弱肉強食の世界5
「‘分からないが、いいということか?’」
親のホーンフォックスはチラリと子供たちを見た。
そして、再び俺を見て小さく鳴いた。
「‘受けるなら、あの子の前に’」
クリアスが契約しなければ合成もできない。
本当に話を理解しているならクリアスに忠誠を誓って契約する必要がある。
親のホーンフォックスが体を引きずるようにして、クリアスの方に向い始める。
一歩ごとにホーンフォックスの体から血が垂れ、足取りはフラフラとして限界の近さを感じさせる。
子供のホーンフォックスがキュンキュンと鳴く。
行かないでと言っているようだ。
クリアスからしてみれば、俺も含めて魔物同士の鳴き声の応酬に見えているのだろうかと少し気になった。
「コ、コボルトさん……これって」
親のホーンフォックスが子供のホーンフォックスの方を向いて一鳴きする。
子供のホーンフォックスは鳴くのをやめて、親のホーンフォックスと見つめ合う。
また親のホーンフォックスが一鳴き。
そして俺を見る。
「‘ああ、そういうことか’」
「コボルトさん?」
俺はクリアスが背負う荷物の中から干し肉を取り出す。
クリアスには悪いが全部くれてやる。
包みを開いて干し肉を子供のホーンフォックスの前に置く。
親のホーンフォックスが鳴くと、子供のホーンフォックスは干し肉を咥えて離れていく。
少し離れるとチラリとこちらを振り向き、そんなことを何度か繰り返して、やがて姿が見えなくなる。
「コボルトさん……」
「‘クリアス、泣くなよ……’」
親子の別れ。
もう二度と会うことがないだろう。
短い鳴き声にどんな意味が込められているのか、俺もクリアスも分からない。
しかしホーンフォックスたちは全てを理解して、受け入れた。
親のホーンフォックスはもはや助からないことを悟って自らを差し出し、子供のホーンフォックスたちは親の最後の献身を受け取った。
それを理解したクリアスはウルウルとした目をしている。
親子の別れは、クリアスにとって決して遠い話ではない。
子供のホーンフォックスの気持ちが痛いほどに理解できてしまうのだろう。
それでも泣かないと杖を強く握りしめて涙を堪えている。
「‘早く契約するぞ’」
俺はクリアスの目を見つめる。
「ぐすっ……分かりました!」
手は震えていたが、クリアスもホーンフォックスの思いを汲み取って前を向く。
ホーンフォックスの覚悟を無駄にはできない。
俺がホーンフォックスに視線を向けるとクリアスも大きく頷いた。
「汝、我が求めに応じたまえ!」
短く省略した契約魔法の呪文を口にすると、ホーンフォックスの下に魔法陣が展開される。
魔法陣の魔力が赤く光って、ホーンフォックスの体に吸い込まれていく。
クリアスの瞳にも魔法陣が浮かび、光を放つ。
「‘これが契約か’」
外から見るのは初めてだが、不思議なものだ。
今回もホーンフォックスを説得しての契約なので、通常とはちょっと違うのかもしれない。
クリアスとホーンフォックスの間に渦巻く魔力が、俺のヒゲをザワザワとさせる。
あっさりと契約が終わって、魔法陣が消えていってしまった。
「成功しました!」
無事契約を交わすことができた。
クリアスは安心したように息を吐き出す。
「‘さて……次はコイツを連れてさっさと行かないとな’」
合成用の魔獣は確保した。
けれども問題は死にかけということだ。
ホーンフォックスが死ぬ前に、合成してしまわねばならない。
覚悟はしていた。
だが合成が思ったよりも目の前に迫っていたのだった。
胸を締め付けるような不安を無視するように、俺は布を取り出してホーンフォックスを包んで運ぶ準備をし始めた。
親のホーンフォックスと目が合った。
何を感じているのか、何を考えているのか分からない。
ただ胸に小さな罪悪感が刺さっている。
けれども、そんな痛みも乗り越えて強くならねばならない。
俺がホーンフォックスの思いの分まで背負って前に進むのだ。
ホーンフォックスは意外と重い。
血の臭いは俺の本能を刺激するようで、一人で抱えるのは少し大変で、クリアスと二人でホーンフォックスを抱えて移動したのだった。




