弱音2
「ふふん、流石コボルトさんですね」
クリアスは自分のことのように嬉しそうに頷く。
スキルを試すのもここではできない。
試すのは後回しにして、俺の魔獣登録だけをして家に帰る。
「ふふーん」
強くなったことよりも俺が俺のままでいたことが嬉しいらしくて、クリアスの足取りは軽い。
俺の腕問題も解決して、クリアスの心にのしかかっていた罪悪感も一気になくなった。
代わりに四足歩行魔物になってしまったという問題はあるものの、それは俺の内心での問題である。
今のところ合成によるメリットはかなり大きいと分かった。
死ななきゃ合成で体を新しくして生き残る可能性もあるし、別の魔物として強くなれる、さらにはスキルまで獲得できるとなればメリットだらけでしかない。
合成中における選択肢っぽいものが何なのかまだ判然としないものの、俺に害のあるものではない。
次はさっさと選んでやる。
「カリーン! 聞いてよ! コボルトさんがね……カリン!」
帰ってきて、クリアスはカリンに俺が俺のままだったと報告しようとした。
静かだなと思って部屋を覗き込むとカリンが倒れていた。
クリアスが手に持っていた杖を落とす。
「カリン……カリン、大丈夫?」
「あ……お姉ちゃん……」
一気に顔を青くしたクリアスがカリンに駆け寄って、震える手で肩を揺する。
わずかに反応を見せたのでそっと抱き起こすと、カリンはクリアスよりも青い顔をしていた。
俺は前に襲われたことを覚えていて、一応何があってもいいように警戒しておく。
「薬……飲んだんだけどな……」
「私……薬師の先生を呼んできます! コボルトさん、カリンのこと見ててください!」
俺とクリアスでカリンをベッドに寝かせると、カリンは走って家を出ていく。
見ててくれと言われてもどうしたらいいのか。
しょうがないから俺はベッド脇にお座りしてカリンの顔を眺める。
「あんた……コボルトさんだよね?」
ハアハアと苦しそうに息をするカリンは俺に視線を向けた。
手があるなら濡れタオルでも乗せてやるのに、何もできないのがもどかしい。
「お姉ちゃんがコボルトさんって呼んでたし……その生意気な目……コボルトさんとおんなじ」
カリンは俺の目を覗き込むように見ている。
ここ数日不安定だったクリアスの機嫌がすこぶる良く、俺のことをコボルトさんと呼んでいれば何が起きたのか予想もできる。
ただそれだけじゃなく、カリンは俺の目にコボルトの時と変わらぬものを見ていたらしい。
「ねぇ……私……死ぬのかな?」
カリンは天井を見つめて、言葉を投げかける。
俺からの答えなどないことは分かっているのだろう。
「時々ね、胸がギューって苦しくなって、指先が冷たくなって、体の自由が効かなくなって、目の前が暗くなるんだ……このまま死んじゃうんだって思ったこともある」
カリンの声は震えていて、普段のような明るさはない。
「死にたくないよ……まだまだ美味しいもの食べたいし、遊びたいし、恋だってしたいし……お姉ちゃんとも一緒にいたい」
カリンの目から涙が流れる。
俺はどうしたらいいのか分からなくて、ただカリンの横顔を見つめていた。
こんな時には言葉がないと、何の慰めもカリンにしてやることができない。
あの三択の中で、話せる魔物はいたのかなと頭の隅で考えた。
「でもさ……私さ…………お姉ちゃんの邪魔じゃないのかな……」
だいぶ精神的にも弱っているようで、カリンは胸の内を吐き出し続ける。
「私がいなきゃお姉ちゃんは幸せに暮らせる……仕事あったし、お姉ちゃん美人だし、きっと相手見つけて幸せになれる。私がいるせいでお姉ちゃんの人生の足を私が引っ張って……ふぎゃっ!」
それ以上はいけない。
そう思った俺はゆっくりと立ち上がるとカリンの顔面に肉球を落とした。
ずっしりむっちりとした肉球は意外と大きく、カリンの鼻が肉球に潰されてムニムニと形を変える。
「‘俺はそんなことないと思うけどな’」
カリンがクリアスの足を引っ張っているとかそんなことはないだろう。
実質的にはそうかもしれないが、クリアスがそんな風に思っていることは絶対にない。
「‘生きることを諦める理由にクリアスを持ち出すな’」
カリンが命を諦めてしまうことは自由だ、と俺は否定するつもりもない。
俺は諦めないが、辛い状況やどうしようもない時に諦めてしまうこともあるだろう。
自分がそうしないからと他人にそれを押し付けることはない。
諦めてもいい。
でも、諦める理由にクリアスを使うのはいただけない。
クリアスはカリンのために頑張っている。
安定した仕事を捨て、冒険者として危険なダンジョンに挑んでいる。
そんなクリアスの努力を否定するように、クリアスの足を引っ張るから命を諦めるということは俺が許さない。
「む……う……何すんのよ!」
カリンが両手で俺の肉球を払う。
ほんの少しだけカリンの顔色にも色味が戻ってきた。
「…………あんたって、ほんと生意気。そんな目で見ないでよ………………ごめん」
俺が見つめているとカリンは反省したように項垂れた。
消え入りそうな謝罪も今の俺のミミなら聞こえている。
「本当に、死にたくはないんだよ……でも、私に何かあったらさ、お姉ちゃんのこと、お願いね」
「‘はぁ……’」
「何、そのため息?」
「‘そんなことお願いする前に、生きてみせるとでも言ってみろ’」
「なんか、そのやれやれみたいなの、ムカつくんですけど」
俺はため息をつきながら首を振る。
クリアスを心配するなら、クリアスを理由にして生き延びてやるとでも言えばいい。
そっちなら応援してやる。




