第68話 僕達はお互いを理解しあう。絆が固く結ばれる
「ありがとうな、カズ。お前は妹を救ってくれた。そしてオレを支えてくれた」
違う。
僕はそんな大したことはしていない。ただ、ゲームをしていただけだ。
そう言いたいけど、声にならない……。
「さっきの試合でアリサがどういう思いで、お前を止めたのか分かってあげてくれよ」
「……うん」
チート疑惑をかけられてつらい思いをしているアリサは、僕に同じ過ちを犯してほしくなかったんだ。
僕を貫いた弾丸は鉛ではなく、優しさでできていた。
テンションの高い子供だと思っていたけど、僕の方がよっぽど、ガキだ。
「アリサ、ごめん……」
僕はアリサに背を向けたままだから彼女の表情は分からない。
ガラスパネルが反射し、ジェシカさんがアリサを放して立ちあがったことが分かった。
話が終わり、部屋に戻るのだろうと思い、僕も立とうとする。
けど、ジェシカさんは僕の方にやってくると、隣に座ってしまった。
真横に座られたからクッションが大きく凹み、体が近づく。
くっつかないように僕は上半身を傾けて離れようとするが――。
「うわっ」
肩に腕を回され、抱き寄せられた。
「なあ、なんでグレーなテクを使ったんだよ。今までやったことなかっただろ? ネタ部屋でたまにふざけてハンヴィーを加速させてたくらいだろ?」
「……あいつらがバグ技を使ってたから、許せなかったんです。だって、絶対おかしいですよ。敵の芋砂、ビルの屋上にいるはずなのに、一発で拠点の仲間をふたりヘッショしたし」
「いやー、たまたま頭上に持っていた地雷を狙撃されて爆発したとかじゃね? そうしたらキルログは砂になるだろ? それか灯油缶の爆発に巻きこまれたとか。まあ、極まれにの中のさらにレアケースだろうけどさ」
「でも……」
「それに、相手がチートしたからって、やり返したことなかっただろ?」
「だって……。アリサやジェシカさんがチートしている奴らに負けるのが悔しかったから」
僕は現実世界に友達がいない。
でも、オンラインにならいる。
ゲームのオンライン対戦で知り合っただけの関係とはいえ、ジェシカさんもアリサも、この2年間、毎日のように一緒に楽しい時間を過ごした――友達だ。
現実世界に親しい人がいない僕にとって、ふたりはかけがえのない大切な存在だ。
「僕、人と喋るのが苦手なんです。学校ではいつもひとりだし。……毎日がつまらなかった。でもBoDやってるときは楽しかった。ジェシカさんと仲良くなって、アリサと一緒にゲームして、凄く楽しかった」
崩れ落ちそうなほど、僕の声は揺れ始める。
自分でも情けないことを漏らしていると分かっている。
でも、ジェシカさんがアリサのことを教えてくれたんだから、僕も素直に、自分の弱さを認めることができた。
隣にいるジェシカさんの顔は見えないし、背後のアリサの表情も分からない。
「お前、そこはペッキーやタカユキの名前も出してやれよ」
ジェシカさんが笑いながら、共通のフレンド名をあげてくる。明るい声で僕を励まそうとする配慮が、二の腕から体温と一緒に伝わってくる。
「Sinさんが僕の初めての友達だった。BoDのおかげで仲良くなれた。だから、そのBoDでバグ技を使ってアリサやジェシカさんを倒す奴が許せなかった……。せっかく会えて、一緒に遊んでいるんだから……。できるなら、勝って、楽しい思い出にしたかった。それに……。優勝賞金があれば、自分用のバチャスタが買えるから……。これからもオンできるし……」
「そっか。アリサ、納得できた? カズは大好きなオレたちが自分以外の男にファックされるのが我慢ならなかったんだってさ。カズはお前を愛しているからこそ、敵が許せなかったんだよ」
「……うん」
ジェシカさんが独自の解釈をして、アリサまで納得してしまった。
「び、微妙に違う」
「照れるな。日本人は『愛している』って言葉に抵抗が強すぎだぞ。好きの上位互換として、もっと気楽に使えよ。愛してるぜ、カズ」
「うっ……」
「ほら。アリサ。来い。カズの真っ赤な顔を見て泣きやめ」
アリサが近寄ってくるのが物音で分かるから、僕は恥ずかしくて顔を伏せた。
しかし、小さな手がふたつ、僕の頬と顎を包み……。
温かくて柔らかくて小さくて……。やすらぎを感じた。
しかし、すぐにグイッと力を入れられて、僕は強制的に顔を上に向けさせられる。
「あはっ。カズ、泣いてる。よわむし~」
僕の真っ赤になった顔が面白いのか、アリサがようやく表情を綻ばせた。でもどこかぎこちない笑み。その目元には、微かに涙が残っている。
「ぼ、僕は泣いてはいない……」
「でも、顔真っ赤」
それは、ジェシカさんと密着しているし、アリサに顔を両手で包まれているからで……。
「仲直り完了だな。オレはお前達ふたりを愛している。誓おう。最愛の妹と友人を絶対に裏切らない。お前たちの間にどんなトラブルがあったとしても、必ずオレが助けてやる」
「はい」
「うん……」
「よし。もう恐れることはない。ならば兵士よ、銃を取り立ちあがれ」
デスマッチ開始時に再生される台詞だ。
ローディングが終了し、殺し合いが始まることを意味する。
そうだ。僕達の休憩は終わりだ。
戦いに戻らなければ!




