第51話 アリサは寝てしまった。観戦は楽しくなかったのかな
ついにプロチームは、米軍チームを出撃拠点にまで追いこみ、一切の反撃を許さないほどに、一方的な攻撃を加えた。
第2ラウンド100対73。プロチームの逆転勝利。
第3ラウンドのデスマッチでも、プロチームが終始優勢を維持し、勝利した。
「いや、バグ技のオンパレードじゃないの? Ⅴになってからリロキャンとか地雷増加とかってバグじゃなくて、普通に使えるの? 解説の芸能人、ゲーマーなんでしょ。なんで気づかないの? 後半で明らかに傭兵チームの銃が当たってるのに、プロチーム、死んでなかったじゃん。アーマー系のスキルを使ってた? でも、大会ルールだと禁止じゃないの? イベント会場だから回線絞ったとも思えないけど、なんか、ラグアーマー着てなかった?」
少なくとも、画面が配信されているプレイヤーは、壁すり抜けとか透視とかホーミングナイフとか視覚的に分かりやすいバグは使っていなかったみたいだけど、胡散臭い状況が多すぎる。
それとも、プロは僕の理解が及ばないほど高度なテクニックを使ってたの?
「あっ!」
中継画面が切り替わり、ゲーム映像ではなくイベント会場が映った。
VRゴーグルを外して現れた顔に、見覚えがある。
さっき僕達に絡んできた、蛇を思わせる顔つきの男だ。
「あいつ、プロチームだったんだ……」
中継の司会者的な人が『プロチームJP_Gunmansのユウシさん。逆転勝利おめでとうございます』なんて言うから、理解するまで数秒を要する。
JP_Gunmans?
ユウシ?
なんか、どっちも聞いたことある名前だぞ。
インタビューに応える『相手チームが強かったからギリギリの勝利です。さすが本職です。強かった』という声が、名前を知った今、曖昧になっていた僕の古い記憶と結びつく。
僕を追放したあのクランのユウシさん?
モニターの向こうにいる蛇顔と目が合ったような気がし、殴られた場所がじくりと痛む。
僕はアリサの方を向く。
けして、蛇野郎が怖くて視線を逃がしたわけではない……。
「アリサ。プロチームの突砂、あいつ、さっきの。あれ、アリサ?」
アリサは僕の肩に頭を当てて眠っていた。
ぜんぜん、気づかなかった。
アリサは他人のプレイ動画を見るのは退屈だったのか。
「えっ。熟睡?」
アリサはずるずると崩れていって、僕の膝に倒れてしまった。
椅子に座ったまま横に倒れるって、身体、柔らけえ。
「アリサ、アリサ。ねえ、本当に寝てるの?」
肩を揺すっても反応なし。
「どうしよう……」
他の観戦者達が部屋を出て行ったので、室内には僕達ふたりだけだった。
しょうがない。アリサが起きるまで、スマホで攻略Wikiでも調べるか。
リリース直後だから主な情報は、ベータ版(先攻テストプレイ)らしいけど、だいたいあってるだろう。
初期アサルトライフルの基本ダメージは16。
相手との距離が開けば開くほど威力は低下し、最低で8。
3回ヒットしたら最低でも24ポイントのダメージになる。
さっき、突砂ユウシさんのライフが90もあったの、1発しか喰らってなかった?
米軍があれだけ撃って1発しか当てられないなんて不自然だ。
救急パックが足下に置いてあったにしても、ライフが回復するまで時間がかかるはず……。
プロゲーマーがチートしているなんて疑いたくないけど……。
午前中に僕達と対戦したときの様子や、絡んできた態度から察するに、悪質プレイヤーだと思うし……。
いや、でも、僕が知っているユウシさんは悪質プレイするような人じゃなかった。
僕が攻略Wikiを調べ続けていると、スマートフォンに着信があった。
発信者の名前を見た瞬間、胸の痛みや息苦しさが、ふっと消えた。
アリサを起こさないように、口元を手で覆って小声で応じる。
「もしもし、藍河です」
「おう。オレ、オレ。オレだよ、オレ。500万振りこむから、銀行の口座番号を教えてくれよ」
「通報しました」
「だからさー、貴重な美人フレンドを通報するなよ」
「いや、Sinさんは僕の中で、ワンチャン、声の高い男だし」
「お前、さっき会っただろ。想像以上の超絶美人がいて、ギリシャ彫刻みてーっ、ミロのヴィーナス降臨ーって思っただろ」
「全身タイツの変な格好ばかり印象が強くて……」
「ぶちのめすぞてめえ。どうせ、胸でっけーって思いながら見つめてたんだろ。このエロガキが」
それは事実だけど……!
