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魔物に転生した俺は、優しい彼女と人間に戻る旅へ出る〜たとえ合成されても、心は俺のまま〜  作者: 犬型大


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毛深くて、汚くて、ギラついた目のモンスターなヒーロー1

「追いかけろ!」


「さっさと捕まえるんだ!」


 俺、伊月楽イズキラクは気づいたらモンスターになっていた。

 いつのまにか知らない世界でモンスターとして目覚めた。


 夢も希望もなく、ただひたすらに過酷な世界に、なんのチートもない。

 最強のモンスターなら良かったかもしれない。


 しかし俺が転生したのは、コボルトというモンスター。

 情けない二足歩行の犬に過ぎない。


 そんなモンスターになったら、他のモンスターの餌でしかない。

 死を覚悟せねばならないような過酷さに毎日さらされる。

 

 人としての思考が残る俺はコボルトの群れから浮いて、追い出された。

 必要だということを心で理解していても、他の魔物が残した腐りかけの死肉は食えなかったのだ。

 

 右も左も分からない世界で、俺はあっという間に独りぼっちの存在として置き去りにされた。

 寂しさなんて感じないと思っていたのに、独りになると胸の奥を引っ掻くような冷たい心細さに襲われた。


「‘くそっ……ふざけんな!’」


 ただ、今は寂しさなんてものを感じている暇もなく、俺は走る。

 森の中をただひたすらに、足を動かす。


 もはや体力の限界を迎えて肺が焼き切れるように痛む。

 それでも、このまま立ち止まってしまうと死ぬ。


 その恐怖だけが、泥のように重たい足を動かしていた。

 軽く振り向くと後ろにはウルフが数匹いて、さらに後ろには男が二人。


「‘このやろう……!’」


 ウルフの足ならコボルトになんてすぐに追いつけるはずだ。

 なのにウルフは一定の距離を保ったまま変わらない。


 狩りを楽しんでいるのか、あるいは獲物が弱るのを待っているのか。

 どちらにしても悪趣味なやり方だと舌打ちしてしまう。


 ただ、限界はとっくの昔に迎えている。

 まともに飯もなく、元より貧弱な体でよく走った方だ。


 喉が張り付いてしまったように呼吸が苦しい。


「‘なんでモンスターが人間の言うこと聞いてるんだよ!’」


 なぜウルフが人間に従う?

 それもまた謎だ。


 俺の中の常識ではモンスターと人間は不倶戴天の敵である。

 ウルフと人間の奇妙な共闘は俺の常識に衝撃を与えていた。


 なのに人間はウルフに命令を下し、ウルフはそれに従って俺のことを追いかける。


「‘……もう諦めてもいいのかもしれないな’」


 コボルトになってから何日経ったのかも分からない。

 そんなに長く経っていないと思う。


 でもこの世界はあまりにも過酷に俺のことを追い詰める。

 下層の魔物であるコボルトは、常に強者の目から隠れて怯えて生きる。

 

 群れから孤立してしまうと、一日一日命あることに感謝するぐらいに世界の冷たさが身に染みる。

 独りで戦うしか生き残る道はないのだ。


「‘死にたくない! でも……もう疲れた……’」


 本心はたとえ魔物の身になったとしても生きていたいと思うのだが、体が悲鳴を上げている。

 もう走れないと脳が警鐘を鳴らす。

 

 諦めれば楽になるという思いが、生きたいという想いを黒く塗りつぶしていこうとする。


「‘あっ……’」


 走る中で思考すら鈍っていく。

 そのせいで、俺は足元の木の根に気付くのが遅れた。

 

 とっさに高く足を上げることすらできなくて、思い切り木の根に足を引っ掛けてしまう。

 手をついても転倒の勢いを殺すことができない。


 俺は地面を転がる。


「‘ぐっ!’」


 木にぶつかる。

 勢いが、ようやく止まった。

 

 衝突の痛みが元々感じていた体の疲労と重なり合う。

 痛みが疲労によるものなのか、それとも木にぶつかったものなのか区別もつかない。


 ただ痛いということだけが、生きていることのわずかな自覚となっている。


「‘……ちくしょう’」


 舞い上がる土と苔が混ざり合って、視界がグルグルと回転する。

 その中で、ウルフが音も無く近づいてくるのが見えた。


 追いついたウルフどもは俺を取り囲むようにして、ただエサを見る目をしている。

 止まってしまうと、足の痛みが強くなっていく。


 呼吸は荒くなっていて整うような様子もない。

 打開する方法を考えたくとも、鈍った思考は全身の痛みに蝕まれる。

 

 引き離された人間を待っているのか、ウルフはすぐに襲いかかってこない。


「‘近づくな、犬ども……’」


 犬は自分も同じだなと思いながらも、俺は腰のナイフを抜く。

 錆だらけのナイフの臭いが鼻をつく。

 

 ウルフの牙にも劣っている。

 だが、コボルトの貧弱な爪や牙よりはいくらか優れている武器だ。

 

