第53話 バチャスタⅡを起動したら、Sinさんからメッセージが届いていた
目が覚め重いまぶたを開けると、枕のすぐ横に手提げ鞄があった。
(帰ってきて、そのままベッドに飛びこんだのか……。まだ17時か。あーあ。明日はゲームイベの決勝戦だけど、どうしよう。行くのやめようかな……。とりあえず、夕食まで暇つぶしするか……)
父さんから借りているVirtual Studio VR Ⅲは充電ケーブルに接続し、旧機種のVirtual Studio VR Ⅱを装着する。
「まだ夕食まで1時間あるし、何か適当に新作の情報でも……あれ? 新着メッセージ? 32件も?」
32件とも送信者はOgataSinだ。
「受信時間が昨日……。違う。今日の朝1時から4時? サーバーのトラブルで古いメッセージが再送された?」
引っ越し準備をしていたであろうSinさんから、1時にメッセージが届くなんて、ありえない。
過去に何度かメッセージの到着が遅れたことがあるし、古いメッセージがまた届くというトラブルもあった。
今回もサーバートラブルだろう。
「念のため再生しておくか。一番古いやつを選択して……と。……無音。サーバートラブルで空メッセージが届いた?」
停止ボタンを押そうとした瞬間。
『……Hey』
たったそれだけで、ボイスメッセージは終わった。
「ん?」
聞き間違いかと思い、音量を上げてから、もう一度再生ボタンを押す。
『……Hey』
15秒あるメッセージの最後1秒で『Hey』とだけ聞こえる。
小声だから分かりにくいけど、アリサの声だ。
え?
昨日の夜、じゃなくて、今朝、アリサがメッセージをくれていたの?
2つめのメッセージを再生する。
『あ、あはっ……。録音時間、終わっちゃった……。えっとね、あのね……』
何か言いにくそうにしているうちに、メッセージは終わる。
声だけ聞くと凄く大人しそうな子なんだけど、本当にアリサなの?
ローキックしたりFuckを連呼したりする少女と音声とのイメージが合わない。
3つめのメッセージを再生する。
『なし。今のなし。へ、変なメッセージ送っちゃって、ごめんなさいです。え、えへへ……いつもと違う声だから驚いた? 驚いたです? えへへ。は、初めまして、私、アリ』
早口のメッセージは終わった。
ひとつめのメッセージと違って、アリサらしい元気な口調だった。
『うーっ。変なところで切れました!』
「何を怒ってるんだよ。自分で録音中止ボタンを押したんでしょ。それに、メッセージの確認や、録音のやり直し機能があるでしょ」
4つめのメッセージを突っこみながら聞き、次のメッセージはどれくらい慌てているのか期待しつつ、再生。
『初めまして。OgataSinです。普段と違う声で驚かせたらごめんなさいです。いつもカズとボイスチャットをしていたのは姉です。私達は姉妹です。たまに、ゲームする人、入れ替わってましたです』
「あれ? めっちゃ冷静? あー。前のメッセージから30分も経ってる」
メッセージの到着時間を見る限り、アリサは30分近く、自分のミスに怒り狂っていたか、恥ずかしくて狼狽えていたようだ。
どっちだろう。前者かな。
ファック連呼しながら、床を踏み鳴らしていそうだ。
『あ、明日は、あの、その……。一緒に遊んでくれると、嬉しいです。楽しみにしています……です。私の日本語、変じゃないですか?』
再録音の機能に気づいたのか、メッセージは途切れることなく入っていた。
「何この丁寧な挨拶。めちゃ猫被ってる。つうか、わざわざメッセージを送ってくれていたのか。……けど、夜中に送られたら気づかないよ。それに、使ってる本体が別だし……」
Virtual Studioのメッセージ仕様は知らないけど、たぶん、Webメールと違って、データはオンラインに残らない。ネットに繫がっていないときでも再生できるから、メッセージファイルは本体にダウンロードされているはず。
だから、アリサが送ったメッセージは夜中のうちにバチャスタⅡにダウンロードされるから、Ⅲを使っていた僕には届いていなかった。
5つめ、6つめ、次々にメッセージを再生していく。
『明日はいつもみたいに、アリサはアサルトライフルかスナイパーライフルを使うね。でも、カズがアサルトライフルを使いたいなら、アリサは援護でも良いです』
ゲームの話題が続くかと思えば、
『なんかぜんぜん、眠れないです。えへへ……。明日の朝、起きれなかったらどうしよう』
無関係なメッセージもあった。
『ねえ。カズは灰色っぽい銀髪と金髪だとどっちが好き? ちっちゃくて金髪の女の子のことって、どう思いますか?』
「ちっちゃくて金髪って、おもいっきり自分のことだし……」
『明日、待ち合わせ場所で私に気づいてくれるかな……。気づいてくれたら嬉しいな。アリサはカズのこと、絶対に気づいてあげるからね』
「無理だって。僕はアリサの存在自体を知らなかったんだよ。気づけないって。というか、今日会うこと分かっているんだから、わざわざメッセージじゃなくても直接言えばいいのに……」
『ゲームが終わったら、一緒に遊ぼうね。イベントのホームページを見たら、いっぱい遊ぶ場所があるみたい』
「あっ……」
『屋台も色々あるんだって。アリサ、日本のイベントに行ったことないから、凄く楽しみです』
僕は思わずコントローラーを落としかける。
ようやく馬鹿な僕にも、昼間にアリサが怒った理由が分かってきた。




