぇよぅ!」
ふくよかな常連のおじさんが叫ぶ。
そのまま首をかじり取られたふくよかな常連のおじさんは、後ろに倒れて動かなくなった。
何が起きたのか理解ができない私は、ただただ目の前の光景を眺めることしかできない。
ふくよかな常連のおじさんが倒れて、何が襲いかかってきたのかようやく姿が見えた。
いまだに薄曇りな空の下、口元を血だらけにしたコボルトが立っていた。
濡れているせいか小さく見えるコボルトだったが、目だけはやたらと生気に満ちていた。
ギラついていて、意思の強さを感じさせる。
コボルトがスッと動いて、私は恐怖で目が逸らせなくなってしまった。
助かったとも思えず、結果的に死ぬことには変わらないんだと思った。
しかし、コボルトは私の方に来なかった。
細身の常連のおじさんの方に襲いかかり、細身の常連のおじさんの魔獣が攻撃しても気にせず首を噛みちぎる。
細身の常連のおじさんが死んだから、魔獣はただの野生の魔物に戻って逃げていく。
「な……何が……」
魔物に義理なんてない。
関係が終われば敵討ちなんてしないで自由の身なのだ。
だけど常連のおじさんたちがやられれば、後に残るのは私だけ。
先に手を出さなかったのはデザート的な扱いなのかな、なんて混乱した頭で思った。
怖くて体が動かず、逃げることもできない私の目の前でコボルトは細身の常連のおじさんの荷物を漁る。
意外な行為に驚きはあったが、何をしているのか見ていたら細身の常連のおじさんのサイフとマントを私に投げ渡してきた。
同じくふくよかな常連のおじさんのサイフもくれる。
最後には、コボルトが何か喋ったように見えた。
「私を襲わないの……?」
思わず疑問が口に出る。
変に話せば狙われるかもしれないのに、襲われるような気がしなくてふと言葉を漏らしてしまう。
「分から……ないよ」
何かを答えたような感じもしたが、唸るような鳴き声は言葉ではない。
理解ができずに首を振ると、コボルトは一瞬牙を見せて怪訝そうな顔をして私の前を立ち去ろうとする。
「あっ……!」
ふらつくコボルトが倒れる。
手すらつかないでひどい倒れ方をして、私は思わず心配してしまう。
そのまま動かなくなって、死んじゃったのかなって覗き込む。
体にマントを巻きつけて、私はコボルトに慎重に近づく。
「コボルト……さん?」
一応命の恩人だ。
魔物であっても助けてはくれたので、見捨てるのは申し訳ない。
「どうしよう……」
服も破かれているし、一度帰ろうとは思う。
ただコボルトをこのままにしていいのか判断できない。
私は手に持ったサイフを見る。
ずっしりと手にかかる重みを感じる。
多少はお金が入っているようだ。
コボルトはそれを私にくれた。
ただ見逃してくれただけならきっとサイフのことなんか頭にもなく、森から逃げ帰っていたことだろう。
このコボルトは少し賢い。
そしてちょっと強そう。
「よいしょ……」
私はコボルトの足を脇に抱えるようにして掴んだ。
このまま放置してはいけない。
どうしてそうしようと思ったのか分からないけれど、助けなきゃいけない気がした。
もしかしたら運命の出会いなんてことを思ったのかもしれない。
従えてもいないのに、人を助けるコボルトなんて聞いたこともない。
もしかしたらすごい魔物なのかもしれないなどという、ほんの少しの打算もあった。
でもやっぱり、命の恩人、もとい命の恩魔物だから。
泥にまみれた私は、泥にまみれたコボルトを何とか家まで引きずって帰ったのだった。
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後書き
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