帰り道
「脱出です!」
「‘探すと意外とないもんだな’」
俺とクリアスはダンジョンから出てきた。
自然の風が毛を撫でる。
出口、あるいは入り口となっている魔法陣は何カ所か存在している。
入ってきたのとは別の場所から出ようと探してみると、案外見つからないものだ。
ようやく見つけたので、ダンジョンから抜け出せた。
ダンジョンに入った時にはあまり何も思わなかったが、いざ出てみると肩が軽くなったような感じがする。
「さて、帰りましょうか」
俺とクリアスが出てきたのが意外だったのか、入る時に色々言っていた冒険者は驚いている顔をしていた。
何もできないコボルトと何もできない小娘だと思っていたのだろう。
だが一度は帰ってくることができた。
たった一度の幸運なのか、あるいは実力によるものなのか。
それはこれから証明していかねばならない。
ダンジョンに挑み、無事に帰ってくる。
言葉にすると単純だけど、これを最後まで何度もやり遂げられる人の数は決して多くない。
「あそこで売ってしまう、というのも一つの手ですけど、やっぱりちゃんとしたところで売る方がぼったくりにも遭わずにいいんですよ!」
ダンジョンから無事帰れた開放感からかクリアスも上機嫌だ。
帰ろうというが、まっすぐ家に向かっているわけじゃない。
向かっているのは冒険者ギルドだ。
魔物を倒して手に入れた素材を売りにいく。
素材は持っていても勝手にお金になってくれない。
誰かに売らねばならないのだ。
「ふふ、博識でしょう? 酒場で働いていた時に色々な話を聞きましたからね。色々覚えていたんです!」
上機嫌なクリアスはいつにも増して饒舌だ。
「‘おしゃべりが好きだな……’」
それなりに魔法も使っていたのに疲弊している様子もない。
結構魔法に関して扱えるだけでなく、魔力の量においても優秀なようだ。
相変わらず冒険者ギルドは混んでいる。
買い取りと書かれている受付に行って、魔物の素材を提出する。
「あんまり高値にはならないと思いますけど……それでも結構倒しましたもんね」
オプリクアダンジョンの一階はあまり人気がない。
魔物は弱いが、ドロップ品も少なくてドロップした素材も買取価格が安いからだ。
だがその分攻略する人も少なくて、魔物の数そのものは意外といた。
持って行った袋がいっぱいになるほどの素材を手に入れた。
まとめて売れば安くても多少の金額にはなるかもしれないと期待はしている。
「あっ、呼ばれましたね」
受付の人が素材を裏に持って行って、少し待っていると査定を終えてクリアスが呼ばれる。
「まあ、やっぱり……って感じですね」
買い取ってもらったお金はそんなに多くなかった。
予想はしていたけど、少なかったなとクリアスは笑う。
「……何か甘いものでも買いましょうか。二人で頑張った……初めてですもんね」
お金の入った袋を手にクリアスはニコニコとしている。
少し贅沢すればすぐになくなってしまうような金額だけど、クリアスにとっては一生残るような初めての思い出なのかもしれない。
「カリンには内緒ですよ」
焼き菓子を買って、二人で食べながら帰る。
クリアスは唇に指を当ててイタズラっぽい表情を浮かべる。
高くはないけど、何枚か入っている焼き菓子のほんのりとした甘い香りが鼻に漂ってくる。
コボルトになって初めてといっていいぐらいの甘いものだ。
疲れた体に甘いものは染み渡る。
「私とコボルトさんの初めて。私とコボルトさんの……秘密です」
夕焼けに照らされたクリアスの頬は少し赤くなっていた。
多分、夕焼けじゃなくて、臭いセリフを言ってしまった照れ臭さ。
誤魔化すようにクリアスも口に焼き菓子を放り込む。
「‘秘密か……悪くはないな’」
多分クリアスの俺に対する態度は魔獣におけるものとしてかなり特殊だろうと感じている。
だがあたかも人と接するかのように心を砕いてくれるクリアスの優しさは、俺の人としての部分を守ってくれているような温かさがある。
「一個くれるんですか?」
甘いものは嫌いじゃない。
だけど、クリアスも美味しそうに食べているので一個ポンと手に乗せて渡す。
「ありがとうございます、コボルトさん」
このままダンジョンを攻略できれば一番だ。
今のところは攻略できそうな気がしていた。
次も帰る。
ただの運じゃなく、実力であると証明し続け、また焼き菓子でも食べるのだ。




