第16話 『テレビに来ない理由』
喫茶店「コウノトリ」のカウンター。夕暮れ前。コーヒーの香りとジャズだけが店内を漂う。
拓真:「なあ陽真、テレビってさ、なんで普通の人には来てくれへんのやろな。」
陽真:「……寝起きの哲学みたいなこと言い出したな。」
拓真:「いやさ、昨日の夜中テレビで元受刑者がパン屋始めましたって番組見てん。めっちゃ感動演出されててさ。」
陽真:「生地と向き合うことで人生を立て直した男みたいなやつやろ。」
拓真:「そうそう。社会復帰した姿に胸打たれましたって街頭インタビューも流れてて、拍手喝采よ。」
陽真:「まあええ話やん。」
拓真:「いや、それ見てふと思ったんよ。毎日学校来てる俺らの方が地味にすごない?って。」
陽真:「あー、そっちか。」
拓真:「俺、1日も遅刻してへんのに、誰からも感動されてへん。」
陽真:「そら、今んとこ人生に谷がなさすぎるからやろな。」
拓真:「なあ、これだけ無難にやり続けてる俺に、そろそろ1社くらい密着取材入ってもええ頃やと思うねん。」
陽真:「普通を積み上げる者として?」
拓真:「そう。変わった過去がある人より、変わらん現在を続けてる方がレアやと思うねん。」
陽真:「じゃあ何? 明日カメラマンが登校についてくるん?」
拓真:「うん、俺が門くぐる瞬間にナレーション入るやろな。この男、15年間、何も起こしていない――」
陽真:「……一瞬でチャンネル変えられるな。」
拓真:「ひどない!? 俺が積み重ねた平穏の価値、なんでこんなに伝わらんねん!」
陽真:「平穏はな、目立った時点で平穏ちゃうねん。」
拓真:「じゃあ俺、すごくないように生きることを頑張ってる人ってことやな?」
陽真:「せやな。真面目のプロフェッショナル。でも地味すぎて見切れるタイプの。」
拓真:「なんかそれ、報われへんな……。なあ陽真、お前は将来テレビ出たいとか思ったことある?」
陽真:「俺は別に。」