第57話 浴衣ジェシカさんは刺激が強すぎる
僕はホテルに到着すると、立派な外観に気圧されながらも中に入り、ジェシカさんと合流した。
ジェシカさんはホテルの添えつけらしき浴衣を着ていたが、まったく似合っていなかった。
美人だからといって、なんでも着こなせるというわけではないらしい。
胸のすぐ下で帯を結んでいるから、大きな膨らみがくっきり浮かび上がっていて、目のやり場に困る。
「なんだよ、じろじろ見て。一緒に風呂に入りたかったのか?」という難問に、僕は出題者の意図を理解できずに「うん」と答えてしまった。
出かけた直後に走って汗をかいていたから、「一緒に」の部分を失念して、素直に答えてしまったのだ。
「一緒に入ってもいいんだけど、年齢的にオレが逮捕されるから、お前が成人するまで我慢しろ」と笑われた。
話題を逸らすために宿泊費を聞いてみたら、Virtual Studio VR Ⅲより安かった。
高い金額を勝手に想像して怯えていた世間知らずさが恥ずかしい。
「浴衣って言うとアリサが怒るから、ガウンって言えよ。おしゃれな言葉を使いたい年頃っぽい」
「あ、はい」
僕達は、ホテルの1階にあるコンビニで差し入れの飲み物やお菓子を買うことになった。
商品を籠に入れながら、ふと気になったことを聞く。
「……そういえば、なんで、バチャスタ1台だけなんですか?」
「ん?」
「2台あれば、その……ふたりで配信できるんじゃ?」
「あー。オレんちのことか。それなー」
僕は人に聞かれるのを恐れて小声にしたんだけど、それは失敗だったかもしれない。
ジェシカさんも声を小さくし、身を寄せてくる。お風呂上がりの体温が二の腕から伝わってきて、僕はジェシカさんの返事をほとんど聞き取れない。
「もともとアリサはVになるつもりがなかったんだよ。オレが配信を切り忘れてたせいで、うっかり配信に出ちゃったんだよ。そうしたら『あの可愛い声は誰』ってバズって。だから、まあ、今もあいつの個人チャンネルはないし、オレのチャンネルにゲスト出演するのがメイン」
「な、なるほど」
体温だけでなく、シャンプーらしきいい匂いまでして、僕は頭がおかしくなりそうだった。
レジに行くと店員のお兄さんが、僕達の組み合わせを見て首を捻っていた。
で、目的の部屋に向かう途中にも、ジェシカさんは僕の心臓に悪い悪戯をしてくる。
未成年が夜中に外出したから、ジェシカさんは成人の義務として保護者に連絡してくれたんだけど……。
「和樹さんのお母様ですか? わたくしは和樹さんと2年前からおつきあいをさせていただいているジェシカ・サンチアゴと申します」と、丁寧な口調で挨拶した。
おつきあいって、ゲームのことだよね?!
気の休まらない通話が終わり、ようやく目的地に着いたときは、僕の全身は妙な汗で熱くなっていた。
ドアを開けると、にぎやかな光景が目に飛びこんでくる。
バスケットコートほどの広さの部屋には畳が敷いてあって、数人のグループがテレビに向かったり、膝を突きあわせて雑談したりしていた。
僕が昼間に使用していたトレッドミル床コントローラーが2台あった。さすがにジェシカさんやアリサが使っていた大きい床コントローラーはないようだ。
見覚えのない顔もある。
大会関係者か、出場者の知り合いらしき人も何名かいるようだ。
「あれ? アリサがいない?」
金髪で目立つ子だから、部屋を一瞥しただけで不在だと分かった。
「ん、ああ。あいつなら、すぐ来るよ。オレがお前を迎えに行くタイミングで、着替えに行ったの。仲直りは済んでいるんだから、逃げたわけじゃないって」
「あ、いや」
「ともかくさ、FPS経験の少ない人にBoDのコツを教えてあげてよ。配信者ばかりだからゲーム経験自体は豊富だし、コツを掴めばすぐに成長するはず。明日は勝とうぜ」
「うん」
そうだ。明日勝って、自分専用のバチャスタⅢを買う!
僕は決意を新たにしたが、安請けあいをしたことをすぐに後悔する。
ジェシカさんに従って向かったところには、女性ばかり4人もいた。
多分、社会人、社会人、大学生、大学生だ。
ヤバい。無理だ。
初心者にFPSのセオリーを教えることはできるけど、女性4人の輪に入るのは無理だ。
社会人っぽい人なら、まだギリギリなんとかなるかもしれないけど、大学生ふたりが茶髪だしおしゃれな服装だし、僕の対女性能力で対応できないのは明白だ。