 いつでも噛み殺せる。

 そんなふうな目をしながらウルフは俺の様子を窺う。


「‘ふざけやがって……’」


 こうなる前の体だったならと、俺は情けなさと怒りに歯ぎしりする。

 指一本でもウルフなんて殺せた。


 だが今は錆だらけのナイフを向けて精一杯の虚勢を張ることしかできない。


「‘どうにか逃げないと……’」


 そんなに重くないナイフですら持っているのが厳しいような状態でも、頭の奥底では生きたいという本能の声が絶えない。

 人間が来る前に逃げなきゃ殺される。


 俺は少しでもウルフから距離を取ろうと、木に沿って動こうとする。

 動いているというのもおこがましいぐらい。


 必死に動こうとしても体は揺れている程度。

 それでも逃げようとはしている。


「‘うっ!’」

 

 体を動かそうとして、少し離れたところに手を伸ばした。

 だが想定していた場所に地面がなく、俺はそのまま倒れ込むようにして転がり落ちてしまう。


 ウルフも俺が突然消えたと狼狽えて、軽く困惑した声を出す。


「‘くっ……なんだ、これ’」


 頭を打ちつけて、俺は顔をしかめる。

 体が逆さまになっているとすぐに気づいた。


 俺はどうにか体を元に戻そうと足掻く。

 必死に、モゾモゾと。


「‘うっ、くっ’」


 体を動かして、俺はどうにか体を戻した。


「‘……木の根元に空洞があったのか’」


 周りが暗く、顔を上げると光が差し込んでいる。

 よく周りのことを観察すると、木の根っこに抱かれたような狭い空間の中に転がり落ちていた。


 どうやら木の根元に根っこで出来た空洞があったようで、そこにたまたま落ちたらしい。


「お前ら何してる! コボルトはどこ行った!」


 穴の外から声が聞こえてくる。

 俺はどこかに行ってくれないかと期待しながら息を殺す。


「あんなモンスターほっといてもいいんじゃないか?」


「一体でも多く合成の素材はいたほうがいいだろ」


「‘合成……? なんだそれ’」


 あまり聞き慣れない言葉を耳にして、俺は眉をひそめる。

 合成なんてもの聞いたことがない。


 なんの会話をしているのか気になって、聞き耳を立てる。


「コボルトなんて合成したら弱くなっちまうかもしれないだろ」


「流石にそこまでじゃないだろ。必要ならもう一体ぐらい弱いの捕まえて適当に合成してもいいかもな」


「チッ……あの野郎が酒飲みながらモンスター自慢のしやがるからこんな目に」


「たまたま合成がうまくいって強いモンスター手に入れたからっていい気になりやがって、あいつ! 俺も合成して強いモンスターを手に入れて、良い酒でも飲んでやるよ」


 当たり前のように合成という言葉が飛び交うが、俺はそんなどんなものなのか想像できない。

 もっと頭がまともに働いている時なら分かったのかもしれない。


 だがどの道、俺が知っているような概念ではなさそうだ。


「それも捕まえられたらの話……おっ? なんだ?」


「‘うわっ!? ナ、ナイフは……!’」


 消えたわけではなく、少し穴に落ちただけ。

 ウルフだってすぐに気づく。


 吠えるウルフが頭を突っ込んできて、俺は手にナイフを持っていないことに気づいた。

 空洞に落ちた時に、手放してしまった。


 薄暗くてどこにナイフがあるのか見えず、地面をまさぐってナイフを探す。

 ウルフの鼻先が俺の鼻先にくっつきそうになり、吠える口元からよだれが飛んでくる。


 ウルフの声に本能が命の危機を感じて、ゾワゾワと背中の毛が逆立つ。


「‘あった……!’」


 鼻先が噛み砕かれそうになっている俺の手に、固いものが触れる。

 刃を握らないように気をつけてナイフを掴む。


「‘あっちいけ!’」


 俺はナイフを振って、ウルフの鼻先を斬りつける。

 キャインと鳴き声が聞こえて、ウルフが下がっていく。


「‘来んなら来てみやがれ……’」


 ウルフが顔を引っ込めたことにほんのわずかな安堵を感じる。

 それでも追い詰められたことに変わりはない。


「‘来れるもんならな……’」

 

 運が良かった。

 空洞は俺が入るといっぱいなぐらいの広さしかない。

 

 入り口は狭くて、俺よりも大柄なウルフだと入ることも難しい。

 せいぜい頭を突っ込むぐらいだ。


「チッ、こんなところに隠れてやがるのか!」


「うっ! この野郎!」


 人間の手が突っ込まれて、俺は同じくナイフで斬りつける。

 腕を斬られた男は慌てて腕を引く。


 男たちは顔をしかめて、穴のことを睨みつける。


「‘根比べといこうぜ……お前らが諦めるのが先か……俺がくたばるのが先かだ’」


 俺はナイフの短い柄を両手で握り締め、目をぎらつかせた。

 木の根に背中を預け、ウルフと人間を警戒する。


 ウルフが顔を突っ込み、俺がナイフで撃退するということを何回か繰り返すとウルフも顔を突っ込むことをやめた。

 それでもまだ空洞の外にはウルフと人間の気配を感じる。


 獲物が抵抗できなくなるまで弱るのを待っているのだ。

 だが俺は耐える。


 歯を食いしばり、腹が空いて喉が渇いてもナイフを手に動かず、ウルフを警戒し続けた。

 空洞から殺気だった空気が漏れ出す。


 命の危機に晒されて鋭くなった俺の目は、穴を覗き込むウルフのことを睨みつける。

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