第72話 敵拠点に到達するが、アリサの突撃癖がムクムクしてきた
進行方向に敵兵をふたり発見した。
周囲を警戒しているようだ。
僕は右側の兵士に狙いを定め、撃つ。
ふたりの兵士がほぼ同時に倒れる。
アリサも僕と同じタイミングで左側の兵士を倒したのだ。
実力どおりならアリサの方が先に敵を発見して仕留めるのだが、ふたりで行動をしているときは、僕にあわせてくれる。
(アリサがいつも僕にあわせてくれていたこと実感したの、いまさらだよ。同じ目標を撃たないってことは、アリサは、いつも僕の後から撃ち始めているんだ。分岐で同じ道を選べるのは、アリサがいつも僕を見てくれていたからだ……)
アリサが銃を撃ち、弾丸が僕の顔を掠め、背後から呻き声と倒れる音がした。
(うわ。油断した。後ろに敵がいたこと、気づいていなかった)
可愛い服だけど無骨な顔のアリサが「感謝してよね」と言わんばかりに、僕の方を見ている。
僕は口元がむず痒くなり、つい、笑みをこぼす。
ふと気づく。
VRゴーグルがなかったら、僕達は今、見つめあって微笑みあっているのかな?
なぜかドキドキして、頬が熱くなってきた。
敵の気配を感じたら隠れて足を止め、警戒が緩んでいるタイミングで走り、やがて僕達は敵の拠点に辿りついた。
(昨日までアリサと会話したことはなかったけど、連携に困ったことは少なかった。言葉にしなければ伝わらない気持ちがあるってよく聞くけど、言葉にする必要もない気持ちだってあるのかな)
僕達の思いは今、勝利に向かってひとつになっている。
アイアンサイト――銃に付いている、狙いを定めるための凸凹――の中央に敵拠点の貨物駅を捕らえる。周囲を警戒しつつコンテナ群の陰に隠れると、アリサが隣に来て身を低くした。
「はあはあはあ……」
アリサの息が荒い。さすがに走り疲れたか?
「はあはあはあ……。ねえ、カズ。アリサの吐息、耳元で聞いて、エッチな気分になっちゃう?」
何言ってんだこいつ?
「アリサ、こんなに濡れちゃったよぉ……」
「あー。やっぱ、タイツ暑そうだし、汗かくかー。でさ、潜んでいる敵はリスポン考慮しても、多くて8。最小で4。けど姿が見えない。敵の砂がガチで上手い。マジでどこにいるのか分からない」
「カズはもうちょっとエッチな漫画とか動画とか見て、知識を身につけた方がいいと思う」
「いきなり何言ってんの?!」
「そうだ! いいこと思いついた!」
「……というと?」
「私があそこのちょっと広いところに行って、スカートをめくるの。そうしたらパンツ見たくて敵が近寄ってくるよ。名付けてパンチラ大作戦」
「……なに言ってんだこいつ」
「駄目?」
「駄目に決まってるでしょ。それにパンツを見せたら駄目でしょ」
「え~独占欲~? じゃあ、突撃して蹴散らそうよ。待っていると不利になるよ」
ジェシカさん達が敵の侵攻を抑えてくれているとはいえ、中央の橋を突破されて配信者チームの旗をとられる可能性もあるため、アリサの言葉には一理ある。
相手はプロチームなので地力では僕達を遥かに上回っている。時間が経てば経つほど僕達は不利になる。
「突撃は我慢して。もう少し様子を見よう。待ち伏せしているところに突っこむのは不利だよ。なんとかして敵を拠点から引きずり出さないと」
「むーっ。アリサだったら8人くらい蹴散らせるもん」
「待機。相手からしたら、近くにいるはずの敵が動いてなかったら、不気味でしょうがないはずだし、とにかく待機」
1分で再出撃可能なルールだから、8人倒しただけでは終わらない。1分以内に全員倒しても、次の1分で全員復活してしまう。奇跡の神プレイを連発しても、2分以内に確実に殺される。
勝つためには拠点のどこかにある旗を見つけて自拠点に持ち帰る必要がある。旗を探している間にも、敵は次々と現れる。
その間、僕達は1度も死ねない……!
それに、いくらアリサでもプロプレイヤーを8人連続キルなんてできるわけがない。
分担するなら僕が4人倒さないといけないけど、無理すぎる……!
キルレート0.6の僕が、過去最高レベルの神業を連続で繰りだしても、せいぜいひとり倒してふたりめで相討ちくらいだろう。
「敵拠点には、アリサと同じくらい強い突砂のユウシさんがいるかもしれない。いなかったとしても、現れる可能性が大きいから厄介だよ」
「アリサの方が強い!」
不満いっぱいの声が、不安材料に気づかせてくれた。
アリサの突撃癖だ。
アリサのプレイスタイルはとにかく、冷静さとは無縁な突撃だ。
戦況が硬直しだすと敵陣のど真ん中に飛びこみ、自分の身体を囮にして敵をおびき出して返り討ちにする。
けっこう上手く行くんだけど、失敗も多い。
僕達が死ねば敵は自拠点が安全だと知り、総攻撃をかけるかもしれない。
だから、僕達は死んでもすぐ敗北が決まるわけではないが、できれば死なずにこのまま旗を獲りたい。




