第56話 僕は素直な気持ちをぶつける
「嫌いなヤツと2年間もゲームなんかしねえだろ。ずっと一緒に遊んでいたんだ。好きになって当然だろ?」
「う……」
好きという言葉を聞くだけで頬が熱くなってくる。
ゲームが好きとかアサルトライフルが好きとかと同じレベルの意味だとしても、異性の声として聞こえてくると、なんだか違う意味のように思えてしまう。
意識しすぎだろうか。
「オレたちの三角関係でさ、カズだけアリサと初対面なんだよ」
三角関係という言葉の使いどころは間違えている気はするが、たしかにジェシカさんの言うとおりだ。
僕達3人の関係で、僕だけがアリサの存在を今日まで知らなかった。
僕が初対面のアリサに余所余所しい態度を取って、嫌な思いをさせたんだ。
アリサは最初から、僕に親しげに接してくれたのに……。
「オレたちの関係って、昨日まで言葉だけで成り立っていたよな。だからさ、アリサのことをどう思っているか言葉にしてよ。カズがアリサと会話したのは今日が初めてかもしれない。でも……。一緒に過ごしてきた時間があるだろ?」
「うん……」
返事はしたし、アリサが好きなのは事実だけど、いざ口にしようとすると恥ずかしい。
たとえLikeの意味でも、日本人はそう簡単に好きとは言えないんだと思う。
真っ直ぐ伸びたレールの遥か彼方に、まばゆい光が現れた。
数十秒もすれば電車が着くだろう。
周囲を見回しても、誰もいない。
言うなら今しかない。
この世界がFPSのストーリーモードだったら、きっと今、テーマ曲が流れ始める。
僕はスマートフォンの通話部分と口を左手で包んで囁く。
「あ……アリサのこと、好きです」
「んなこたあ、分かってんだよ! どんなとこが好きなのか、言ってみな!」
しばいがかった声は、窮地に到来した近接航空支援のように僕の気分を高揚させる。
「……ッ。か、可愛いところ!」
外見だけで好いているように思えたので、慌てて「あと、元気なところ」と足す。
ドクンドクンと音がして揺れるから、もう電車が到着したのかと思ったが、線路の光はまだ遠い。
音源と震源は僕の心臓だった。
人を「好き」と口にすることは、こんなにも心を揺さぶることだったのか。
「可愛くて元気なんて、アリサの第一印象そのままじゃねえか。他にもあるだろ。ほっぺたがプニプニしているとか肌がツルツルで触ると気持ちいいとか、具体的に、どんなところが可愛くて好きなんだよ」
含み笑いしていそうな声だけど、ジェシカさんの表情を想像できない。
「朝、お前らバス停のベンチで重なってたでしょ。アリサ、ちっちゃくて柔らかかっただろ」
「うん。柔らかいし、軽くて驚いた。抱き枕にしたらよく眠れそう」
誘導尋問に乗せられているような自覚はあったけど、もう、恥のかきついでだ。
「一緒に屋台を周って、楽しかった。僕、ゲーム以外だと上手く喋れないから、手を引っ張ってくれて嬉しかった」
顔から噴出した湯気で、視界が曇るんじゃないかってくらい、むんむんする。
多分、熱い息と上がった体温が僕を包んでいる。
「初対面なのに僕はアリサに惹かれていた……。僕にないものを持っているから。人と話すことが苦手な僕と違って、アリサは元気の塊で……」
「まあ、お前にないものをアリサが持っているとは限らないけどな。どちらにせよ、それだけ聞ければ十分だ。な、アリサ?」
「うん……」
「え?」
ジェシカさん以外の声が囁いた。
「アリサも、カズのこと、大好きだよ……えへへ」
「ア、アリサ? 聞いてたの? いつから?」
「最初からに決まってんだろ。カズがアリサのことを好きって言ったのも、しっかり聞いてた。仲直り完了だろ。な?」
「え、いや、ちょっと待って。人のいないところに移動するって言ってたでしょ。なんでアリサがいるの?」
「別に聞かれて困る話じゃないだろ。オレは他人のいないところに移動すると言ったんだ。アリサは他人じゃない。家族だからな」
「え、あ、いや、それ、卑怯だって」
「戦争を終わらせる最良の方法は、相手国の民と仲良くなることだって、Ⅲのキャンペーンモードに出てくる大統領も言ってただろ」
「そいつ仲良くなれずに処刑されたでしょ……」
「でも、身をもって理解できただろ?」
「あ、いや、でも、凄く恥ずかしいんですけど」
「人を好きになる感情を恥じる必要はない。緒方シン」
「ローディング中に表示される名言っぽく言わないでくださいよ」
「ん、元気になったな。安心しろよ。こっちも、愛しい妹が顔を真っ赤にして額から湯気を出しているから痛み分けだ。お前が好きって言った瞬間のアリサ、見せてやりたかったぜ」
「あ、いや。ええっ?」
ん、もしかして、さっきジェシカさんの言っていた顔が真っ赤というのは、僕の様子を言い当てたのではなく、単にアリサを見ていただけなのだろうか。
「よし。問題解決。ってことでさ、カズ、これから来るんだろ。駅を降りてすぐのイージスホテルって分かる? 今朝の場所から交差点を挟んだ所なんだけど」
「あ、うん、なんとなくどこか分かる」
周囲が急激に明るくなる。
上り電車がもう、すぐそこまで来ていた。
ベンチの周りは電車のライトを浴びて輝き、スポットライトを浴びたかのように浮かび上がっている。
ゴトンゴトンと重い音がどんどん大きくなる。
僕のストーリーはクライマックスだ。
テーマ曲がサビに突入した。
ジェシカさんは格好つけた台詞と口調で僕の感情を揺さぶり続ける。
「相棒。1階のロビーに着いたら合図しろ。オレが必ず迎えに行く。生きて会おう」
「了解。これより無線を封鎖する。30分後だ。地獄で会おう」
「ああ。愛してるぜ、相棒」
通話終了。
いやいやいや、愛してるって!
Likeって意味だと分かっていても、心臓に悪い。
心臓が破裂して死んだら医療費請求するからな……!
乗りこんだ電車の乗客は数名なので、座席は殆ど余っていた。
けど、僕は連結部の重いドアを開け、先頭を目指す。
何故だか先頭車両からの景色を見たい気分だった。
電車は夜の闇を一直線に切り開いて、相棒達の待っている場所へ僕を連れて行く。




