第66話 僕はまたアリサを怒らせてしまった……
「そっちが先に卑怯なことをしたんだからな!」
チャンスは一瞬!
画面中央に敵戦車を捉え、僕は地雷を――。
こめかみの辺りから甲高い音が響き、景色がズレた。
いったい何が。一瞬とはいえ意識を奪われてしまった僕は、目標を見失う。
「噓だろッ! うわあああああっ!」
動揺していた僕は、地面への激突の瞬間にガチの悲鳴をあげてしまった。
「はあはあ……」
息を整えながら思考を整理する。
落下中に敵の攻撃を喰らって死んだわけではない。
上空を噴きとんでいる最中の兵士に攻撃を当てるなんて、とんでもない超絶技量がなければ不可能なことだ。
そんなことができるプレイヤーとは数えるほどしか会ったことがない。
僕は恐る恐るキルログを見る。
キルログには、僕が世界最強だと信じている者のIDが出ていた。
GameEvent10 M95 GameEvent12
アリサだ……。
キルログは、厳密には殺した者のIDが出るわけではない。
死亡する直前に攻撃を当てた者のIDが出てくる。
たとえノーダメージだろうと、最後に攻撃を当てたアリサが僕を倒したことになる。
おそらく、乗り捨て自動車による引き殺しや、建物の崩壊や、失血とか火傷とか落下とかで死ぬとき、その直接の原因を作ったプレイヤーに得点が入るようにするための仕様だ。
見間違いかと思って画面を確認しなおしていると、右足に鋭い痛みが走った。
「ッ!」
「うーッ!」
ゴーグルを外すと、アリサが目を赤く染めて、睨みつけてきていた。
蹴りが飛んでくると思って身構えたけど、アリサは攻撃してこなかった。
俯いて肩を震わせ始めたから、すぐに泣いているのだと分かった。
「カズはバグ技なんか使わないもん。インチキなんかしないでよ……」
「今のバグ技じゃないし。敵がバグ技を……!」
「カズの、馬鹿……」
怒鳴ってくれたら言い返せるのに、アリサのすすり泣く声があまりにも弱々しいから、僕は言い訳できなくなってしまった。
ゲームで負けていた苛立ちも、不可解な死への困惑も、何もかもがどうでも良くなり、言いようのない居心地の悪さが膨らんでくる。
なんで僕は会って2日めなのに、こう何度もアリサを泣かせているのだろう。
仲直りしたばかりなのに、また、アリサを悲しませてしまった。
楽しいイベントにするって誓ったのに……。
だけど、なんで?
アリサは何を怒っているんだ?
僕がバグ技を使ったことが悲しかった?
でも、僕が使った技はバグじゃない。
かなりグレーゾーンだけど、相手が使っているんだから、こっちだて同じことしてもいいと思う……。
仮に僕の行為が不正なバグ技だったとしても、アリサの反応は異常だ。
泣き出してまで抗議するほどのことじゃないはず。
どう声をかければいいのか分からくて途方にくれていると、ジェシカさんがやってきた。
「んー。チームキルしてるから何事かと思えば、ゲームほっぽり出して、どうしたのさ」
アリサはジェシカさんの身体に飛びつくと、わあわあと声をあげた。
なんで号泣するの?
いったい何がアリサの感情をそんなに揺さぶったの?
ジェシカさんがアリサの小さな身体を抱き、頭を撫でる。
室内のスタッフさんが視線を向けてくるから、僕はいたたまれなくなり、言い訳を口にする。
「僕は何もしてないのに、アリサが突然、怒りだした……」
「ひっく……。噓。ううっ。カズ、チートした!」
マネージャーさんが寄ってきたから、ジェシカさんが手を振る。
「大丈夫。なんでもないよ。オレら3人、ちょっとトイレ休憩してくる」
ジェシカさんは愛想の良い笑みを向けると、問題ないことをアピールするように僕の肩を抱きかかえてきた。
僕は、ジェシカさんに触れているのに、全身に鎖でも巻かれたかのように、どこかに沈んでしまいそうな気分だ。
主戦力が抜けてしまえば配信者チームの負けは確定だけど、ジェシカさんに逆らえる雰囲気ではない。
僕は試合会場から出ると、ジェシカさんが促す方向に少し遅れてついていった。




