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第55話 ジェシカさんから電話がかかってくる

 駅のホームに着くまで自転車の全力で、10分くらいかかった。


 息を整えながら時刻表を見ると、電車が来るまで15分ほどだった。


「はあ、はあ……。自転車、鍵かけたかな」


 慌てていたから、数分前のことすら、はっきりしない。

 ポケットに手を突っこむと鍵はあった。


 軽く安堵してベンチに座る。

 冷えた背もたれが、ほてった背中から熱を奪ってくれて気持ちいい。


 陽は完全に沈んでいる。

 見上げれば、星がぽつ、ぽつ、と出ていた。


 屋根では黄ばんだ電灯が点滅し、今にも消えてしまいそう。

 いるのは、ベンチにひとり座る僕だけ。


 休日の18時に、都心方面への電車に乗る者は少なくて当たり前だ。


「ジェシカさんに、どこにいるか聞こう。とにかく、アリサに会って謝らないと」


 スマホの電源を入れると不在着信が4件あった。

 2時、3時、4時、5時と、ぴったり1時間おきにコールされてる。


「大雑把な人かと思ってたけど、時間はきっちり守るんだ。……というか、全部、1分の誤差もないって、どうかと思、うわっ」


 いきなりスマートフォンが振動した。

 液晶にはジェシカさんの名前と電話番号。


「も、もしもし」


 応答しながら駅の時計を見たら、ジャスト6時だった。


「オレ、オレ。オレだよ」


「あ、藍河です」


 妙な緊張があり、一瞬、視界が暗くなる。


 僕は深呼吸し、スマホを握る手の力を強くした。


 頭上の蛍光灯が明滅を繰り返す。

 点くか消えるかの瀬戸際のようだ。


「ん、何か息が荒いな。……あ。ごめんごめん。カズは年頃の男子だもんな。後でかけなおそうか?」


「き、切らないで」


「なんだよ。オレの声を聞きながらしたいのか。変態め。オレのキャラじゃないんだけど淫語ASMRでもしてやろうか?」


 ジェシカさんが冗談を言っているのはたしかなようだが、元ネタが見当もつかない。

 とりあえず、「走った直後だから」と言うと、苦笑とともに「わお。青春だねえ」と返された。


「昼間、いきなりだろ。どこかで事故ってないか心配したぞ」


 僕がアリサを泣かせたのに、Sinさんはいつもの口調だ。


「ご、ごめんなさい……。あ、あの、話したいことがあって……」


「分かった。ちょい待って。移動する。他人に聞かれたくない話だろ。ん?」


「うん」


「今さ、ホテルのレストランで食事中。ゲームイベント参加者の交流会を兼ねているんだけど、食い放題で色々あるぞ。……ああ、分かった分かった」


 電話の向こうでアリサの「ビュッフェ」という声がした。


「食い放題って言ったら怒られたぞ」


「うん。聞こえた」


 僕のテンションが低いことを気にした様子もなく、もしくは気にしたからか、ジェシカさんはボイスチャットをするときと同じ雰囲気だ。


「なあ、聞いてくれよ。アリサのやつ、皿に料理を山盛りにしやがったんだぞ。オレが普段、ろくなもん食わせてねえみたいで気まずい」


 昼間のアリサの口ぶりから察するに、普段の食事はインスタント食品ばかり。

 実際、ジェシカさんはアリサにろくなものを食わせていないのに、当人に自覚がないのが笑える。


「なんだよ、何か言いたそうな顔だな」


 見えてないでしょ、という突っこみは心の中だけだ。

 もしかして僕は知らず知らずのうちに笑い声を漏らしていたのかな。


 Sinさんには、レイプされたときに何度も励まされた。いつだって優しく僕の心を落ちつかせてくれる。


「飯食い終わったら、ホテルの広間を借りて、皆でBoDの練習をするんだ。お前も来いよ」


「うん」


「なんだよ。うんしか言わないな。らしくないな。何か企んでるのか?」


「うん。あ、いや、別に何も」


「よし。他人の耳がないところに来たぞ。話せ、話せ、遠慮なく話せ」


「うん」


 アリサに会って謝りたいと伝えるだけなのに、いざとなると口が動かなかった。


 数秒かもしれないし数分経っていたかもしれない。

 けど、ジェシカさんは黙って待ってくれた。


「……アリサに謝りたい」


「ん? ああ、昼間のこと? カズが謝るようなことなのか?」


「ジェシカさんは怒ってないの? 僕がアリサを泣かせちゃったけど」


「んー。まあ、お前じゃなかったら、裸にして逆さに吊すけどさ。オレはカズのことを全面的に信頼しているから。泣かすくらいなら気にしないよ。兵士ってのは、排莢で顔を火傷して一人前になっていくもんだ」


「例えがよく分からないです」


「人は失敗して成長するってことさ」


 ジェシカさんが僕の非を疑っていなかったというだけで、胸の奥に詰まっていたものが、取れたかのようにすっきりした。

 息も落ちついてきて喋りやすくなってくる。


「ありがとう。でも、アリサに謝りたい。僕がアリサを怒らせたから。楽しみにしていてくれたのに、僕はアリサの気持ち分かろうとしていなかった」


「ちょい待って。話が長くなりそうなら、先に聞かせてよ。お前、アリサのこと好き?」


「えっ?」


「おいおい。顔が真っ赤になってるぞ。過剰に反応しすぎ」


 見えてもいないくせして決め付けてきて、しかも当たっていそうだから、悔しい。


「別に愛の告白をしろって言ったわけじゃないんだ。気楽に答えろよ。オレはアリサのことが好き。カズのことも好き。カズもオレのこと好きだろ」


「え、あ、その。ジェシカさん、僕がそういうこと言えるような度胸がないって、分かって言ってるでしょ」


「だから難しく考えるなって。アリサだってカズのこと好きだよ。な?」


 僕に同意を求められても困るんだけど……。



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