第6話 薬草摘み
一度自宅に帰って身支度を整えてから、オレたちはテセイオ村の外れまで歩いてきていた。
少し村から出ただけで、立派な木々が立ち並ぶ森がオレたちを出迎えた。
曲がりくねった獣道を通って、さらに森の奥へと進んでいく。
「確かにこれは魔物がいるのも納得って感じだな」
危険なモンスターと遭遇するのではないかとビクビクしていると、エリシアが振り返って微笑んだ。
「言い忘れてたけど、それは昔の話。村の近くは結界で守られているから、今は安全だよ」
「あ、そうなのか。それは助かる、……うわっ!」
安心したのも束の間、突然視界の端をなにかが通り過ぎて腰を抜かしてしまった。
「兄さん? あー、大丈夫。小鳥さんが横切っただけみたい」
エリシアは木の上を見上げると、荷袋から笛のようなものを取り出した。
彼女が笛に息を吹き込むと、心地よい音色が辺りに響き渡った。
すると、木の上から小さな小鳥が姿を現した。
細かく羽を羽ばたかせてエリシアの周りを飛び回り、彼女の肩に止まる。
「こんにちは。小鳥さん」
エリシアが優しく語り掛けると、それに答えるかのように小鳥がさえずる。
美しい金色の髪がそよ風に吹かれてなびく。
まるで1枚の絵画のような光景に目を奪われてしまう。
「……本当に?」
驚いたようにそう言うと、エリシアはオレの方へと駆け寄ってきた。
「兄さん、着いてきて。小鳥さんが案内してくれるって言ってるの」
「えっ? 案内? どこへ……って言うか。エリシアは鳥の言葉が分かるのか?」
言葉通り小鳥が向かう方向へと歩き出したエリシアに向かって疑問を投げる。
「う~ん。言葉というか、心が分かるって感じかな」
「それって、エルフにはみんなできるのか?」
「エルフの血と魔力が関係してるって母さんは言っていたけど、誰にでもできるわけじゃないみたい」
小鳥を見失わないよう追っていたエリシアがふと足を止めた。
「着いたみたい。見て」
エリシアが指さす方角を見る。
そこには、木々の隙間から差し込んだ光を浴びて育ったと思われる草花が一面に広がっていた。
「すげぇ……」
「ここなら薬草も見つかりそうね。早速探しましょうか」
エリシアの不思議な力のおかげで、目当ての薬草はたくさん見つかった。
薬草の見分け方を教えてもらい、慣れないなりに薬草摘みに励む。
そういえば、昔父さんがキャンプに連れて行ってくれた時も同じように自然の中で過ごしたっけ。
あの時は薬草じゃなくて、花を探して朱音と一緒に駆けずり回ったんだったかな。
父さんと母さんに花をプレゼントしようって2人で決めたはいいものの、結局そのことを忘れて遊びまくっていた気がする。
「兄さん、ぼーっとしてどうしたの?」
「あっ、いや。なんでもないよ」
とっさに頭を振って、思い出に浸っていた思考を現実に呼び戻す。
あんな家族のことなんて気にしてちゃだめだ。
別に寂しくなんてない。
今はこの世界のことをもっとよく知らないと。
「もう袋もいっぱいだし、そろそろ切り上げてもいいんじゃないか?」
「そうね。じゃあ、テセイオ村に戻りましょうか」
薬草がたくさん詰まった袋を持って、村に帰る途中。
エリシアが「そうだ」となにか思いついたかのように呟いた。
「兄さん。今日はまだ日が高いし、後でバレットさんの工房に行かない?」
「バレットさん? 工房?」
「あ、そっか。工房の事も分からないのね……」
エリシアは口元に手を当てて、困ったように眉根を寄せた。
「バレットさんは金物屋さんをやっている人なの。村で暮らしているみんなと話をしたら、なにか思い出せるんじゃないかと思って」
「なるほど」と相槌を打ちつつ考える。
エリシア以外の人たちと話す機会が増えると、そのうち嘘がバレるかもしれない。
だけど、断わったら断ったで今度はエリシアに怪しまれてしまいそうだ。
最初にシオンのフリをしようとしたのはホントに良くなかったな。
まあ、後悔しても仕方がないし、ここまで来たら突き進むしかない。
「分かった。一度帰って昼食を取ったら挨拶に行こう」
そう返答をして、オレは薬草の入った袋を背負いなおした。