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魔物に転生した俺は、優しい彼女と人間に戻る旅へ出る〜たとえ合成されても、心は俺のまま〜  作者: 犬型大


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妹の異常2

「‘初学的なものもあるのか’」


 タイトルを見る感じでは、分かりやすい魔法解説書もある。


「‘……これを覚えれば魔法が使えるかもな’」


 言葉を理解することができて、内容を理解する頭がある。

 魔法について理解できれば魔法を使うこともできるのではないか。


 ちょっとだけ期待のようなものを抱く。

 コボルトでも多少戦えるかもしれないというほんの少しの希望が胸に宿る。


「‘だがそのために必要なものが足りない……’」


 しかしすぐに熱は冷めていき、俺は自分の手に視線を落とす。

 魔法に必要なもの。


 知識や技術も当然であるが、魔法を発動させるための魔力が必要になる。

 ただコボルトの体に宿っている魔力は驚くほど少ない。


 思わずため息を漏らしてしまうほどに。

 身体的な能力としては、魔物的なしなやかさを兼ね備えている。


 決してそれも誇れるほどのものではないが、意外と悪くもない。

 しかし致命的なまでに魔力が少ないのだ。


 やはりどうしても魔力の多い少ないが強さにも直結してくる。

 魔力の少なさがコボルトを弱い魔物にしていた。


「‘頭も知識もあっても……体が使えないんじゃな。つくづくコボルトってやつは……’」


 魔法を使う上で必要な魔力が足りないと、ため息が出てしまう。

 どうにかして魔法を使ったところで一発放てば、魔力不足に陥って戦闘不能になってしまう。


 覚えても魔法が戦いの選択肢に入らないのだ。


「‘合成……いや、リスクがデカい’」


 頭の中で合成という言葉がチラつく。

 違う魔物になれば、もう少し可能性があるかもしれない。


 ただ合成に賭けるなんてリスクが大きすぎる。

 ひとまず魔法のことは後回しだ。


 使えないものを覚えようとしても時間の無駄になってしまう。

 他の本を探そう。


 クリアスの部屋には魔法関連の本しかないので、他の部屋に向かってみた。


「‘おっ、ここには本があるな’」


 料理の匂いが漂ってきている。

 勝手に増えるよだれを飲み込みながら他の部屋を覗き込むと、大きな本棚いっぱいに本が並んでいた。


「‘ここはなんの部屋だ? 客間じゃない……親、か?’」


 ベッドや机、クローゼットなど一通りの家具がある。

 大きな家ならお客を泊めるための部屋もあるが、そんな感じではない。


 誰かが使っていたような気配を感じる。

 クリアスの親の部屋かもしれない。


 クリアスもカリンもまだ若い。

 年齢的には親もまだ生きていても全然不思議なことはなく、それならば親の部屋な可能性があった。


 ただ今のところ二人の親を見たことはない。


「‘妹だけじゃない苦労もあるんだろうな……’」


 クリアスが一人で頑張ろうとしているところを見れば、親が今どうしているのかは想像がつく。


「‘何があったのか知らないけど、大変だな’」


 棚の本を眺めながら軽くため息を漏らす。

 カリンのことも含めて同情するぐらいの心は残っている。


「‘ええと……こっちも魔法書っぽいのが多いな……’」


「ああああああっ!」


「‘なんだ!?’」


 突如として声が聞こえてきた。

 家中に響き渡るような声は悲鳴ではなく、何か雄叫びのよう。


 明らかに家の中から聞こえた異様な声のところに俺は向かった。


「‘カリン……!?’」


 声の主はクリアスではなく、カリン。

 ベッドの上に立つカリンの様子はなんだかおかしい。


 ややうつむき気味で、俺に背を向けて立っているので表情は分からない。

 少し震えていて、うつむき気味なことも合わせて泣いているようにも見える。

 

 ただカリンから感じられる気配は異様で、背中の毛が逆立つようにゾワゾワとする。


「‘おいおい……なんだってんだよ……’」


 振り向いたカリンの目は黒く染まっている。


「‘はやっ……! ぐぅっ!?’」


 カリンは俺に飛びかかってきた。

 あまりに突然の出来事に反応しきれなかった俺は、カリンの手に首を掴まれて、壁に叩きつけられる。


 背中に衝撃が駆け抜け、驚きと痛みに顔が歪む。

 コボルトは小柄であり、だいぶ軽い方だろう。


 それでも生き物なので相応の重さがある。

 女の子が片手で持ち上げて、壁に叩きつけるのは少し大変なはずなのだ。


 壁に叩きつける力も強い。

 かなり痛くて視界がチラつく。


 衝撃で肺の空気が勝手に出て行って、うめき声が小さく漏れる。

 本を探して少し眠たくなっていた頭が一気に覚める思いだ。


「‘ぐっ……’」


 カリンに何が起きているかなんて考えている余裕はない。

 俺は今そのまま壁に押し付けられて、首を絞められている。


 情けなくも病気の女の子の手を振り解くこともできず、カリンの手が首に食い込んでいく。

 俺のことをよく思っていなかったとしても、流石にこれはやりすぎだ。


 カリンは小さく唸るような声を漏らしている。

 少なくとも正気ではない。


「‘この……’」


 ただこのままでは死んでしまう。

 手を振り払えないのなら反撃するしかない。


 俺は腰に身につけてあるナイフに手を伸ばす。

 クリアスには悪いが、少しばかりカリンのことを傷つけて脱しようと考えた。


「‘襲ってきたお前が悪いんだぜ……!’」


 ナイフの柄を握りしめて、軽く腕でも突き刺そうとした。

 その時だった。


「コボルトさん待って! ウォーターバインド!」


 カリンの後ろから、クリアスの慌てたような声が聞こえてきた。

 床に青く光る魔法陣が広がる。


 魔法陣から細く水が噴き出してきて、触手のようにカリンの体に絡みつく。


「カリン……薬飲んでないのね!」


 クリアスはエプロンをつけたまま、杖を手にしていた。

 カリンが水に拘束されて、壁に押し付ける力が弱くなる。


 その隙をついて俺はカリンの手から抜け出した。


「‘ゲホッ!’」


 息を思い切り吸い込む。

 安全だと思っていた家の中でこんなことになるなんて予想外だ。


 やはりこの世界に安全な場所などないのだ。

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