第46話 アリサと食べ歩きをする
……ん?
気になった物があったのでアリサに声をかけようと――。
「アッ――」リサと呼びかけて、やめる。
アリシアって呼んだら本名バレが怖い……。
そうだ!
僕はスマホのメモ帳に文字を打つ。そして、腰を落とす。
「そなたよ、これを見てくれ……」
「そなた?! 誰?!」
――アリサはVTuberのアリサと名前が一緒だし、服装もそっくりだけど、歩いてて大丈夫なの?
アリサは「もー」と可愛らしく頬を膨らませると、僕に囁くために顔を近づけてきた。
「コスプレだと思われるだけだから大丈夫だよ」
「あっ。なるほど」
たしかに周辺には何かのコスプレをしている人がちらほらといる。
「それに、五次元配信や顔出しするVも増えているし、アリサはあまり気にしてないよ」
五次元配信……。なんだか強そうだな。
「アリサが大丈夫なら、それでいいけど……」
人混みの向こうに見え隠れしている屋台というかテナントというかイベントスペースみたいなのを指さす。
――コラボ屋台は見なくていいの?
それは『ロボライブコラボカフェ出張所』と描かれたお店だ。VTuberと思われるキャラクターのイラストが描かれている。
「試食したから大丈夫」
なるほど。そういうもんか。
「私達をイメージしたドリンクとか、アリサのとろとろ甘々蜂蜜いっぱいちっぱいホットケーキとか、緒方シンのミリ飯とかがあるんだよ。お兄ちゃんは何が気になる?」
「あ、いや……」
ホットケーキを企画した人の頭がヤバい意味で気になるけど……。
――イラストの一番右がアリサで、その隣がジェシカさん?
「そうだよ。可愛いでしょ?」
――うん。でも本物の方が可愛い
「えっ?!」
「……! ご、ごめん!」
し、しまったあ。
今の発言はコラボ企業やコラボイラストを描いた人に対して失礼だった。
別に、公式サイトに載っていたイラストが本物で、喫茶店の制服を着たイラストが偽物と言いたかったわけではない。
でも、やっぱ、僕としては、不思議の国のアリスっぽい雰囲気のあるイラストの方が可愛いと思う。
――書き方、悪かった。誤解しないで。どっちも可愛いと思う
「えー。えへへ……」
良かった。許してくれた。自分が演じるキャラクターを褒められると本人も嬉しいらしい。
頬が微かに染まったニコニコ笑顔を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。
……ん?
なんかコラボショップの行列の人がこっちを見ている気がする。気のせいかもしれないけど、念のために離れた方がいいよね。
「あっちのお店を見よう」
「了解。後方に前進!」
僕達は振り返り、比較的人の少ない方へ向かう。
コラボショップの行列には男の人が多いかなと思ったけど、女性グループや家族連れもちらほらと見かける。
それにしても、チャンネル登録200人なのに、200人以上行列できてるの、なんでだろう。みんな、グッズは購入してくれるけど、チャンネル登録はしてくれないのかな……。
「……ねえ、リンゴ飴って何?」
「リンゴ飴は……。アップル、キャンディー」
「Apple flavor?」
「あ、いや、そうなんだけど、そうじゃないというか……。買うから実際に食べてみてよ」
「うん!」
アリサは少し離れた位置の屋台に向かって走りだした。ゲームでもリアルでも元気だなあ。
とりあえず後ろを追いかける。
楽しんでいるみたいだし、好きなようにさせるのが正解だろう。
僕は年下の女の子どころか、友達とイベントに来たことすらないから、立ち回り方が分からない。
とりあえずアリサのケツを護りつつ、通行人が正体に気づいたら接近を阻止する方針で動こう……。
僕はリンゴ飴を購入し、またアリサの行きたいように任せる。
僕にエスコートは無理だから、アリサの思うがままにさせておく。
ただ、昼前だけど、僕は朝食が早かった上にほとんど喉を通らなかったし、さっき運動したから軽く空腹だ。イカ焼きとかたこ焼きとか昼食になるものがほしいけど、見当たらない。
アリサの後頭部に視線で訴えると、まさか僕の視線に気づいたわけでもないだろうが、クルリと振り返る。
「あげる。カズも欲しいでしょ」
「あ、うん」
あー。
たこ焼き欲しいオーラが通じたわけじゃないのか。
リンゴ飴かあ……。
これ、僕のためにわけてくれるわけじゃなくて、飽きただけでは。
リンゴ飴って物珍しくて買っても、意外と大きいし、外側が甘い割に内側は酸っぱいし、最後まで食べきれないんだよね……。
アリサが何かに気づいたらしく、ピタッと立ち止まると振り返って、目をキラキラさせながら見つめてくる。
「チ、ピー、バナナッ! ほしい!」
「いいけどなぜチョコをピー音にした……」
こうして僕は終始アリサに主導権を握られ、ひたすら言いなりになってイベント会場を走り回ることとなった。
そして、何件か屋台を威力偵察した後、心臓に悪い事件が起こる。




