第76話 僕達はフラッグをゲットし、逃げだす
周囲にはスモークが焚かれているのに、いくつもの弾丸が僕達の移動先を正確に狙ってくる。
ジグザグ移動で跳びはねても、伏せても、何度か被弾してしまった。
画面が暗褐色に染まる。
ユウシさんからは、熱源を頼りに獲物を狙う蛇のように、こちらが見えている?
「アリサ、旗あった! 逃げるよ!」
「え? どこどこ? 取りに行かないと!」
「いいから、バギー乗って! 乗って!」
「旗は?!」
「獲ったから!」
僕は盗んだ車で走りだす。煙を突き破り、瓦礫で凹凸の激しい道路を加速する。
「旗、どこ?」
「目の前。違う。後ろ。バギーのケツについてるやつ。堂々と見えるところにあった。てっきりバギーの飾りだと思っていたけど、これ、フラッグだ!」
「え?! これが?!」
「うん。自拠点に帰れば勝ち!」
「カズ! 来てる。来てる!」
「大丈夫。すぐに引き離せる」
「追いついてきてる!」
「ファッキン、ターミネーター!」
後方視点を確認したら土砂色の煙を突き破り、ユウシさんが迫ってくるのが見えた。
バギーは走り始めの加速段階だから、ユウシさんにアスリートチーム並みの脚力があれば可能なんだろうけど、そんなの無理でしょ?!
あ、いや、プロゲーマーってフィジカル鍛えているんだっけ?!
悔しいことに、僕もアリサも生粋のFPS馬鹿だ。
敵がチートっぽい挙動で襲ってくるのに楽しかった。
絶体絶命の窮地なのに、笑いがこみあげてくる。
「くっそ、いつの未来からやってきたんだよ、あいつ! 冷凍ガスも溶鉱炉もないぞ! シャッガン撃って、シャッガン!」
「地底世界から沸いてきた将軍かもしれないよ! 衛星ビーム撃とうよ!」
アリサが牽制のためにライフルを乱射する。
だが、不安定な車上からでは当たらないだろう。
「Fuck! アイツもバギーに乗った! ライフル撃ってくる!」
BoDシリーズでバギーの運転手が撃てるのはハンドガンのみでは?
両手を使うライフルが撃てるのは、後部シートに座っている人だけでしょ?!
「あはははッ。ここまで来ると、もうなんでもありだな。逆に笑えてくる。どんだけキレてんだよ!」
「カズ、たまたま!」
「無いよ!」
「とっておきの弾がふたつあるだろ! よこせ! 命中精度抜群の金の弾だ!」
「アリサ! ジェシカさんのそういうところは、真似しちゃ駄目だって」
なんか、背後からアリサの手が僕の股間に向かって伸びてくる。
「何やってんの?! 配信に映ったらアウトじゃないの?!」
「カズのたまたまは私の!」
「あっ!」
アリサが体とバギーの車体の間に挟んであった僕のアサルトライフルを奪った。なるほど。そういうことか。たまたまを変な意味で勘違いした。ごめん。
アリサが後方に発砲を始める。アリサは走行中の車両から、別の走行中の車両の運転手を撃ち殺せる技量があるから、ユウシさんを仕留めてくれるはず!
仮にユウシさんが無敵チートを使っていたとしても、バギーの速度は同じだから僕が運転をミスらなければ自拠点に辿りつき、勝てる!
……でも。
その前にやることがある。
今は敵対しているけど、ユウシさんは昔一緒にBoDを遊んだ仲間だから、アリサの配信でチート行為を晒してしまうのは、気がひける。2年前のことがなければ、今でも一緒に遊んでいたかもしれない人だ。
僕は銃撃音と走行音に負けないように叫ぶ。
「ユウシさんですよね! やめてください! 僕の後ろに乗っているのはVTuberのアリサです! チート行為が配信画面に映るかもしれないんですよ!」
「くくくっ! はーっはっはっはっ!」
ユウシさんは笑い、僕にではなく、おそらく彼の配信を見ているであろう視聴者に向けて主張する。
「みんな、今の言葉を聞いたか? 自分達は人気者だから、お前等は忖度して負けろだとよ! 言うことが卑怯だねえ! みんなも2年前にバズった声優狙撃レイプ動画、覚えてる? 実は、あのとき狙撃したのが、このGameEvent12だぜ!」
「なっ、何を言ってるんですか!」
……ッ!
BoDⅤではなくVirtual Studio VR Ⅲ本体の機能で個別ボイスチャットの招待が来た。
く、うっ……。煽り散らかすだけに決まっているから、無視だ……!
僕は戦闘の傷跡が深く刻まれた道路を南に向かって走る。少しでも操作を誤れば、タイヤが段差に引っかかって僕達は投げだされて重傷を負ってしまうだろう。
「視聴者のみんなも見てくれたよな! 会話に応じないなんて、よっぽどやましいことがあるようだぜ!」
「何もやましいことなんて……!」
「事実はどうでもいいんだよ。馬鹿が! これで貴様は炎上だ!」
「くっ……! そんなこと言っていると、ユウシさんの方が炎上しますよ!」
「問題ねえよ。配信に言葉を載せるかどうかは、俺が合図を出して、チームスタッフが切り替えてくれているからな! そのVTuberの配信に期待しても無駄だぜ。配信枠をとっているのは、そいつの姉の方だからな! そいつの画面は配信されてない!」
くそっ。
アリサも同じようなことを言っていた。配信の仕組みはよくわからないけど、つまり、向こうは好き放題こっちを煽れるってことか?
あと、よく分かんないけど、今の口ぶりから察するに、ユウシさんはゲーム内チャット以外の手段で仲間達と連絡を取っている?
……もしかして、僕達配信者チームの配信を見ている?!
だとすると、不自然なほどにこちらの情報が相手に筒抜けだったことに説明がつく。
序盤で仲間が位置バレして死にまくったのに僕が比較的安全だったのは、僕が配信していないから?
証拠はないけど、たぶん、そう!
ゲーム内チートするとバレたときに自分達が炎上するから、ゲーム外の配信システムとかで卑怯なことしてるんだ!
「くっくっくっ。仮にそいつが配信中でも、俺の言葉はのらねえよ。俺との会話が楽しくて、気づかなかったか?」
「え? アリサ? ……ッ!」
返事がない。アリサは僕の後ろに乗っているが、ユウシさんに撃たれて瀕死状態なんだ。アリサは喋ることができないし、僕達の会話もぼやけて遠くなるから、聞き取れる状態ではない。
……救急キットで治療しない限り、アリサはもう動けない。




