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第52話 いきなりアリサが怒りだし、僕はどうしたらいいのか分からなくなる

「楽しそう……」


 アリサの瞳孔がきゅっと拡大し、碧眼がより深い蒼に染まる。


 僕はどう反応すればいいのか分からない。


 アリサの瞳に視線を吸い寄せられたまま、僕の体は金縛りにあったかのように動かなくなってしまった。


「私と一緒にいたときはぜんぜん喋ってくれなかったのに、ジェシーと楽しそうに喋ってる! なんでアリサとはお喋りしてくれないの!」


 立ちあがったアリサが両手で肩を突いてきた。


「うわっ」


 動揺していた僕は抵抗することさえ忘れて椅子ごと傾き、踵が宙を泳いでしまう。


「せっかく、今日楽しみにしてきたのに、カズ、ジェシーのことばかり気にしてる!」


 僕は足を伸ばしてバランスを取ろうとしていたけど怒声の圧力に押されて、椅子ごと倒れてしまった。


「痛ッ」


「アリサ、せっかく遊びにきたのに、カズ、ゲームのときしかお喋りしてくれない! いっぱい遊ぼうって言ったのに、アリサとお店を見てるとき、ぜんぜんお喋りしてくれなかった! カズなんて嫌い! カズの馬鹿!」


 アリサは肩を振るわせて床をダンッと踏み鳴らすと、部屋の出口に向かって走りだした。

 小柄で機敏な姿は、あっという間に部屋の外に姿を消してしまう。


「待って!」


 わけが分からないけど、僕も立ちあがり、駆けだす。


 幸か不幸か、部屋から出た時点で、追いかける必要はなくなった。

 廊下の先に見える休憩スペースにジェシカさんがいて、アリサを抱きしめている。


 どうしようかと佇んでいたら、困惑した様子のジェシカさんと目が合った。

 僕は見えない空気の塊にぶつかり、一歩も足が進まない。


 アリサを泣かせてしまった……。

 ジェシカさんはきっと怒る……。


 でも、事情を説明すれば、分かってくれる。


 ……事情って、なんだ?


 なんでアリサは泣いたんだ?

 僕と一緒にいたのがつまらなかった?

 ぜんぜん喋ってなかった?

 しょうがないでしょ。アリサはイベントに出演しているVTuberなんだから、喋っていたら素性がバレるでしょ?

 それに……。

 僕は、僕史上、最大級に喋ってたよ?


 僕はジェシカさんに軽く頭を下げてから部屋に戻り、散乱している椅子を元に戻す。


 スマートフォンが落ちていた。

 椅子から倒れた拍子に落としていたけど、慌てていたからすっかり失念していた。


 通話中のままだ。


 きっと、ジェシカさんは僕が話しかけるのを待ってくれている。


 毎日のようにチャットをしていれば、気まずくなることくらい何度もあった。


 大抵、敵に負けて苛立った僕の口調が悪くなるのだ。

 嫌な気分にさせてしまったはずなのに、Sinさんはいつも翌日には何もなかったかのように接してくれた。


 でも僕は、ボイスチャットではなく実際に会ったひとりの少女を泣かせてしまった。


 ゲーム画面の向こうにいるSinさんではない。

 現実に存在するアリサを泣かせてしまった……。


 Sinさんは、僕を許してくれるのだろうか。


 明日、また、何もなかったように接してくれるのだろうか。


 駄目だ。

 思考がネガティブスパイラルに陥った。

 どんどん悪いことばかり考えてしまう。


 僕は急にジェシカさんと会話するのが怖くなって、スマートフォンの電源をオフにした。


 僕は、何があっても仲直りできるという信頼に甘えていたのではないだろうか。


(ああ、あわせる顔がないって、こういうことか)


 僕はふたりのいる出入り口とは反対側の通路を進み、階下に下り、イベント客の集団に紛れて建物を出た。


(アリサは泣いていた……。でも、何がいけなかったんだろう)


 僕が何かを失敗したらしいけど、何を、なぜ、失敗してしまったのかが分からない。


(しゃべったらいけないのはアリサだって分かっているよね? 僕の態度が気に入らなかったのなら、しょうがないでしょ。女の子と遊んだことなんてないんだから、どうすればいいのか分からなかったんだし)


 建物から出ると、いつの間にか曇り空になっていた。

 僕は溜め息混じりにバス停に向かう。


 イベントに来たばかりの人達とすれ違う。

 楽しげな会話を背中に聞きながら、僕はただひとり周囲の流れとは逆に進む。


「アリサ、めっちゃ可愛かったよねー。あの蜂蜜声でファックとか最高が過ぎる~」


「マジで推せるわー。新作のアクキー3つ買っちゃった」


「シン様が言ってたけど、今でも一緒にお風呂に入るくらいのガチロリらしいぞ」


「緒方姉妹のお風呂めっちゃいい匂いしそう。お風呂配信とかしてくれんかな」


 すれ違った人がアリサのことを話していた。一瞬、泣き顔が脳裏をよぎるが、彼等が話題にしていたのはVTuberのことだ。


 僕は聞こえてくる声から逃げるように脚を速くした。

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