「なあ、アリサも一緒だよな? 連絡しても反応ないんだけど」
「います。寝てます。迎えに来てくれると助かります。午前中にゲームやった部屋の隣です」
「分かった。行くからちょい待ってて」
「うん。なんか、プロチームの試合を観戦していたら、寝ちゃった。さすがに女の子を触るのは気が引けるし、運ぶにしても体力に自信がないし」
「昨日の夜、ほとんど寝てないから爆睡モードだな。喋っててもぜんぜん、起きないだろ?」
「うん。さっき走り回っていたのが噓みたい。完全に燃料切れしてますね。麻薬密売ミッションなら失敗ですよ、これ」
ボイスチャットでSinさんと会話しているような感覚だった。
さっきまでは上手く喋れなかったのに、今は顔を見ていないから、緊張せずに話せる。
「寝顔を撮影するくらいなら許すけど、ネットにはあげるなよ。悪戯するなら責任をとれよ」
「悪戯なんてしませんって。ペンがあったら額に火傷みたいな痣でも描くけど。何か太いもの……。あ。ペットボトルがあるから咥えさせようかな」
「お前さー。人気アニメのあれだろ。鬼になった妹のことを話しているつもりかもしれないけど、聞きようによってはとんでもない変態発言してるからな?」
「え? なんで?」
「その話はあまり突っこむな。でさ、ほっぺたプニプニくらいはしただろ?」
「しませんよ。したら事案発生で逮捕でしょ」
「カズ、気はたしかか。アリサみたいな可愛い子が目の前にいて、何もしないなんて」
「常識的に考えて、寝ている女の子を勝手に触っちゃ駄目でしょ。それに犯罪をしたら、速攻でポリス側のミニマップにこっちの位置が出るでしょ」
「お前の逃走車両は見つけ次第、タイヤを撃ち抜いてやるよ。このロリコンめ!」
「つーか、Sinさんはアリサに悪戯させたいんですか」
「Sinさんじゃねえって。ゲーム外ではジェシーって呼べよ」
「あー。すみません。いや、でも、やっぱ会話だといつもの癖が出ちゃいますって」
「オレは言い間違えていないぞ」
「間違えるも何も、僕の呼び方って、カズのまま何も変わっていないでしょ」
「そんなことないだろ。こう、呼び方に愛情が増えているから、優しい感じするだろ、な。カ、ズ」
「キモッ」
「ワタシ、ジェシー。今会場の玄関にいるの」
「あ、はい」
「ワタシ、ジェシー。エスカレーターに乗っているの」
「こわっ。つうか、Sinさん、なんでそういう怪談なんか知ってるんですか」
「黙れ小僧!」
「みんな言うけど、なんなんですか、それ、初めて言われたときガチで凹んだんですよ」
「オレはアニメで日本語勉強したし、日本文化それなりに知っているぜ。それはそうと、オレのスイートボイスをキモいと言ったことを後悔させてやる。選択肢は2つだ。握り潰されるか、踏み潰されるか、オレが着くまでに決めておけ」
「えーっ。脅迫ですかー。いいんですか? ジェシカさんの大事な妹は僕の手の内なんですよ。返してほしかったら1000万用意しろよ。チェイスはひとり。アタック1分禁止」
「Damn Fuck! 金は用意する! だが、その指をトリガーにかけた瞬間、SWATの狙撃チームが貴様の頭を吹っ飛ばす! 人質を解放しろ!」
「金が先だ! いいから1000万、用意しろ、痛ッ」
いきなりふとももに鋭い痛みが走った。
まさか本当に狙撃された……わけではなく、アリサがつねったようだ。
落としたスマートフォンから「おーい、どうしたー」という声。
アリサがゆっくりと上半身を起こしていく。
「うーっ」
この表情は寝起きの不機嫌……。
違う。
怒ってる。




