第79話 勝利後の打ち上げ
ゲーム大会が終わった夜、配信者チームはホテルの宴会場で打ち上げをした。芸能人がたくさん参加するクイズ番組の休憩時間みたいに、みんな立ってあちこちに移動して料理を取ってくる形式だ。
試合に参加した12人だけでなく関係者もいるらしく、全部で20人以上いる。
お酒を呑む人はなんとなく固まっていくので必然的に未成年の僕とアリサがセットで行動することになった。
元が口数の少ない陰キャ2人なので、料理片手に壁際でぼそぼそと喋る。
「あ、これ美味しい」
「ひとくちちょうだい」
「うん。海老だけど、アリサはアレルギーとか大丈夫?」
「うん」
「あれ。ケーキ、どこにあったの?」
「んー。あげる。あーんして」
「いや、恥ずかしいでしょ……」
「でも、カズはお箸だからケーキ食べれないよ」
「そんなことないけど……」
みたいな感じで、短い言葉を交換しながら、美味しいものを食べている。
「ね。配信、ジェシーの見る?」
「あ。うん」
お腹が膨れてきたので、僕達は今日の配信を見ることにした。
自分で検索しようと思ったんだけど、アリサが僕に背を向けてもたれてきたから、支えてあげる。
しかし、僕は勝利の高揚で、重要なことをすっかり忘れていた。
アリサが動画投稿サイトYaaTubeでBattle of Duty Ⅴを検索した。今日のイベントに関連する動画がいくつも表示される。
目的の動画を探すため、アリサの指がちょことちょこと動く。
「あっ」
そして、良くも悪くもFPSで鍛えられた僕の動体視力は、スクロールされていくサムネイル画像に書かれた文字に気づく。
「アリサ。ちょっとストップ。少し戻って」
「面白そうなの、あった?」
「あ、うん」
それはサムネに『BoDⅤ優勝チームに、2年前の声優レイプ事件の犯人!』と書かれた動画だ。
姑息なことに『レイプ事件の犯人』だけ赤文字で大きく目立つように書かれている。
「これ見る?」
日本語を読めないアリサは、そこに何が書いてあるのか理解できていない。
「あ、いや、いい。それよりちょっと」
僕はアリサの肩を押して離れると、自分のスマホで検索する。
Xitterのトレンドに『声優レイプ』『犯人』が入っている。
どうしよう。わりと炎上している。
ユウシさんの仲間やファンらしき人達がSNSで拡散しているようだ。
2年前の切り抜き動画へのリンクが、数十万人に見られている。
それだけじゃない。試合の最後で僕がアリサに覆い被さってスカートの中に腕を突っこんでいる場面も、まるでお尻を撫で回しているかのように編集されて、拡散されている。
そんな……。
「カズ? どうしたの?」
「あ、いや……」
「顔が変だよ」
「変なのは顔色ね。あ、いや、別に変じゃないけど……」
アリサが僕の手首を掴み、スマホを覗きこむ。
「あーっ! カズがアリサのお尻、触ってる動画見てるー! エッチ―! いひひひひっ! エッチ! いひひひひひひっ!」
ネガティブな理由で拡散されているとは思いもしないらしく、アリサは嬉しそうに僕をからかってくる。だから、僕は彼女を心配させないように、頑張って笑顔を作る。
なんで……。
せっかく、大会で優勝できて、山分けの賞金で自分用Virtual Studio VR Ⅲが買えるようになって、明日からもいつもどおりの楽しい日々が続くと思っていたのに……。
僕は目眩がして、立っていられなくなった。
しかし、横から来た誰かが僕の腰に腕を回して、力強く支えてくれる。
「どうしたカズ。まさか酔っちゃったのか~。ん~。お姉ちゃんが、チュ~してやろうか~」
顔を赤くして目がじと目になったジェシカさんが、ん~っと、唇を近づけてくる。
しかし、すぐに僕の様子に気づいたらしく、ジェシカさんは真顔になった。
「ん? マジでどうした。アリサ、こいつどうしたの?」
「分かんない。YaaTube見て、おかしくなった」
「ん~」
どうしよう。僕はどうすれば良いのか分からなくて、フリーズしている。
ジェシカさんはアリサのスマホを受けとり、すぐに察したようだ。
「あ。あ~っ……。再生数がほしいのか、負けた腹いせか知らねえけど、ダセえことするなあ。けど、安心しろ。ここにはちょうど一発逆転、救いの女神がいる」
「え?」
ジェシカさんが炎上問題まで解決してくれるの?
