第77話 アリサは倒れ、僕は武器を失い脚を負傷した。絶体絶命!
「はーっはっはっ! おいおい、俺のファンがテメエの学校と本名を特定したぜ。これ、なんて読むの? あおうみこうこうの、かずき君さあ! 教えてよ!」
「……ッ!」
そ、そんな。ガチで本名が晒されている?!
デジタルタトゥーとして一生、残るの?
家に嫌がらせされたりするの?
「あっ!」
動揺した僕は操作を誤り、道路の裂け目にタイヤをひっかけてしまう。
バギーが前後左右に激しく揺れ、僕は運転席から放りだされる。
空中で、アリサの体も放り出されているのが見えた。
「くっ……!」
僕はアリサに手を伸ばす。
もう死んでいるかもしれない。
生きていたとしても、僕は救急キットを持っていないから、蘇生する術はない。
でも、僕はアリサを護りたかった。
大事な仲間を、卑劣な人の手で殺させたくない!
僕は空中でアリサの腕を掴むと全力で引き寄せて抱きつく。
CGみたいにゴツい顔だけど、ちょっとだけアリサに似ているんだ。傷つけさせたくない。
僕はアリサを強く抱きしめたまま地面に激突して弾み、転がる。
「アリサは僕が護る! ユウシさんなんかに、アリサをキルさせない!」
仮にアリサが死んだとしても、今僕が触れた状態で地面に激突したから、僕の攻撃で死んだことになるはずだ。アリサの名誉は僕が護る!
体が止まった頃には、画面は真っ赤に染まっていた。
倒れた僕の前に、ユウシさんのバギーが止まった。
ユウシさんはバギーを降りると僕の頭のそばに来た。
「くくくっ。これで、リアルもゲームもテメエの負けだ」
耳鳴りのようにキーンと鳴っているから、ユウシさんが何を言っているのかは分からない。ただ、勝ち誇っているのだけは想像がつく。
油断したな!
僕の体はまだ動くぞ!
僕はアリサを離して横1回転しながらハンドガンを取りだし、ユウシさんを――。
「無駄だ!」
ゴキッ!
ユウシさんが僕の手を踏んで発砲を阻止、直後にその足を上げて蹴ってきた。ハンドガンは手から逃れて何処かへ転がっていく。
「お前の体力が残ってるのは分かってる。事故ったら車両にダメージは入るが、ドライバーにダメージは入らない。バギーにC4付けて敵に迫って、直前で飛び降りて起爆する技をお前に教えたのは俺だよな? くっくっくっ。お前に残された攻撃手段は、ナイフだけだ」
ユウシさんは僕の傍らにしゃがむと、胸にくくられたナイフを奪い、僕の脚に刺した。
伏せているときはダメージが半減するし、さらに脚はダメージが胴体の半分だから僕は死なない。だが、画面の隅に『脚を負傷。歩行不可能』と赤文字で表示された。
これは自然回復しないダメージだ。救急キットで治療されない限り、もう歩けない。
這って移動できるし銃も撃てるが、肝心の銃もない。
「くっくっくっ。このまま殺すか。それともお前を餌にして、他の敵を誘き寄せるか。なあ、あそこにフラッグが付いたバギーがあるが、誰かがお前を助けに来ると思うか?」
くっ、悔しい……!
為す術がないこともだけど、こんな卑劣な人を尊敬していたことが悔しい……!
僕が死を覚悟したとき、銃声が響いた。
「ちいっ、新手か! ケンジ達は何をやっている!」
ユウシさんは僕から離れ、道路隅のブロックに隠れた。
見えているぞ、とアピールするかのように、ブロックに銃弾が3発撃ち込まれた。
誰かが助けに来てくれた?
みんなフラッグと通信施設を護っているはずだから、鉄橋手前のここには誰もいないはず……。
「よく耐えたな、相棒」
「シンさん……!」
頼りがいのあるハスキーボイスが、弱気になっていた僕の心に火を付ける。
そうだ。いつだって、僕の窮地にはシンさんが駆けつけてくれる……!
「お。軽傷か。耳は聞こえているようだな。立てるか?」
「昔はお前のような兵士だったのに、膝に弾丸を受けてしまってな……」
ジェシカさんが傍らにいる。ただそれだけで、僕は歩行不能ダメージを喰らったときの定番ネタ台詞を言える。
「アリサは完全ダウンか。カズ、お姫様をしっかり抱きしめてくれ」
「はい」
僕はアリサの体を抱き寄せる。
ジェシカさんは、ハンドガンでユウシさんを牽制しつつ、僕の襟を掴んで引きずって移動する。
「あ。やべ。つうか、前言撤回。カズ、アリサを放せ。2人同時に引きずると、くっそ遅い。オレまで撃ち殺される……!」
ジェシカさんが冗談めいた情けないことを言うから、僕は、からかう。
「へへっ。ここまで来たんだ。3人で勝とうぜ!」
僕はキザっぽい台詞を口にして、アリサをしっかり抱きしめる。
「ああっ、もう。分かったよ。ふたりとも助けてやる。放すなよ!」
ジェシカさんは弾切れになったハンドガンを投げ捨てると、手榴弾を投げて敵を牽制し、僕とアリサを物陰まで運んでくれた。
「カズ、弾くれ」
「股間の2つしかないです……」
「死んでリスポンした方が手っ取り早いか」
「あ。それが、フラッグは持ってきました。ちょっと離れた位置で壁にぶつかってるバギー。あれのケツに付いているのがフラッグです」
「マジかよ。先に言えよー。敵がカズを虐めている間に、フラッグをこっそり拾って帰れば良かったぜ」
「僕達を見捨てることなんてできないくせに」
「違いねえ。なら、救急パックと弾丸のウーパーが来るまで、この地を死守。敵をフラッグに近づけさせない」
ジェシカさんがアサルトライフルを構え物陰から飛びだしていく。
銃撃音が断続的に聞こえ始める。




