第54話 僕はアリサの期待を裏切っていたことに気づく
『えへへ。いっぱい聞いてごめんね。明日はカズもアリサにたくさん聞いていいよ。私はカズのこと、色々と知っているけど、カズは私のこと、ぜんぜん知らないもんね。私ね、人とおしゃべりするの苦手ですけど、きっとカズだったら平気です。だって、ずっとカズが喋ってるの、聞いてたもん。明日は、いっぱい、いっぱいお喋りしましょう』
画面がゆっくりとにじんできた。
目元をぬぐおうとして手がゴーグルに触れる。
僕はゴーグルを外して目元をぬぐう。ゴーグルを再装着してメッセージ一覧を確認すると、送信時間は何度見ても、深夜の1時から4時だ。
アリサは一緒に遊ぶことを一晩中ずっと楽しみにしてくれていたのに、僕は期待を裏切ってしまったのだ。
アリサはゲームの観戦なんかしたくなかったんだ。
僕と一緒にイベント会場を見て周りたかったんだ。
アリサは2年間一緒に戦ってきたゲームフレンドと会うことを心待ちにしていた。
たくさん、お喋りしたかった。
きっと、喋れなかった2年間、伝えたいことがいっぱいあったんだ。
いや、そんなことは、アリサが泣いたときから、分かっていた。
でも、僕が……。
本当は、他人との会話が苦手なだけなのに……。
アリサVTuberだから人前で会話しない方がいいと勝手に決めつけて、喋らないようにしていた。
ふたりの間に壁を作ってしまっていたんだ。
僕も昨晩は、同じように眠れない時間を過ごした。
Sinさんと会うのが楽しみだったから。
アリサも同じくらい楽しみだったはずだ。
眠れなかったから夜中にメッセージをくれたんだ。
僕とアリサは今まで1度も会ったことがないし、会話もしていない。
でも、2年もの間、ともに戦場をくぐり抜けてきた最高の相棒だ。
発売から5年も過ぎてオンラインプレイヤーが減ったBattle of Duty Ⅲで毎日のように一緒に遊んだ……。
それはきっと、引っこみ思案な僕が口にすることすら抵抗がある、友達という関係……。
いいや、もしかしたら、親友かもしれない。
「なんで、僕はここにいるんだよ……」
たった2日だけのイベントの初日が終わろうとしている。
次に会う機会は、もうないかもしれないのに。
目元にあふれてきたものをぬぐいとり、次のメッセージを再生した。
『カズってやっぱサバゲーとかするの? ハゲなの? マッチョなの?』
メッセージを重ねるうちに、だんだんと被っていた猫の皮が剥げてきて、遠慮がなくなっている。
『別にカズがゴリラみたいでも、アリサ気にしないよ。ジェシーはカズのこと、身長も体重も平均的な男子高校生だろうって予想してた。本当? カズ、ゴリラじゃないの? カズ、理屈っぽいから、眼鏡かけてると思う。眼鏡ゴリラ?』
「眼鏡かけてないし。理屈っぽくないし。なんでアリサの中で、僕はゴリラになってるんだよ……」
30分近くかけてメッセージを聞き、最後に1通、未開封のメッセージが残った。
今朝、おそらくアリサが家を出る直前に送信したであろう、最後のメッセージだ。
指が震える。
アリサは最後に、いったいどんな想いを僕に届けようとしたのだろう。
それはきっと、僕が裏切った想い。
『これから聞いているよね? 古いメッセージ全部消して。もし聞いたら許さないからね!』
早口で告げた後に音が途切れるが、まだ再生時間は半分だ。
はっきりとは聞き取れないが、遠くからジェシカさんの声が混じっている。
早く片づけろ、出発だと急かしているようだ。
メッセージは無言になってから数秒が経ち、残り10秒になってからが、本当に最後の言葉だった。
『……お友達になってくれてありがとう。今日は楽しかったです。また明日も会えるのを楽しみにしています』
僕は手が脱力し、コントローラーを落としてしまった。
アリサは最後の最後で、メッセージを見るのが、僕達が出会った後だと気づいたのだ。
そして、アリサの思い描いた今日では、僕達は当たり前のように楽しい時間を過ごしていた。
「……ごめん、アリサ」
自分が情けなくて、涙を堪えきれなくなった。
アリサは僕なんかと友達になりたかったんだ。
それなのに僕は女の子との会話の仕方が分からずに、いじけて家に帰ってきた……。
もう一度、最新のメッセージを聞く。
『……お友達になってくれてありがとう。今日は楽しかったです。また明日も会えるのを楽しみにしています』
僕はアリサを裏切ってしまった。
2年間ともに死線を潜り抜けてきた相棒の信頼を裏切ってしまった!
次にアリサがハマるゲームが、僕と同じとは限らない。
もし、お互いに異なるゲームで遊び始めたら、もう2度とアリサと遊ぶことはないかもしれない。
それどころか今日の出来事で気まずくなってフレンド登録を解除したら……。
オンラインゲームで2年間かけて築いてきた関係が、現実世界でたった数時間一緒に過ごしただけで壊れてしまうなんて……。
「いや、決め付けるなよ。まだ6時前だ。『今日は楽しかった』というのを、噓のまま終わらせたらいけない。まだ、本当にできる!」
僕は充電中のVirtual Studio VR Ⅲとスマホを手提げ鞄に入れ、部屋を飛びだした。
階段を下りるときに転げ落ちそうになり、注意してきた母さんに「出かける!」と叫び返す。
踵を踏み潰しながら靴を履き、家から転がりでる。
間にあわないかもしれない。
アリサはもうイベント会場にはいないかもしれない。
でも……。
それでも僕は!
家でただ明日を待つだけなんて、嫌だ!