絶望の中に光が見えて、希望が急速に大きくなる。
しかし、救い主は予想外の人物だった。
ジェシカさんはよく通る声で、声優の青葉さんに手を振る。
「おーい。美空ちゃーん」
「はーい。シンさま~。なんですか~」
「これ見て。ちょうどさっき聞いた話」
「あ~っ。こんなことなってるんだ~。シン様。お任せあれ。ご褒美の前借り~っ」
青葉さんの方が年上だと思うんだけど、彼女はジェシカさんに頭を向けて、撫でてもらった。
そして、「ん~っ」と満足した声を漏らすと、酔った人特有の目つきで僕を見てくる。
「私ぃ、ゲーム中に、土煙さんに言いたいことがあるって言いましたよね?」
「え?」
そういえば、地雷をもらったとき、なんか「この戦いが終わったら言いたいことがある」という、死亡フラグ的なことを言っていた気がする。あれのこと?
青葉さんはスマホを取りだして構える。
「こんばんぶる~。声優の青葉美空で~す。今話題になっている2年前の声優レイ、ピー事件について、被害者とされている本人が、ひとつだけ語りまーす」
……え?
被害者?
「あのとき勝手に忖度されて勝ちを譲られ続けて、すっごく悔しかった。私達、真剣にFPSやってたから、自分達の力が通用するか試したかった。だから、あのときカズ君のチームが本気で戦ってくれたこと、感謝しています。今までずっと伝えることができなかった。今、言うね。ありがとう。そして、今日は味方として戦えて嬉しかった。グッドゲーム、サンキュー!」
青葉さんはスマホを下ろすと僕に笑顔を向けてきた。
「というわけで、2年間、気にしていたらごめんね。伝えることができなくて、もやってた」
僕は軽く混乱中だから、慎重に言葉を選びながら伝えたいことのみ口にする。
「ありがとうございます……。あ、えっと、まったく気にしてませんでした……」
「どういたしまして」
青葉さんは微笑み、近くの女性の方に寄っていく。
「マネージャーさーん。これアップしていいかチェックよろ~」
えっと、つまり、青葉さんがレイプ事件を否定する動画をあげてくれるから、解決ってこと?
「ほれ。そんなことより、飲もうぜ」
「あ、はい」
ジェシカさんがグラスを突きつけてくる。
ねー。だから、これ間接キスになっちゃ……アルコールじゃね?
「あの、これ、お酒?」
「んー? 保護者が同席しているんだから飲酒は合法だろ」
ジェシカさんはグラスを僕の口元に持ってくる。
すると、マネージャーさんが「日本ではアウトですから!」と駆けよってきた。
マネージャーさんがジェシカさんに何か小言を言い始める。そしてグラスを奪って飲み干して、頬を赤くした。ふたりは肩を組み、お酒を配っている方へ去っていった。
僕とアリサはその様子を一歩下がった位置から眺めた。
「よく分かんないけど、カズ、大丈夫なった?」
「あ。うん。心配かけてごめん」
「ん。じゃ、ヤろ!」
アリサはポシェットからVirtual Studio VRを取りだした。
おいおい、マジかよ。
いくら、大人たちにアルコールが入って若干ノリがキツくなってきたからって、ゲーム世界に逃げるのか?
もちろん、つきあうぜ、相棒。
僕は壁際の椅子に置いてあった手提げ鞄から、Virtual Studio VRを取りだした。




