第69話 僕達はテンションあげあげでゲーム部屋に戻る
ジェシカさんが勢いよく立ちあがり、僕達の肩を叩いた。
「戦場に戻るぞ」
「うん」
「新兵ッ! 声が小さいッ!」
100万倍の音量になって返ってきたかと思えば、僕はジェシカさんに肩を突き飛ばされ、お尻からソファに落ちて跳ねる。
「うわっ」
「軍曹、手本を見せてやれ!」
「Oorah!」
アリサが小さい身体のどこに音源があるのか不明なほどの大音声をだした。
ウーアーは海兵隊のかけ声だ。
ジェシカさんの差し伸べてくれた手を取り、僕は立ちあがる。
「あの、大声、出してもいいんですか?」
「黙れ新兵!」
ガッ!
両肩を掴まれた次の瞬間、ジェシカさんの顔が急接近する。
美人が迫ってきて緊張する間もなく、額をゴリッと押しつけられた。
「クソを漏らしても構わん。腹の底から声を出せ!」
「ウーアッ!」
僕は両手を握り締め、力の限り怒鳴った。
音楽の授業でも、行事の校歌斉唱でも出したことのない、正真正銘の本気だ。
「いい返事だガキ!」
ジェシカさんが僕の腹に拳を当ててきた。
拳が、身体にめりこんでくる。
「腹に力を入れて、拳を押し返せ!」
「ウーアッ!」
僕は全力で叫んだ。
痛いけど気持ちよかった。
嬉しかった。心地よい刺激が腹から全身に広がる。
「その笑顔を忘れるな、クソガキども。グジグジ悩むくらいなら叫べ! お前らが出会う世の中の辛いことなんて、叫んでいるうちに終わる」
「ウーア!」
「Oorah!」
「よし、オレの可愛いアリサとカズを虐めてくれたFucking野郎のケツに、劣化ウランの弾丸をぶちこんでくるぞ!」
ジェシカさんが肩で風を切り歩きだす。
広い歩幅で正面を蹴り上げるように闊歩する女性を、僕は走るようにして追いかけた。
全身タイツだしお尻の谷間もくっきり見えるダサい格好だけど……格好いい!
広い廊下を進む。
ただそれだけなのに、半端ない高揚感だ。
たとえ、この先に攻撃ヘリや戦車の大軍が待ちかまえていたとしても僕達3人なら勝てる。
ゲームなら絶対、テーマ曲のアレンジバージョンが流れるタイミングだ。
生死不明だった旧作の主人公が援軍として現れ、ともに手を取り戦うラストステージが始まるところ!
それはそうと、ちょっと気になることがある。
僕は仲直りしたばかりのアリサに、心の距離感を探るように尋ねる。
「ねえ、配信しているんだよね? 不在になってて大丈夫なの?」
「大丈夫。トイレに行ったことになるから」
「トイレにしては長い気が……」
ぶっちゃけ、うんこ疑惑かけられるのでは?
「問題ないよ。トイレ中のコメントはだいたい『いってらっしゃい』とか『ありがたい』とか『大好き』とかだから。逆に早く戻ると『手、洗った?』っていっぱい書かれる」
「なるほど……。VTuberって凄いんだ……。よく分からんけど」
ささいな雑談だったけど、こうやってリアルでも会話を重ねて、もっと仲良くなれたらいいな……。
入り口手前でジェシカさんが加速する。
「突入するぞ。配置に付け!」
ジェシカさんはドアを開けずに、腰を落としてドアの左側の壁に張りついた。
アリサも心得たもので、ジェシカさんの真後ろに位置取った。
僕も空気を読んで、ドアの右側に張りついて肩と腕を押し当てる。
先ほどまで僕が立派な大人だと思ってあこがれと尊敬の気持ちを抱いていた女性は、実に子供じみた笑みを浮かべている。若干クソガキ味のある笑みだ。あ、姉妹だ。ジェシカさん、やっぱアリサの姉だわ。
事前に打ち合わせをしたわけでもないのに、ジェシカさんの身振り手振りが何を伝えたいのかが分かる。
ジェシカさんの視線と手は『オレがスタングレネードを投擲したら突入。オレは左を見る。カズは右、アリサはバックアップ。……スリー、ツー、ワン、ゴー』だ。
分かる。分かるよ。でも、自分の胸を指さしてグレネードを表現するのは、えっちいからやめて……。
ジェシカさんが音を立てずにドアを開け、銃を構えたような姿勢で部屋に入る。
僕もジェシカさんの死角をカバーしつつ突入した。
手ぶらだけど僕は今、たしかにサブマシンガンを構え、銃口で敵を探し求めている。
「クリア」
「Clear. 行くぞアリサ、カズ! 目標、ゲームイベントの勝利」
「Oorah!」
「ウーア!」
3人のFPS馬鹿が戦術行動を開始した。




