第73話 チャンスを待つんだ……! 僕はアリサを説得する
戦況は芳しくない。
僕達の潜んでいる鉄板の近くで手榴弾が炸裂した。
続けて、無数の弾丸が飛来し、破片と音が跳ねる。
頭を低くし位置を変えるが、どこに潜んでも銃火の雨はやまない。
敵は、手当たり次第に周辺の隠れられそうな場所を壊すつもりだろう。
「カズ、完全にバレてる。突撃しよう! 突撃!」
アリサが大きめの声を出した。
幸い、周囲は発砲音でうるさいから会話しても問題ない。
「いや、敵は攻めているのが僕達ふたりだってことに気づいているから、手当たり次第に撃って、あぶり出そうとしているだけ。居場所はバレていない。動けばバレる。ここは、状況の変化を待つべき」
「うーっ。死んじゃうよ! 突撃、と、つ、げ、き!」
ヤバい。
アリサの言葉がリズムよく弾んでいる。
楽しんでいる証拠なんだろうけど、もし突撃したら作戦は失敗する。
間違いない。さっきのパンチラ大作戦は冗談ではなく、ガチの本気だ。
「もうちょっと。もうちょっとだけ待って。来る! 気づかれた!」
「ほら、言ったじゃん! 突撃だよ、と、つ、げ、き!」
「逃げるよ! 右3分の1、ブロック!」
僕達はコンテナを飛びだし、コンクリートブロック群に飛びこむ。
ライフル弾だけでなく、RPGも付近に飛んでくるようになった。
コンクリートブロックがあっという間に穴あきチーズのようになっていく。
「被弾した! アリサが派手な服を着ているから!」
「違うよ。カズがザコなんだよ? ザーコ。カズのへったくそ~。アリサはノーダメージだよ。ねえ、突撃? 突撃?」
「最終的には突撃だけど、返り討ちに遭うって」
「準備は万端、いつでもオッケー」
どうしよう。もう、玉砕覚悟で突撃するしかないの?
葛藤していると、およそ信じられないキルログが次々と出現した。
GameEvent11 M16 GameEvent101
GameEvent11 M16 GameEvent102
GameEvent11 M16 GameEvent103
GameEvent11 M16 GameEvent104
「は? ジェシカさん、プロ相手に4連続キルってマジで? マグチェンジなしで全員、ヘッドショット?」
「当然でしょ。ジェシーだもん! 私達はVなんだし、他のどんな人達よりも、精確にガワを操作できるんだよ」
アリサは自らの言葉を証明するように、両手の甲を僕に向け、指を右から順に伸ばして曲げて波うたせた。
「それは、キャラコン以前に、普通にリアルで凄いと思うんだが……」
試しに真似してみたが僕にはできなかった。右手から順に始めると、左手の指が同時に2、3本伸びてしまう……。
「それよりも、ねえ! 突撃? 突撃? 怯えながら死を待つなんてまっぴらだ! 震えて銃が錆び付くのを待つくらいならオレは突撃するぞ! Fuckingウジムシどもはどこだ! 全員、ぶっ殺してやる!」
まずい。
アリサのテンションがクライマックスだ。
ストーリーモードで牢獄から一緒に脱出した直後に、ヘリの機銃掃射で撃ち殺されるNPCっぽいこと言いだした。
このままだとアリサが本当に突撃しかねない。
FPSのストーリー的に、アリサが明らかに死ぬキャラになっている!
限界だ。
アリサがひとりで返り討ちに遭うくらいなら、僕も一緒に突撃した方が、まだ生存の可能性がある。
「分かった。突撃しよう。でも、1つだけ聞いてくれ」
アリサの顔はごついのに、両手を身体の前で小さく握り拳にしている仕草が子供っぽくて、不気味だ。
リアルのアリサはきっと目をキラキラさせている。
というかだんだんと、CG顔も可愛く見えてきた……。
今までのキルログを見る限り、アルファチームとブラボーチーム混成の男性陣が橋を護りきり、ジェシカさんと声優チームが通信施設から敵を一掃した。
状況は整った。
目の前には最高の相棒がいる。
「この戦争が終わったら伝えたいことがあるんだという、有名な死亡フラグがあるよね。きっと、肉体だけでなく精神も屈強な兵士達は、戦争が終わるまで大事なことを伝えるのを我慢できるんだと思う。けど、僕は我慢できない。だから、今、口にする」
死亡フラグなんてクソ喰らえだ。
「……大事なお話?」
「うん」
「……アリサ、僕とつきあってほしい。ずっと、ずっと僕の側にいてほしい。今日が終わっても、これからもずっと」
「う、うあう。な、ななな、いきなり、何を、言って」
イベントが終わったら、簡単には会えなくなる。
今後もアリサがボイスチャットをしてくれるのかすら、分からない。
それに、アリサはVTuberだ。今はチャンネル登録者が200人未満かもしれないが、人気が出れば出るほど、立場上、僕とゲームをするのは難しくなっていくだろう。
けど、お別れなんか嫌だ。
アリサとは最高のゲーム仲間として、ずっと一緒に戦っていきたい。
BoDの新シリーズが出たとしても、別のFPSで遊ぶとしても、ずっとつきあってほしい。
「僕はひとりじゃ何もできないし上手く喋れないけど、アリサが側にいてくれると強くなれる。だから、ずっと一緒にいてほしい。アリサといると凄く楽しいから。これからもずっと、隣にいてほしい」
「うあうあうあう……うあぁ」
なぜか、アリサは尻餅を付いて、ぐるんとひっくり返ってお尻を突き出したような姿勢で、頭を抱えている。
「い、いきなり……だよ。あうあう……」
「アリサ?」
「アリサも……ずっと一緒にいようねって、言おうと思ってたんだよ……」
「本当に? 思いは一緒だったんだ!」
「……う、うん。ずっと一緒。お、おつきあい……する……嬉しい……」
凄く小さい、震えるような声だった。
さっきまで突撃連呼していたとは思えないほど大人しくなってしまったのが不思議だ。
しかも、時折、「えへへ」だか「うふふ」だか分からないけど、微かに笑い声が聞こえる。
アリサの妙なテンションが作戦遂行の妨げにならないか不安になったが、突撃癖が治まったようなので結果オーライだ。
大会が終わってからもゲームにつきあってくれると約束してくれたから、もうなんの不安もない。




